119 / 200
三年目
119:月見の夜
しおりを挟む
とある夜。
屋敷に入る前に、フォラクスは自身の足元から影が伸びていることに気付く。
「……嗚呼、月ですか」
ふと顔を上げると雲一つない闇の夜空に、まるでくり抜いたかのように真ん丸な月が見えた。
「あの様に綺麗に見えるのも珍しいですね」
月見酒も良いものか、と独り言つ。
×
屋敷内の明かりをつけることなく、庭が広く見える居間まで移動し、軽くつまめるものと魔力を大量に含む酒を置いた。元々、フォラクスは猫魈が混ぜられているため、夜目が利くのだ。
「矢張り、此の辺りが美しく見えるか」
掃き出し窓を開け、座る。
少しして、小さな足音が聞こえた。
「……珍しい時間にいらっしゃいましたね」
「うん」
奥から、アザレアが姿を現した。以前と違い、新しい方の運動着を着ているようだ。
「…………斯様な遅い時間に態々、何用で御座いますか」
「あんまりにも、月が綺麗だったから」
問いかけるとアザレアは落ち着きなく視線を逸らし、答える。
「きみのおうちの方が、綺麗に見えそうだなって思ったんだ」
どうやら寮の自室から見上げた際にそう思い、木札を利用してフォラクスの屋敷にまで足を運んだようだ。
「点呼も、終わったし」
「だめ、かな?」とおずおず尋ねるアザレアを邪険にする訳にもいくまいと、フォラクスは
「仕様がありません。好きなだけ居ると良いでしょう」
と迎え入れる。
「……其れに、」
フォラクスは少し考え
「別、貴女が居る事は……厭では無いので」
そう、零した。
「そっか。ありがとう」
アザレアは嬉しそうに微笑む。
「(寧ろ、共に観たかった……等と、)」
言えず、小さく溜息を吐いた。
ただ、近くに姿が見えている方が安心出来るだけだ。
「(……其の筈だ)」
横に腰かけた彼女を横目で見る。
×
「あのさ。月は妖精や天使のいる世界で、すっごくきれいな場所なんだって」
月を見上げ、アザレアはぽつりと零した。
「おばあちゃんがいってた」
フォラクスは彼女を見下ろす。月明かりに照らされ、珊瑚珠色の虹彩がキラキラと輝いているように見えた。
「……其の御方は、貴女の祖母なのですか」
なぜか、このまま放っておくとどこかへ行ってしまいそうな、そんな予感がしてしまう。彼女が『生きている人間なのだ』と言う証拠が欲しかった。
覚醒者のように魂が人間でない者、その中で特に両親のいない者は、唐突に姿を消す事があるからだ。その後に見つかる確率はかなり低い。
「祖母、なのかな? よくわかんないけど」
しかし、フォラクスの思いも虚しく、アザレアはそう首を傾げた。
「小さいときに私を拾って育ててくれたの。わたしにはお父さんとか、お母さんとか……『そういう人』ってのがいないみたいだから」
「…………然様で御座いますか」
実際、魂の形が人間でない時点で両親が居ないだろうことは、フォラクスには予想済みだった。
「きみは、」
そう、アザレアは口を開き、何かを言おうとしていたが、言葉を発さないまま閉じてしまった。恐らく、両親などの家族のことでも聞こうとしたのだろう。
「(……而、『出来損ない』を思い出したか)」
フォラクスにとって、両親など居ても居ないようなものだ。むしろ、ずっと憎み、恨んで、呪い続けている対象だった。
「今、『幸せ』?」
目を伏せ、アザレアは問いかける。それから、彼の顔を見るように視線を上げた。
「……ええ。今のところは割と……とでも、答えておきましょうか」
口元に手を遣り、フォラクスは薄く微笑む。その様子をじっと見つめた後、
「……そろそろ、戻るね。おやすみ」
アザレアは立ち上がる。
「…………えぇ。御休みなさいませ」
闇に消えるその背を見つめ、フォラクスは返した。
屋敷に入る前に、フォラクスは自身の足元から影が伸びていることに気付く。
「……嗚呼、月ですか」
ふと顔を上げると雲一つない闇の夜空に、まるでくり抜いたかのように真ん丸な月が見えた。
「あの様に綺麗に見えるのも珍しいですね」
月見酒も良いものか、と独り言つ。
×
屋敷内の明かりをつけることなく、庭が広く見える居間まで移動し、軽くつまめるものと魔力を大量に含む酒を置いた。元々、フォラクスは猫魈が混ぜられているため、夜目が利くのだ。
「矢張り、此の辺りが美しく見えるか」
掃き出し窓を開け、座る。
少しして、小さな足音が聞こえた。
「……珍しい時間にいらっしゃいましたね」
「うん」
奥から、アザレアが姿を現した。以前と違い、新しい方の運動着を着ているようだ。
「…………斯様な遅い時間に態々、何用で御座いますか」
「あんまりにも、月が綺麗だったから」
問いかけるとアザレアは落ち着きなく視線を逸らし、答える。
「きみのおうちの方が、綺麗に見えそうだなって思ったんだ」
どうやら寮の自室から見上げた際にそう思い、木札を利用してフォラクスの屋敷にまで足を運んだようだ。
「点呼も、終わったし」
「だめ、かな?」とおずおず尋ねるアザレアを邪険にする訳にもいくまいと、フォラクスは
「仕様がありません。好きなだけ居ると良いでしょう」
と迎え入れる。
「……其れに、」
フォラクスは少し考え
「別、貴女が居る事は……厭では無いので」
そう、零した。
「そっか。ありがとう」
アザレアは嬉しそうに微笑む。
「(寧ろ、共に観たかった……等と、)」
言えず、小さく溜息を吐いた。
ただ、近くに姿が見えている方が安心出来るだけだ。
「(……其の筈だ)」
横に腰かけた彼女を横目で見る。
×
「あのさ。月は妖精や天使のいる世界で、すっごくきれいな場所なんだって」
月を見上げ、アザレアはぽつりと零した。
「おばあちゃんがいってた」
フォラクスは彼女を見下ろす。月明かりに照らされ、珊瑚珠色の虹彩がキラキラと輝いているように見えた。
「……其の御方は、貴女の祖母なのですか」
なぜか、このまま放っておくとどこかへ行ってしまいそうな、そんな予感がしてしまう。彼女が『生きている人間なのだ』と言う証拠が欲しかった。
覚醒者のように魂が人間でない者、その中で特に両親のいない者は、唐突に姿を消す事があるからだ。その後に見つかる確率はかなり低い。
「祖母、なのかな? よくわかんないけど」
しかし、フォラクスの思いも虚しく、アザレアはそう首を傾げた。
「小さいときに私を拾って育ててくれたの。わたしにはお父さんとか、お母さんとか……『そういう人』ってのがいないみたいだから」
「…………然様で御座いますか」
実際、魂の形が人間でない時点で両親が居ないだろうことは、フォラクスには予想済みだった。
「きみは、」
そう、アザレアは口を開き、何かを言おうとしていたが、言葉を発さないまま閉じてしまった。恐らく、両親などの家族のことでも聞こうとしたのだろう。
「(……而、『出来損ない』を思い出したか)」
フォラクスにとって、両親など居ても居ないようなものだ。むしろ、ずっと憎み、恨んで、呪い続けている対象だった。
「今、『幸せ』?」
目を伏せ、アザレアは問いかける。それから、彼の顔を見るように視線を上げた。
「……ええ。今のところは割と……とでも、答えておきましょうか」
口元に手を遣り、フォラクスは薄く微笑む。その様子をじっと見つめた後、
「……そろそろ、戻るね。おやすみ」
アザレアは立ち上がる。
「…………えぇ。御休みなさいませ」
闇に消えるその背を見つめ、フォラクスは返した。
0
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる