薬術の魔女の結婚事情【リメイク】

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同棲生活

151:新しい生活の始まり。

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「外に出られるようになったんだ、よかった!」

 安心しながらラファエラはフォラクスの元に小走りで近付いた。彼は立ち止まったまま、彼女が来るのを待ってくれている。
 外はすっかり夕方になっており、紫色に空は染まっていた。
 青々と茂る夏の草木の景色の中、少し強く風が吹く。

「大変、御迷惑をお掛け致しました」

 ラファエラがフォラクスの下にたどり着くと、軽く頭を下げ彼は謝罪をした。さらりと揺れる黒紫色の髪に、今日は結んでないんだなとなんとなく思考が過る。かくいうラファエラも、もう魔術アカデミーの制服はもう纏っていない。

「そんな、びっくりしただけでわたしは迷惑だなんて思ってないよ」

微笑み、ラファエラは軽く頭を振った。逆光になって見えにくいが、彼の困ったように笑う声が聞こえる。それに不思議と嬉しくなった。

 傍まで付くと、逆光でもフォラクスの様子がよく見えた。特に体も倒れる前と変わらず、怪我も衰弱もしていないようだ。

「きみが元気そうでよかった」

 安心してラファエラが微笑む。

「……貴女は」

呟き、フォラクスはラファエラの蜜柑色の髪に触れた。

「なに?」

「髪が、伸びましたね。れと、背丈も」

なんとなく、嬉しそうで懐かしそうな声だ。言われてみれば、初めて顔合わせをした時よりも身長差が減ったように思える。

「でも。きみは背が高いから、あんまりそんな気はしないなぁ」

 首を傾げると彼は名残惜しそうに髪から手を離した。

「どうしたの?」

「貴女にお渡しするものが在りまして」

 視線を向けると、フォラクスは虚空から小さな花束を出し、そっとラファエラに差し出す。

「御卒業と成人、誠にお目出度う御座います」

「うん、ありがとう……あ、この花ね、痛み止めに使えるんだよ」

受け取った花束が製薬に使える事に気付き、彼女はフォラクスを見上げた。

れはもう貴女に差し上げた物なので、ご自由にお使い下さいまし」

彼はそう微笑む。

「わかった。……あ、そうだ。もう、わたしは寮には戻れないから、これから一緒に住むことになるけど……大丈夫?」

彼の言葉に頷いた後、ラファエラはこれからの生活について問いかけた。

「ええ。冬季や春季での休業と同様のものがでしょう」

「……なーんか、その言い方やだ」

「そうですか。まあ、兎に角」

 眉間にしわを寄せるも、彼は軽く流し左手を差し出す。

「帰りますよ、

「うん……ん?」

 その手を取ろうとした手を止め、ラファエラはフォラクスを見上げた。

「今、なんて?」

「『帰りますよ』と言いましたが」

 目を瞬かせる彼女に、彼は不思議そうに首を傾げる。

「そっちじゃない」

「何を戸惑って居られるのです、?」

次は意味あり気に、少し口元を歪ませて笑った。

「な、なん……で」

名前を、

 驚き、ラファエラは距離を取ろうと身を引く。

「っ、」

だが、いつの間にか腰元に回されていたフォラクスの腕や手にそれが阻まれた。

「……嗚呼、わたくしが貴女の幼名を呼べる事に驚いていらっしゃるのですね」

目を細め、彼は心底面白そうに微笑んだ。

「なんで」

 なんだか今までと少し違う愉悦を含む微笑みに、彼女は驚きと小さな警戒で身をすくめる。

れは、私には幼名が在りませぬゆえに『癒しの神』の影響を受けない為……やもしれませんね」

安心させるためか、いつものような微笑に変わった。

「え、わたし癒しの神には会ってないよ」

 少し眉を寄せ、ラファエラは答える。あの時に聞こえた声は間違いなく知っている声だった。だから確信は持てている。

「洗礼の際にの神の御声を聴くと聞きますが……洗礼を、受けなかったのですか」

「洗礼は受けたけど」

「では、癒しの神にはお会いしているのでは?」

やや柳眉をひそめ、彼は問うた。『癒しの神』以外が洗礼を施す事など、通常ならばあり得ない話だ。そもそも、そんな話を聞いたことがなかった。

「洗礼は、してもらったの」

 彼女は、はっきりと答える。

「は?」

 ふざけているのかと彼女を見下ろすも、まっすぐなその眼差しは真剣そのものだった。

「わたしのおばあちゃん。よくわかんないけど、よ」

「……道理で、占わずとも貴女の名が直ぐ視えた訳か」

低く、彼は呟く。

「何か言った?」

「いいえ。る意味で御揃おそろいのようだと思うた次第ですとも」

真偽はともかく、『癒しの神』から洗礼を受けていないならば同じであると。そう、フォラクスはラファエラに言った。

「おそろい? そっか」

嬉しそうに彼女は頷く。

「でも、逆になんできみは洗礼を受けてないの?」

 そう聞かれると思った、と言いたげにフォラクスは目を細めた。

呪猫フェレスの家では能力の高い者は付けられた名を変える事なく、要は幼い頃に付けられた名のままで一生を終えます」

 付けられた名は幼名でも洗礼名でもない。だから、成人の儀でも洗礼は受けていないのだと彼は言った。

「へぇー」

 そういう事もあるんだなと、ラファエラは頷く。
 そして、ということはやっぱり彼はただの『出来損ない』じゃないじゃん、と彼女は内心で呟いた。

「それはともかく」

「はい」

 ラファエラは、新ためてフォラクスを見上げた。腰に回した手はまだ離してくれない。

「わたしは成人したんだから、その呼び方幼名呼びはどうかと思う」

 はっきりと目を見て告げる。だが

「何故?」

彼は彼女を覗き込み、逆に問い返した。

「え」
「呼んでも良いと、貴女はおっしゃったでしょう、アザレア?」

 そう言い、腰に回していた手でラファエラを撫でる。
 それは、確かにそうだ。
 幼名だった頃に、『名を呼んでいいか』と聞かれそれを是と答えた。

「でっ、でも!」

 フォラクスの胸板を両手で押し、無理矢理に距離を取る。ようやく彼から離れられた。

「その時は幼名それが名前だった、から!」

必死に叫ぶ。

「そ、そんな、あ、あ、赤ちゃんみたいに呼ぶ、なんて」

ラファエラは顔どころではなく首や耳まで真っ赤にさせて、言い返した。
 
 幼名で呼ぶ。
 それは自分と教えた特別な相手だけが知る、幼き日の秘密の名前で呼ばれるということ。
 つまりは『とても愛おしい人』と呼んでいるに等しく、随分と甘い呼ばれ方であるということだ。

 きゅ、と彼はラファエラの手を取る。

「ねぇ、アザレア」
「なん、うわやっぱり恥ずかしい!」

 顔に上がった熱が、どうもおさまらない。きっと、彼に恥ずかしい呼ばれ方をされているからだ。

「帰りましょうか。暗くなりますし」

 にこやかな笑みで、とんでもなく恥ずかしい呼び方をされる。

「……これから幼名それで呼ぶつもり?」

「ええ。れも、貴女の名前でしょう?」

不安気に問うと、フォラクスは肯定した。どうやら覆す気はないらしい。

「んー……」

 羞恥で体がそわそわする。
 でも覚えてくれていたことが、ラファエラは嬉しく思えた。

「御手を、アザレア。暗くなりますゆえ

「……うん」

 逸れないように、と差し出された左手に、ラファエラはそっと右手を乗せる。

 そうして、二人は家路に就く。
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