109 / 200
三年目
109:礼儀作法の意味。
しおりを挟む
「……其れでは、先ずは貴女が何が出来、何が出来無いかを確認致しましょう」
とある休みの日、フォラクスはそう告げると、アザレアに付いてくるよう促す。
着いた先は、広い部屋だった。
「ここ、なにの部屋?」
「使用人達の部屋と、想定されている空間で御座います」
周囲を見回すアザレアに、フォラクスは答える。
「まあ、此の屋敷に使用人は居らぬので、唯の広い空間となっておりますが」
「なるほど」
使用人の代わりに彼は式神を利用しているし、式神は用が済めば消すこともできるので、専用の部屋は不要なのだという。
「残念ながら此の屋敷には舞踏用の空間等は有りませんので、此処で代用致します。御容赦をば」
「んー、言われても違いなんてわからないから、きみに文句はいわないけどね……」
どうやら、この場所で礼儀作法、恐らく所作や踊りなどを、見てくれるようだ。
「では早速、挨拶の確認をさせて下さいまし」
パチン、とフォラクスが指を鳴らすと数体の人形が現れる。人形は男性の姿と女性の姿をしており、大きさも大体平均くらいだ。
「む、無詠唱……?」
「術式の折り畳みさえ行える成らば、誰でも出来ます」
戸惑うアザレアに、フォラクスはさも当然のように答えた。
「……わたし、術式は折りたためないや」
「まあ、貴女の魔力では不向きでしょうからね」
しょぼくれるアザレアに、フォラクスは優しく声をかける。
「術を構想する間に、魔力が霧散するかと」
「うん。なんだかふわって崩れちゃう感じがするんだ」
×
「んー、痛い!」
アザレアは苦しそうな声を上げた。
「此れぐらいは未だ序の口。耐えなさい」
対してフォラクスは厳しい口調で言い聞かせる。
「きびしい……」
挨拶を見せたところ、『大まかには間違っていない』とは言われたものの、細部が雑だと指摘された。そして、今はその細部の指導を受けている。
「仮に、私と結婚する成らば……此の程度の作法くらいは熟して頂かねば」
さらりとフォラクスは呟く。その言葉に気を取られた瞬間、背中を叩かれた。
「ぴっ?!」
「緩んでおりますよ」
飛び上がるアザレアにフォラクスは冷たく言い放つ。
「学校のはもうちょっと優しかった……」
背筋が曲がっていると押されて修正される、緩むとその箇所を叩かれる(痛くはないが衝撃が酷い)。
色々とフォラクスに触られる今よりも、ただ言葉だけで指摘されていた授業の礼儀作法の方が簡単だったのでは、と後悔し始めていた。
「何を仰る。学舎のもの等、体罰の訴えを恐れ簡易化、略式化されたもので御座いますよ」
「えっ」
別にそれでもよかったかも、と一瞬思ったが、アザレアはどちらかと言えば『体罰』という単語に反応した。
「…………痛いこと、するの?」
「……如何でしょうねぇ。貴女が良い子成らば、痛みは少ないかと」
不安気に問いかけるアザレアに、なぜかフォラクスは楽しそうに答える。
「…………痛いの、いや」
きゅ、と口を結ぶアザレアを、じ、と一瞬見た後、フォラクスは上機嫌そうに笑った。
「抑々、私に教えを乞うたのが運の尽き。ふふふ、折角です。完璧に仕上げて差し上げましょう」
「ひえー」
×
「貴女の卒業パーティーとやらの席で何が出るかは見当も付きませんが、何れが当たっても対応できるようにして差し上げましょう」
ということで、フォラクスの家で摂る昼食の時間も、礼儀作法の時間になってしまった。
先程の挨拶や姿勢の時間と同じように厳しくされるのかとアザレアは身構えていたが、
「先ずは、食事に慣れる事と思うままに楽しんで食べる方が重要でしょう」
とのことで、自由に食べて良いと言われた。慣れてきたころに悪いところを指摘するらしい。
「然し、所作で気になる事があれば私に聞いて下さいまし」
食後は少しの休憩を挟んで、再び広い部屋に戻ってダンスの練習となる。
「舞踏……は、私とでは体格差が激しいので式神にさせましょうか」
とフォラクスが懐から取り出した札を放ると、顔のない人形が現れた。
それを見て、「(ダンスは一緒にやってくれないんだ)」とアザレアは少し残念に思うが、これは勉強なのだと我に返る。
「……処で、正装は大丈夫ですか」
人形の調整を行いながら、フォラクスはアザレアに問いかける。
「んー、とりあえずセットで貸し出しできるものを選ぶ予定」
「……ふむ」
アザレアの返答に、フォラクスは口元に手を遣り、何か考えている様子だった。
「(この人、『一緒になれないかもしれない』感を出しつつも『結婚する予定がある』かのようなこというなぁ)」
と思いつつも、アザレアはなんだか嬉しくなった。
そして、
「此の様に崩すと、楽ですがきちんとしたものに見えますでしょう?」
「なるほどー」
ついでに楽で美しく見える仕草と、今までフォラクスがアザレアに叩き込んだ所作の意味などを教えてもらった。
先に厳しくしたのは基礎を学んでから応用、というより楽な方法を知ると崩れていてもそれっぽく見せられるようになるから、だそうだ。
とある休みの日、フォラクスはそう告げると、アザレアに付いてくるよう促す。
着いた先は、広い部屋だった。
「ここ、なにの部屋?」
「使用人達の部屋と、想定されている空間で御座います」
周囲を見回すアザレアに、フォラクスは答える。
「まあ、此の屋敷に使用人は居らぬので、唯の広い空間となっておりますが」
「なるほど」
使用人の代わりに彼は式神を利用しているし、式神は用が済めば消すこともできるので、専用の部屋は不要なのだという。
「残念ながら此の屋敷には舞踏用の空間等は有りませんので、此処で代用致します。御容赦をば」
「んー、言われても違いなんてわからないから、きみに文句はいわないけどね……」
どうやら、この場所で礼儀作法、恐らく所作や踊りなどを、見てくれるようだ。
「では早速、挨拶の確認をさせて下さいまし」
パチン、とフォラクスが指を鳴らすと数体の人形が現れる。人形は男性の姿と女性の姿をしており、大きさも大体平均くらいだ。
「む、無詠唱……?」
「術式の折り畳みさえ行える成らば、誰でも出来ます」
戸惑うアザレアに、フォラクスはさも当然のように答えた。
「……わたし、術式は折りたためないや」
「まあ、貴女の魔力では不向きでしょうからね」
しょぼくれるアザレアに、フォラクスは優しく声をかける。
「術を構想する間に、魔力が霧散するかと」
「うん。なんだかふわって崩れちゃう感じがするんだ」
×
「んー、痛い!」
アザレアは苦しそうな声を上げた。
「此れぐらいは未だ序の口。耐えなさい」
対してフォラクスは厳しい口調で言い聞かせる。
「きびしい……」
挨拶を見せたところ、『大まかには間違っていない』とは言われたものの、細部が雑だと指摘された。そして、今はその細部の指導を受けている。
「仮に、私と結婚する成らば……此の程度の作法くらいは熟して頂かねば」
さらりとフォラクスは呟く。その言葉に気を取られた瞬間、背中を叩かれた。
「ぴっ?!」
「緩んでおりますよ」
飛び上がるアザレアにフォラクスは冷たく言い放つ。
「学校のはもうちょっと優しかった……」
背筋が曲がっていると押されて修正される、緩むとその箇所を叩かれる(痛くはないが衝撃が酷い)。
色々とフォラクスに触られる今よりも、ただ言葉だけで指摘されていた授業の礼儀作法の方が簡単だったのでは、と後悔し始めていた。
「何を仰る。学舎のもの等、体罰の訴えを恐れ簡易化、略式化されたもので御座いますよ」
「えっ」
別にそれでもよかったかも、と一瞬思ったが、アザレアはどちらかと言えば『体罰』という単語に反応した。
「…………痛いこと、するの?」
「……如何でしょうねぇ。貴女が良い子成らば、痛みは少ないかと」
不安気に問いかけるアザレアに、なぜかフォラクスは楽しそうに答える。
「…………痛いの、いや」
きゅ、と口を結ぶアザレアを、じ、と一瞬見た後、フォラクスは上機嫌そうに笑った。
「抑々、私に教えを乞うたのが運の尽き。ふふふ、折角です。完璧に仕上げて差し上げましょう」
「ひえー」
×
「貴女の卒業パーティーとやらの席で何が出るかは見当も付きませんが、何れが当たっても対応できるようにして差し上げましょう」
ということで、フォラクスの家で摂る昼食の時間も、礼儀作法の時間になってしまった。
先程の挨拶や姿勢の時間と同じように厳しくされるのかとアザレアは身構えていたが、
「先ずは、食事に慣れる事と思うままに楽しんで食べる方が重要でしょう」
とのことで、自由に食べて良いと言われた。慣れてきたころに悪いところを指摘するらしい。
「然し、所作で気になる事があれば私に聞いて下さいまし」
食後は少しの休憩を挟んで、再び広い部屋に戻ってダンスの練習となる。
「舞踏……は、私とでは体格差が激しいので式神にさせましょうか」
とフォラクスが懐から取り出した札を放ると、顔のない人形が現れた。
それを見て、「(ダンスは一緒にやってくれないんだ)」とアザレアは少し残念に思うが、これは勉強なのだと我に返る。
「……処で、正装は大丈夫ですか」
人形の調整を行いながら、フォラクスはアザレアに問いかける。
「んー、とりあえずセットで貸し出しできるものを選ぶ予定」
「……ふむ」
アザレアの返答に、フォラクスは口元に手を遣り、何か考えている様子だった。
「(この人、『一緒になれないかもしれない』感を出しつつも『結婚する予定がある』かのようなこというなぁ)」
と思いつつも、アザレアはなんだか嬉しくなった。
そして、
「此の様に崩すと、楽ですがきちんとしたものに見えますでしょう?」
「なるほどー」
ついでに楽で美しく見える仕草と、今までフォラクスがアザレアに叩き込んだ所作の意味などを教えてもらった。
先に厳しくしたのは基礎を学んでから応用、というより楽な方法を知ると崩れていてもそれっぽく見せられるようになるから、だそうだ。
0
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる