123 / 200
三年目
123:学習“は”した。
しおりを挟む
「はい、お菓子」
学芸祭三日目の終わる昼頃。
フォラクスが現れるなり、アザレアは菓子を差し出した。
「おや、お早いですね」
目を見開きつつも、フォラクスはそれを受け取る。昨日と同様に血濡れの猫人間の出立ちで、服装は宮廷魔術師のものだ。きっと、お菓子を渡した後はすぐに職場へ帰るのだろう。そう考えると、忙しい合間を縫ってわざわざ来てくれたんだ、とアザレアは嬉しくなった。
「だって、いたずらされたくないんだもん」
早い菓子の手渡しについてフォラクスが言及すると、アザレアは少し頬を赤く染めて答える。昨日のような、顎を捉えられて顔を上げさせられる行為など、なんだか恥ずかしく二回目はあまり食らいたくはないと思ったのだ。
「……ふむ。まあ、此度は未だ何も商品すら手に取って居りませぬが」
店に訪れて早々に菓子を差し出されたのだから、彼の主張は当然の話だった。
「良いの。あとこれは普通にわたしからきみにあげるためのお菓子だから」
だが、アザレアは思いもしない言葉を告げる。
「おや、然様ですか」
それを聞き、フォラクスは軽く目を見開いた。そして、面白いものを見たかのように、口元に手を遣り目を細めて笑う。
「どうしたの?」
「奇異な事だと思うたのですよ。成人してから菓子を頂くとは」
ゆっくりと笑うのを止め、フォラクスは不思議そうに首を傾げるアザレアを見下ろした。
「どういうこと?」
「実は私、斯様な虚霊の日に菓子を頂く等初めてで」
他日成らば土産物や決まり事のもので有るのですが、と、フォラクスは答える。
「……それって、」
つまり、虚霊祭では一度も菓子を貰っていないのだから、お守りを貰ったことがない、ということではないのか。けげんな表情でアザレアは彼を見上げるが、フォラクスはなんてこともないような顔で薄く微笑んだだけだ。
「……まあ。其れは如何でも良いのです」
どうでも良くなさそうな事を言っておきながら、フォラクスは話を切り上げた。
「折角ですので、頂いておきましょうか」
と、フォラクスはアザレアから菓子を受け取る。そして、
「此れが今年の菓子と札で御座います」
そうやって、どこからともなく菓子の詰まった袋を取り出した。
「一等強いものを拵えましたので、大事になさって下さいまし」
「うん。わかった」
去年は、ついうっかり漏らした魔力で札を台無しにしてしまった。おまけに、その後に色々と大変な目に遭ったのだ。御守りの大切さを身をもって思い知ったとでもいうのか。
「『お菓子くださいな』」
「『どうぞ、お菓子をお持ち帰りください』」
きちんとやり取りを行い、アザレアはフォラクスから菓子と札を受け取る。
アザレアは今度こそ、魔力で台無しにしないよう、鞄に入れた。
「……今回は、直ぐに開けないのですね」
おや、と軽く目を見開き、フォラクスは問いかける。去年も一昨年も、アザレアは貰った直後にフォラクスの前で菓子の袋を開封していた。今年もそうするだろうと思っていたのだろう。
「うん。だって去年みたいにお札を台無しにしたらって思ったら……ちょっと怖くなったんだもん」
む、と顔をしかめ、アザレアは答えた。
「…………成程」
フォラクスは、にこ、と微笑む。
「……なんか、すっごく失礼なこと思ってない?」
「いいえ。貴女も成長はするのだなと思うた次第で御座いますとも」
「ちょっと!」
くすくすと笑うフォラクスに、アザレアは頬を膨らませた。
「……処で、本日は手伝いの者はいらっしゃらないのですね」
周囲に視線を向け、フォラクスが問いかけると
「あ。あの子はね、割引券を『飴』と交換しに行ってるところだよ」
そう、アザレアは答える。
「なにか用事があったの?」
「いえ。唯、姿を見ないと思っただけで」
と、フォラクスが呟いたところで、
「邪魔者で、悪かったね」
『飴』のたっぷり入ったバケツを持ったその3が現れた。
「あ、戻ってきたんだ」
ぱっとアザレアはその3のほうを見る。同じくその3のほうを見、フォラクスは丁寧に会釈をした。
「うん。昨日の人がたくさんの割引券を、うっかり大量に置き忘れてくれたおかげで、こんなに『飴』が」
と、意味あり気にその3はフォラクスに視線を向ける。
「へぇー、割引券ってこんな使い方があったんだ。ありがとう」
アザレアはフォラクスを見上げ、お礼を述べた。
「……用事は済みましたので戻ります。其れでは」
アザレアに微笑み、フォラクスは姿を消す。
×
そしてその夕方に、アザレアからフォラクスの元へ連絡が入ったのだ。
「おねがい! その3……じゃなくて、転入生の、くすんだ金髪の子、わたしのお店のお手伝いをしてた子が、いなくなっちゃったの! 探すの手伝って!」
と、かなり焦った声で。
学芸祭三日目の終わる昼頃。
フォラクスが現れるなり、アザレアは菓子を差し出した。
「おや、お早いですね」
目を見開きつつも、フォラクスはそれを受け取る。昨日と同様に血濡れの猫人間の出立ちで、服装は宮廷魔術師のものだ。きっと、お菓子を渡した後はすぐに職場へ帰るのだろう。そう考えると、忙しい合間を縫ってわざわざ来てくれたんだ、とアザレアは嬉しくなった。
「だって、いたずらされたくないんだもん」
早い菓子の手渡しについてフォラクスが言及すると、アザレアは少し頬を赤く染めて答える。昨日のような、顎を捉えられて顔を上げさせられる行為など、なんだか恥ずかしく二回目はあまり食らいたくはないと思ったのだ。
「……ふむ。まあ、此度は未だ何も商品すら手に取って居りませぬが」
店に訪れて早々に菓子を差し出されたのだから、彼の主張は当然の話だった。
「良いの。あとこれは普通にわたしからきみにあげるためのお菓子だから」
だが、アザレアは思いもしない言葉を告げる。
「おや、然様ですか」
それを聞き、フォラクスは軽く目を見開いた。そして、面白いものを見たかのように、口元に手を遣り目を細めて笑う。
「どうしたの?」
「奇異な事だと思うたのですよ。成人してから菓子を頂くとは」
ゆっくりと笑うのを止め、フォラクスは不思議そうに首を傾げるアザレアを見下ろした。
「どういうこと?」
「実は私、斯様な虚霊の日に菓子を頂く等初めてで」
他日成らば土産物や決まり事のもので有るのですが、と、フォラクスは答える。
「……それって、」
つまり、虚霊祭では一度も菓子を貰っていないのだから、お守りを貰ったことがない、ということではないのか。けげんな表情でアザレアは彼を見上げるが、フォラクスはなんてこともないような顔で薄く微笑んだだけだ。
「……まあ。其れは如何でも良いのです」
どうでも良くなさそうな事を言っておきながら、フォラクスは話を切り上げた。
「折角ですので、頂いておきましょうか」
と、フォラクスはアザレアから菓子を受け取る。そして、
「此れが今年の菓子と札で御座います」
そうやって、どこからともなく菓子の詰まった袋を取り出した。
「一等強いものを拵えましたので、大事になさって下さいまし」
「うん。わかった」
去年は、ついうっかり漏らした魔力で札を台無しにしてしまった。おまけに、その後に色々と大変な目に遭ったのだ。御守りの大切さを身をもって思い知ったとでもいうのか。
「『お菓子くださいな』」
「『どうぞ、お菓子をお持ち帰りください』」
きちんとやり取りを行い、アザレアはフォラクスから菓子と札を受け取る。
アザレアは今度こそ、魔力で台無しにしないよう、鞄に入れた。
「……今回は、直ぐに開けないのですね」
おや、と軽く目を見開き、フォラクスは問いかける。去年も一昨年も、アザレアは貰った直後にフォラクスの前で菓子の袋を開封していた。今年もそうするだろうと思っていたのだろう。
「うん。だって去年みたいにお札を台無しにしたらって思ったら……ちょっと怖くなったんだもん」
む、と顔をしかめ、アザレアは答えた。
「…………成程」
フォラクスは、にこ、と微笑む。
「……なんか、すっごく失礼なこと思ってない?」
「いいえ。貴女も成長はするのだなと思うた次第で御座いますとも」
「ちょっと!」
くすくすと笑うフォラクスに、アザレアは頬を膨らませた。
「……処で、本日は手伝いの者はいらっしゃらないのですね」
周囲に視線を向け、フォラクスが問いかけると
「あ。あの子はね、割引券を『飴』と交換しに行ってるところだよ」
そう、アザレアは答える。
「なにか用事があったの?」
「いえ。唯、姿を見ないと思っただけで」
と、フォラクスが呟いたところで、
「邪魔者で、悪かったね」
『飴』のたっぷり入ったバケツを持ったその3が現れた。
「あ、戻ってきたんだ」
ぱっとアザレアはその3のほうを見る。同じくその3のほうを見、フォラクスは丁寧に会釈をした。
「うん。昨日の人がたくさんの割引券を、うっかり大量に置き忘れてくれたおかげで、こんなに『飴』が」
と、意味あり気にその3はフォラクスに視線を向ける。
「へぇー、割引券ってこんな使い方があったんだ。ありがとう」
アザレアはフォラクスを見上げ、お礼を述べた。
「……用事は済みましたので戻ります。其れでは」
アザレアに微笑み、フォラクスは姿を消す。
×
そしてその夕方に、アザレアからフォラクスの元へ連絡が入ったのだ。
「おねがい! その3……じゃなくて、転入生の、くすんだ金髪の子、わたしのお店のお手伝いをしてた子が、いなくなっちゃったの! 探すの手伝って!」
と、かなり焦った声で。
0
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる