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三年目
116:次の日。
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「…………はぁ、」
溜息を吐き、フォラクスは部屋の外に目を向ける。まだ薄暗いものの、薄らと赤みを帯びた雲や外が見えた。
「(……結局、眠れず仕舞いでしたね)」
半ば自業自得のくせに、ヤケクソ気味にまた溜息を吐く。
ようやく、朝が来た。
×
「ん……」
日の光を感じ目を覚ましたアザレアは薄らと目を開く。眩しさと微睡みの心地よさに、ゆっくりと目を閉じた。頬に、何か柔らかく滑らかな布の感触がする。
「……(……なんだか、いい匂い)」
仄かに、どこかで嗅いだことのあるような、良い香りがした。甘く芳しいそれはまるで、少し良いお香のような。
「ふひひ、」
居心地が良くて、自然と笑みが溢れる。きゅっと抱きしめて頬擦りをした。ずっと触れて居たいような不思議な心地良さがあったのだ。
「(……でも、これって何の匂いだっけ?)」
ん? と、ふと思う。そもそも、昨日は山に行った後どうしたのだったか。
「(山で久々に落ちて……)」
んー、と少し微睡みぼやける頭で、ゆっくり思い出す。抱きしめているそれは毛布というには割と硬く、なんだか質量を感じた。
「(そうだ。あの人に助けて、もらっ……て…………?)」
婚約者のフォラクスが、わざわざ探してくれたのだ。それから風呂を貸してもらい、夕飯を共にしたところまでは覚えている。では、そのあとは?
「……」
アザレアは、自身が抱きしめているそれに、自分の体温とは違う温かみを感じた。
それに、毛布の柔らかさではない肉の様な張りと骨の硬さを所々に感じる。ずっと嗅いで居たくなるような良い匂いはそれからしていた。
そっと撫でると、一瞬、顔や身体全体で触れているそれが強張る。しばらく撫でていると、はし、と何かに二の腕を掴まれてその動きを遮られた。
「(……)」
そっと、それから顔を離し、なんとなく感じていた視線の方へ顔を向ける。
「…………………………………………お早う御座います。漸くお目覚めですか」
にっこりと良い笑顔で微笑むフォラクスが、頬杖をついてアザレアを見下ろしていた。つまり、先程までアザレアが抱きしめ頬ずりしていたそれは、婚約者のフォラクス。
「(うっわ!! 朝から美形!!)」
衝撃で身を縮こまらせ、真顔になる。しかし、叫ばないように口をきゅっと固く結んだ。顔が綺麗な人は寝起きでも綺麗らしいと思い知った。
「んー……おはよ?」
どうにか口に出せた言葉は緊張でやや上擦り、あからさまに挙動不審な疑問系になる。
「……なんか、やつれてない?」
しかし、フォラクスが疲れているように見えた。アザレアがそれを指摘すると
「お気になさらず」
「うん」
にっこり笑顔のまま、フォラクスは答える。「気にするな」と言われたので気にしないことにした。深追いは身を滅ぼしそうな予感さえした。何故か笑っているはずの目付きが危ない気がしたけれど、きっと気のせいだろう。
自身の状態を、一旦確認する。
服装は、上半身にフォラクスのシャツを羽織っただけの、ほぼ下着だけの様な格好であった。恥ずかしい。
恰好は、しっかりと彼に抱き着いた姿勢だった。胸元に顔をうずめており、片方の腕を彼の腰の方に回している。掴まれたのは腰あたりに置かれている腕だった。恥ずかしい。
羞恥に耐え切れずその腕を引っ込める。
脚を絡ませていなかっただけまだマシだ、多分。
「ここ、どこ?」
誤魔化すように周囲を見回すと、背の高い薬品棚と本棚のある部屋のようだ。薬品棚の中には木の皮や干された植物や、色鮮やかな鉱物が入った瓶が並んでいた。植物と鉱物で棚を使い分けているようだ。
そして、天井や壁中に植物性の縄が張り巡らされ、そこに紙や木製の札が大量に下げられている。
「私の部屋です」
「へぇー」
怪しいお店みたい、と思いながらアザレアは頷く。この部屋は生薬や絵の具のような、不思議なにおいがした。
「なんで、わたしときみが一緒に寝てるの?」
「貴女が、私の服から手を離さなかったからです」
と、フォラクスはアザレアの腕から手を離し、もう片方の彼女の手元を指す。見ると、思いの外しっかりと彼の服の裾を掴んでいた。
「あっなんかごめんね」
「いいえ。……お陰で面白いものも見られましたので」
慌てて手を離すと、フォラクスは薄く微笑む。
「面白いもの?」
低く呟かれた言葉に、なんだろう、と首を傾げるとフォラクスはついと目を逸らし溜息を吐く。そして
「……朝餉が出来ておりますよ」
目を逸らしたまま、フォラクスは告げた。
「わー、ありがと!」
どうやら式神に作らせたものらしい。
「きみのところで食べるごはんおいしいから、すっごくうれしい!」
「…………然様ですか」
「ん、なんで不機嫌?」
感謝を述べると、フォラクスは低い声で答え、布団に上体を伏せて俯せになった。
「………………私はもう少し休んでから食べますので、さっさと身支度を整え召し上がられては」
「わかった」
くぐもった声に不思議に思いつつ、アザレアはフォラクスの寝台から出た。
溜息を吐き、フォラクスは部屋の外に目を向ける。まだ薄暗いものの、薄らと赤みを帯びた雲や外が見えた。
「(……結局、眠れず仕舞いでしたね)」
半ば自業自得のくせに、ヤケクソ気味にまた溜息を吐く。
ようやく、朝が来た。
×
「ん……」
日の光を感じ目を覚ましたアザレアは薄らと目を開く。眩しさと微睡みの心地よさに、ゆっくりと目を閉じた。頬に、何か柔らかく滑らかな布の感触がする。
「……(……なんだか、いい匂い)」
仄かに、どこかで嗅いだことのあるような、良い香りがした。甘く芳しいそれはまるで、少し良いお香のような。
「ふひひ、」
居心地が良くて、自然と笑みが溢れる。きゅっと抱きしめて頬擦りをした。ずっと触れて居たいような不思議な心地良さがあったのだ。
「(……でも、これって何の匂いだっけ?)」
ん? と、ふと思う。そもそも、昨日は山に行った後どうしたのだったか。
「(山で久々に落ちて……)」
んー、と少し微睡みぼやける頭で、ゆっくり思い出す。抱きしめているそれは毛布というには割と硬く、なんだか質量を感じた。
「(そうだ。あの人に助けて、もらっ……て…………?)」
婚約者のフォラクスが、わざわざ探してくれたのだ。それから風呂を貸してもらい、夕飯を共にしたところまでは覚えている。では、そのあとは?
「……」
アザレアは、自身が抱きしめているそれに、自分の体温とは違う温かみを感じた。
それに、毛布の柔らかさではない肉の様な張りと骨の硬さを所々に感じる。ずっと嗅いで居たくなるような良い匂いはそれからしていた。
そっと撫でると、一瞬、顔や身体全体で触れているそれが強張る。しばらく撫でていると、はし、と何かに二の腕を掴まれてその動きを遮られた。
「(……)」
そっと、それから顔を離し、なんとなく感じていた視線の方へ顔を向ける。
「…………………………………………お早う御座います。漸くお目覚めですか」
にっこりと良い笑顔で微笑むフォラクスが、頬杖をついてアザレアを見下ろしていた。つまり、先程までアザレアが抱きしめ頬ずりしていたそれは、婚約者のフォラクス。
「(うっわ!! 朝から美形!!)」
衝撃で身を縮こまらせ、真顔になる。しかし、叫ばないように口をきゅっと固く結んだ。顔が綺麗な人は寝起きでも綺麗らしいと思い知った。
「んー……おはよ?」
どうにか口に出せた言葉は緊張でやや上擦り、あからさまに挙動不審な疑問系になる。
「……なんか、やつれてない?」
しかし、フォラクスが疲れているように見えた。アザレアがそれを指摘すると
「お気になさらず」
「うん」
にっこり笑顔のまま、フォラクスは答える。「気にするな」と言われたので気にしないことにした。深追いは身を滅ぼしそうな予感さえした。何故か笑っているはずの目付きが危ない気がしたけれど、きっと気のせいだろう。
自身の状態を、一旦確認する。
服装は、上半身にフォラクスのシャツを羽織っただけの、ほぼ下着だけの様な格好であった。恥ずかしい。
恰好は、しっかりと彼に抱き着いた姿勢だった。胸元に顔をうずめており、片方の腕を彼の腰の方に回している。掴まれたのは腰あたりに置かれている腕だった。恥ずかしい。
羞恥に耐え切れずその腕を引っ込める。
脚を絡ませていなかっただけまだマシだ、多分。
「ここ、どこ?」
誤魔化すように周囲を見回すと、背の高い薬品棚と本棚のある部屋のようだ。薬品棚の中には木の皮や干された植物や、色鮮やかな鉱物が入った瓶が並んでいた。植物と鉱物で棚を使い分けているようだ。
そして、天井や壁中に植物性の縄が張り巡らされ、そこに紙や木製の札が大量に下げられている。
「私の部屋です」
「へぇー」
怪しいお店みたい、と思いながらアザレアは頷く。この部屋は生薬や絵の具のような、不思議なにおいがした。
「なんで、わたしときみが一緒に寝てるの?」
「貴女が、私の服から手を離さなかったからです」
と、フォラクスはアザレアの腕から手を離し、もう片方の彼女の手元を指す。見ると、思いの外しっかりと彼の服の裾を掴んでいた。
「あっなんかごめんね」
「いいえ。……お陰で面白いものも見られましたので」
慌てて手を離すと、フォラクスは薄く微笑む。
「面白いもの?」
低く呟かれた言葉に、なんだろう、と首を傾げるとフォラクスはついと目を逸らし溜息を吐く。そして
「……朝餉が出来ておりますよ」
目を逸らしたまま、フォラクスは告げた。
「わー、ありがと!」
どうやら式神に作らせたものらしい。
「きみのところで食べるごはんおいしいから、すっごくうれしい!」
「…………然様ですか」
「ん、なんで不機嫌?」
感謝を述べると、フォラクスは低い声で答え、布団に上体を伏せて俯せになった。
「………………私はもう少し休んでから食べますので、さっさと身支度を整え召し上がられては」
「わかった」
くぐもった声に不思議に思いつつ、アザレアはフォラクスの寝台から出た。
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