122 / 200
三年目
122:取り引き。
しおりを挟む
二日目の朝、店を開く学生達に学生会から追加の飴をバケツ一杯分が配られた。一つの店につきバケツ一杯分だ。
喜ぶ学生達を眺めながら、なんとなく『春季の食糧配給みたいだなぁ』と、アザレアはなんとなく思っていた。
そしてアザレアが開く店にも、バケツ一杯分の飴の配給がもたらされた。
「昨日の分は、少し余っちゃったみたいですね」
と、昨日のバケツの中を覗き込みながらその2は問いかける。
「うん。まあ、わたしのお店は傷薬や化粧品とかしか売ってないし」
頷き、アザレアは自身の製作した商品達を手に取った。
「もう一つ、バケツが必要ですか?」
「ん、今はいらないかな。あと、わたしだけ特別扱いってのは良くないよ」
「……、そうでした」
一瞬、ハッとした顔をしたのち、てへ、とその2は照れた様子で笑った。
×
アザレアが開いている店は化粧品や薬など、実際、あまり学生達が買いに来るようなものではない。だがリピーターや興味を持った客が現れるために、二日目が終わる頃には昨日の飴も、追加でもらった飴も残りが随分と少なくなってしまった。
「うわ、あと一個だ……」
と、アザレアは呟く。
時計を見ると、学芸祭の二日目の終了時間が目前まで迫っていた。アザレアが用意した商品はまだ残っているが、随分と人も減っており、今日もまた飴を切らさずに終わりそうだ。
と、思っていたのだが、客が現れて『お菓子か悪戯か』と問いかけて最後の飴を持って行ってしまった。
「飴、なくなっちゃったー」
なくなるものなんだなぁ、と感心しながら空っぽになったバケツを覗き込んだ。
と、
「おや。『飴がなくなった』と、仰いましたか」
「え?」
その声に顔を上げると、目の前にフォラクスが現れていた。相変わらずの、血に濡れた猫人間のような出立ちで、一般的な魔術師のローブを身に纏っている。
「『お菓子と悪戯』、何方が宜しいですか」
にこ、と彼はいつものように笑みを浮かべて、商品と割引券を差し出していた。
「え、」
驚き、アザレアは彼の顔と商品とを見比べる。
去年の学芸祭のように、三日目に少しだけ彼は現れるものだとばかり思っていた。まさか二日目の今日、この場に現れるとは、微塵にも思いやしなかったのだ。
なんでいるの、と慌てるアザレアに構わず、商品を持ったフォラクスはそのまま問いかけた。
「では『悪戯』……でも?」
「えっと、」
口元を緩めて微笑み、アザレアの顎に手を滑らせる。それから、アザレアの顔を軽く持ち上げた。
「ん?」
「ふふ」
やや上を向かされフォラクスと目が合うと、フォラクスは愉しそうに目を細める。
「え? なに?」
『なに、この状況?』とアザレアが戸惑っていると、
「『お菓子』をどうぞ」
そう声が割り込み、『飴』を持った手が差し出された。
割り込んだのはその3だ。
「あとね、ここのお店はお触り厳禁だよ。仮に婚約者だとしても勝手に触るのはどうかと思うけど?」
と、人好きのする笑みを浮かべて、その3は牽制をする。
「……ふむ」
アザレアから手を離したフォラクスは、その3を見下ろした。一瞬、彼の口元が引き攣ったが、アザレアは気付かない。
「因みに。貴方は此の店の手伝いの者でしょうか?」
じぃっとその3を見つめ、ゆっくりと彼は首を傾ける。なんだか圧迫感を感じた。
「そうだよ。今年は僕が、手伝っているんだ」
フォラクスが、ちら、とアザレアに視線を遣ると、『そうだよ』と言いたそうに頷く。
「……残念です」
にこ、と微笑んだ。
「可能成らば、彼女から其の飴を賜りたく存じますが」
それから彼はその3の差し出す飴を一瞥し、アザレアに視線を向ける。どうする、と言いたげにその3も視線を向けた。
「うん、いいよ」
素直に頷き、アザレアはその3から飴を受け取る。嫌いじゃない人からの大変でない頼み事なら、別に構いやしないとアザレアは思ったのだ。
「はい。『お菓子をそうぞ』」
「ふふ。確かに此の『飴』、頂戴致しました」
それから、フォラクスは商品を買っていく。そして、
「此の『割引券』とやらは置いていきます」
と、アザレアの目の前に『悪戯』で使われるはずの割引券が複数枚差し出された。
「校内への入場時に冊子と共に頂いたものです」
差し出したままで彼は言う。
「え、使わないの?」
「えぇ。其れに、割引券の使い方には何の言及も無かったでしょう」
不思議そうに首を傾げつつ見上げる魔女に告げ、
「また明日、菓子と札を渡しに参ります」
そう優雅に礼を取ると、唐突に消えた。
「……なんだったんだろ」
まさかまた失心草でおかしくなってないよね、と思いながらアザレアは店じまいを行う。
変なにおいはしなかったので大丈夫、なはずだ。
「君の役に立てたかな?」
同じく店じまいの手伝いを行いながら、その3は伺うようにアザレアを見る。
「うん。ありがとう」
感謝を述べると、
「それはよかった。僕は君を、助けたかったんだ」
