薬術の魔女の結婚事情【リメイク】

しの

文字の大きさ
上 下
182 / 200
お試し期間

182:心の変化

しおりを挟む
「……逃げられる、とは」

 矢張りもう少し縛っておけば良かった、と歯噛みしつつフォラクスは即座に自室へ向かい、もの探しの占いを始めた。

「(逃げられない様調整をしなければ)」

と考えながら。
 しかし。今までの、他の相手ならば気付かれないように調整できたはずだと、不思議に思った。実際、彼は相手が無自覚に加減ができていないだけなのだが、彼は気付けない。
 距離を詰めた過ぎたのも、縛り過ぎたのも、ラファエラがいつ消えてもおかしくない存在だと彼だけが知っており、逆に消えてしまう条件を知らないゆえの焦りだった。

 占術で探すも、見つけられなかった。占、卜、相の、いずれの手法でも、手掛かりが無い。
 星見の表と文字の羅列、割れた骨、札、石と、自身で使える物探しの術はあらかた使い切った。

「(此の1見つけられないとは)」

 普段使わないような手法も試すも、何度行っても、具体的な場所を見つけることができない。逆算で、絶対に居ないと確信できる場所を探して潰していった結果、王都内に居るらしいことだけはわかっているのに。
 あと一歩、何かが足りない。見つけられそうだと感じた直後、するりと、手の隙間から溢れ落ちるような感覚がする。

「……何故」

 譫言うわごとのように呟くも、結果は変わらなかった。

×

「どうしたんですか」

 仕事場で、顔を合わせて開口一番に、後輩の魔術師のザラに問いかけられる。

「……何も。寧ろ、此方に興味を向ける等、貴女が如何どうかなさったのですか」

フォラクスが聞き返せば、ザラは一瞬だけ柳眉をしかめて作業に戻った。

「愚痴や悩みくらいなら聞きますよ。内容は婚約者の事でしょうけれど」

 ザラが作業をしながら提案しても、フォラクスは口を開こうとしない。
 それに苛立ったのか

「試しに言ってみるのはどうですか。情報漏洩させたり脅迫に使うなどしませんから。契約書に書いても良いですよ」

と、ザラは投げやりのような言葉で続けた。

「……何故、其処までして話を聞きたがるのです」

 フォラクスは、呟く。
 通鳥アウィスの者にとって契約は命に変えても大事なものだと聞いたことがある。つまり契約書の話を持ち出すというのは、絶対に契約外の行動はやらないという保証になるのだ。

「普段、ほとんど様子が変わらない貴方が酷く動揺なさっているみたいなので。寧ろ、黙って調子崩されている方が面倒です」

フォラクスが問うと、ザラは呆れた表情でさっぱりと答える。

「……そう見えますか」

「さあ? 取り敢えず、ほぼ毎日顔を合わせて居る私だから気付いただけかもしれませんけど」

「……『宣告、“干渉拒絶の帷”』」

 ややあって、フォラクスは部屋全体に外部からの干渉を防ぐ結界を張った。

「話す気になったんですか」

 その言葉には答えずに

「……婚約者が、少し行方不明になっただけです」

そう、フォラクスは言葉を零す。

「結構な重要案件じゃないですか」

 軽く目を見開くザラに

「どうせ、山や森で薬草採りをしているだけでしょうから、気にせず」

と答えると、『はぁ? 何言っているんですかアンタは』と言いたそうな顔をした。

態々わざわざの癖に、何を仰っているんですか」

そして、そう言葉を投げる。

「…………気付いたのですか」

 フォラクスは問う。

「そうですね。目に映った相手の利き手利き足利き目を確認するのは、通鳥アウィスでは常識なので」

 じゃなきゃ隙を突かれて死にます、とザラは頷いた。

「それと、魔術師が攻撃手段を誤解させるのは戦略の一つなんで、そこは別にどうでもいいです」

そして書類の仕分け作業を行いながら

「しかし。やはり貴方は変な人ですね。私の目なら長くとも1時間で見抜けるのに、貴方の場合は1日掛けてようやく確信したんですよ」

とも告げた。

「しかし、ですか。しかも婚約者」

 作業の手を止め、ザラは言う。

「奇遇ですね。、結婚相手を」

それは初めて顔を合わせた時にも言われた言葉だった。フォラクスはその顔を見る。
 そして、その言葉の真意に気付いた。

「逃げられたのですか」

「いいえ。勝手に居なくなったんです。『見合う男になりたい』だのと言って」

問いかければ、ザラは首を振る。

「ちなみに貴方は、今までどうやってあの子を探していたんですか」

 ザラは問うた。

「……卜占ぼくせんです。もの探し、無くしもの探し、失せ物探し等、色々応用が効きますし、他の魔術式りも当たりますので」

無論、魔術式も既に使いました、とフォラクスは呟く。

「なるほど、呪猫フェレス由来の占いですか。興味深いですね」

その返答に、ザラは軽く相槌を打った。

「……王都内に居るらしい事までは分かっているのですが、どうやら占いでは是以上は探れない様で」

仕事が終わり次第、魔術ではなく物理的に探しに行くのだとフォラクスは答える。

「細かい位置の特定ならば、役に立てるかも知れません」

 ザラがそう答えると、

「実は私、一度印を付けた相手の大まかな居場所は分かるんです。死犬カニスや不可侵領域の森のように土地自体が強力な魔力で覆われていない限りは」

言いながら地図帳を取り出した。正しく言うと、地図帳型の魔道具のようだ。

「印、ですか」

「はい。存在を縫い留める、というか針を刺す感じなんですが」

言いつつ、ザラはページをぱらぱらとめくる。

「運良く、『薬術の魔女』にも、印は付けてます」
「本当ですか」

やや食い気味に問いかけに

「はい。同級生なので、念の為に付けておいていたんで」

と頷き答える。そして、

「貴方なら、位置の特定さえ出来れば姿の有無を考慮せずに捕まえられるんでしょうね」

そう、フォラクスに言った。

「捕獲対象を探しているのに捕獲方法について一切悩んでいらっしゃらないご様子なので」

 ちら、とフォラクスを見ても捕獲の方法についての動揺は見られなかったので、どうにか捕捉範囲に入れば捕まえられるらしいと悟る。

「私の場合、結婚相手の居場所は分かるんですが」

とフォラクスの方に顔を向けた。

んです。どうやらいつの間にか、精巧な気配遮断系の魔術や移動術を取得していたみたいで」

 感知能力が高いのに結婚相手を見つけられない、というのは、位置を感知しても気配や姿が見えない上に捕縛ができないことが理由らしい。

「代わりに、気配を探る方法や自分の気配を消す方法に関連する魔術、捕縛術を知っている限り教えて欲しいんです。魔術解除でも良いんですが」

 そう、ザラが持ちかけると

「……分かりました。見つかった暁には、教えて差し上げましょう」

フォラクスは頷いた。

×

 実は、通鳥当主であるザラが、わざわざ気の狂った宮廷魔術師なんて職業になったのは、宮廷という最高峰の魔術研究機関へ行けば、伴侶の気配遮断の魔術を打ち破る手掛かりや方法が見つけられるかも知れないと考えてのことだった。

 だが、実際に宮廷魔術師になって分かったことは、別の研究室の魔術師どころか同研究室の魔術師すら信用できないこと、弱く実力も無い癖に年功序列や金にものを言わせて上から目線の者が多いことだけだ。
 そして今まで大事に育てられていたので、格下から舐められることに慣れて居らず普通に腹が立っていた。だが、周囲から下に見られつつも功績を残し他の魔術師を言い負かしているフォラクスを見て『カッケェ』と思って下に就いてみようと決めたのだ。

「(結構、の場所を引いた気がしますね)」

 気配を探りながら、ザラは思う。面倒な同室の魔術師は居ないし、何気に設備が整っているし、定時で帰れるし。

「……ほら、見つけましたよ。何故かは分かりませんが、山の中にいるみたいです」

 やけに気配が薄いですね、と呟いた言葉に、

「……………………急用ができました。早急に帰ります」

と、フォラクスはで仕事部屋から出ようとする。

「落ち着いて、ちゃんと話し合った方がいいですよ。話したくない事も全て含めて」

 それができれば苦労なんてしいないのでしょうけど、と内心で思いながら

「仲直りの為には、まずは誠意を持って謝る事です」

そう、ザラは言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

城内別居中の国王夫妻の話

小野
恋愛
タイトル通りです。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...