その3はそう答えた。
喜ぶ学生達を眺めながら、なんとなく『春季の食糧配給みたいだなぁ』と、アザレアはなんとなく思っていた。
そしてアザレアが開く店にも、バケツ一杯分の飴の配給がもたらされた。
「昨日の分は、少し余っちゃったみたいですね」
と、昨日のバケツの中を覗き込みながらその2は問いかける。
「うん。まあ、わたしのお店は傷薬や化粧品とかしか売ってないし」
頷き、アザレアは自身の製作した商品達を手に取った。
「もう一つ、バケツが必要ですか?」
「ん、今はいらないかな。あと、わたしだけ特別扱いってのは良くないよ」
「……、そうでした」
一瞬、ハッとした顔をしたのち、てへ、とその2は照れた様子で笑った。
×
アザレアが開いている店は化粧品や薬など、実際、あまり学生達が買いに来るようなものではない。だがリピーターや興味を持った客が現れるために、二日目が終わる頃には昨日の飴も、追加でもらった飴も残りが随分と少なくなってしまった。
「うわ、あと一個だ……」
と、アザレアは呟く。
時計を見ると、学芸祭の二日目の終了時間が目前まで迫っていた。アザレアが用意した商品はまだ残っているが、随分と人も減っており、今日もまた飴を切らさずに終わりそうだ。
と、思っていたのだが、客が現れて『お菓子か悪戯か』と問いかけて最後の飴を持って行ってしまった。
「飴、なくなっちゃったー」
なくなるものなんだなぁ、と感心しながら空っぽになったバケツを覗き込んだ。
と、
「おや。『飴がなくなった』と、仰いましたか」
「え?」
その声に顔を上げると、目の前にフォラクスが現れていた。相変わらずの、血に濡れた猫人間のような出立ちで、一般的な魔術師のローブを身に纏っている。
「『お菓子と悪戯』、何方が宜しいですか」
にこ、と彼はいつものように笑みを浮かべて、商品と割引券を差し出していた。
「え、」
驚き、アザレアは彼の顔と商品とを見比べる。
去年の学芸祭のように、三日目に少しだけ彼は現れるものだとばかり思っていた。まさか二日目の今日、この場に現れるとは、微塵にも思いやしなかったのだ。
なんでいるの、と慌てるアザレアに構わず、商品を持ったフォラクスはそのまま問いかけた。
「では『悪戯』……でも?」
「えっと、」
口元を緩めて微笑み、アザレアの顎に手を滑らせる。それから、アザレアの顔を軽く持ち上げた。
「ん?」
「ふふ」
やや上を向かされフォラクスと目が合うと、フォラクスは愉しそうに目を細める。
「え? なに?」
『なに、この状況?』とアザレアが戸惑っていると、
「『お菓子』をどうぞ」
そう声が割り込み、『飴』を持った手が差し出された。
割り込んだのはその3だ。
「あとね、ここのお店はお触り厳禁だよ。仮に婚約者だとしても勝手に触るのはどうかと思うけど?」
と、人好きのする笑みを浮かべて、その3は牽制をする。
「……ふむ」
アザレアから手を離したフォラクスは、その3を見下ろした。一瞬、彼の口元が引き攣ったが、アザレアは気付かない。
「因みに。貴方は此の店の手伝いの者でしょうか?」
じぃっとその3を見つめ、ゆっくりと彼は首を傾ける。なんだか圧迫感を感じた。
「そうだよ。今年は僕が、手伝っているんだ」
フォラクスが、ちら、とアザレアに視線を遣ると、『そうだよ』と言いたそうに頷く。
「……残念です」
にこ、と微笑んだ。
「可能成らば、彼女から其の飴を賜りたく存じますが」
それから彼はその3の差し出す飴を一瞥し、アザレアに視線を向ける。どうする、と言いたげにその3も視線を向けた。
「うん、いいよ」
素直に頷き、アザレアはその3から飴を受け取る。嫌いじゃない人からの大変でない頼み事なら、別に構いやしないとアザレアは思ったのだ。
「はい。『お菓子をそうぞ』」
「ふふ。確かに此の『飴』、頂戴致しました」
それから、フォラクスは商品を買っていく。そして、
「此の『割引券』とやらは置いていきます」
と、アザレアの目の前に『悪戯』で使われるはずの割引券が複数枚差し出された。
「校内への入場時に冊子と共に頂いたものです」
差し出したままで彼は言う。
「え、使わないの?」
「えぇ。其れに、割引券の使い方には何の言及も無かったでしょう」
不思議そうに首を傾げつつ見上げる魔女に告げ、
「また明日、菓子と札を渡しに参ります」
そう優雅に礼を取ると、唐突に消えた。
「……なんだったんだろ」
まさかまた失心草でおかしくなってないよね、と思いながらアザレアは店じまいを行う。
変なにおいはしなかったので大丈夫、なはずだ。
「君の役に立てたかな?」
同じく店じまいの手伝いを行いながら、その3は伺うようにアザレアを見る。
「うん。ありがとう」
感謝を述べると、
「それはよかった。僕は君を、助けたかったんだ」
その3はそう答えた。
0
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる