薬術の魔女の結婚事情【リメイク】

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三年目

107:接触

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 フォラクスの言葉に、はっと我に返った様子でアザレアはお礼を述べる。

「あ、ありがとう。……教えてくれて」

耳まで赤くしアザレアは、ばっとフォラクスから顔を逸らした。急に恥ずかしさが襲ってきたのだ。

「いえ。いずれにせよ確かめなければならなかった事です。お気になさらず」

 フォラクスは涼しい顔のまま、にこ、と微笑んだ。

「……ん」

すると、なぜかアザレアはうつむき、顔をしかめる。実のところはなんとも思っていないかのような彼の態度が気にくわなかったのだが、それを指摘するつもりは無かった。まるで自分だけが振り回されているかのように思えて気恥ずかしさと同時に小さなちくりとした感情が現れる。

如何どうなさった?」

「なんでもない」

 フォラクスが問いかけても、アザレアは顔を振るばかりで答えてはくれない。どうしてだろうと彼が更にその顔を覗き込もうとすれば顔を余計に逸らされた。その態度に、やや愉快に思う気持ちがあったが同時に『何故見せてくれないのだ』と何か不快に思う気持ちが湧き上がる。

「……?」

湧き上がった感情が理解できずにフォラクスは固まった。

「きょ、今日は帰る!」

 椅子から立ち上がり、アザレアは荷物を手早く回収する。そして、顔を赤くしたままで、木の札がある部屋にいそいそと駆け込んでしまった。

「……では、また」

 アザレアが部屋から出ていく直前に、どうにか我に返ったフォラクスは声をかけた。

×

「(思いの外、面白い反応が見られましたね)」

 アザレアの気配がすっかりなくなったのを確認し、フォラクスは彼女が使用していた食器を回収する。
 それを式神達に任せ、フォラクスは自室に戻った。

 自室の椅子に腰かけ、意識して少し脱力する。他人が居ると隙を見せないようにと無意識に体が強張ってしまうのだ。そして、先ほどの行為を思い返した。

 彼女の羞恥に身を縮こませる様子は、初心うぶで実に揶揄からか甲斐がいがある。思い出すと非常に愉快な気持ちになった。もう一度か、それ以上に何度でも見てみたくなるほど、好い顔をしていたように思う。

「(……もう少し、表情が見てみたい)」

 口元に手をり、フォラクスは思考を巡らせる。あの顔も好かったが、他の表情も気になった。表情もそうだが、どのような反応を返すかも気になる。きっと、大体の反応は面白く思えるに違いない。そう、確信があった。
 一応、婚約者あるいは監視者としての立場があるために酷い事はできないので、『一般的に許されそうな範囲』で何が出来るだろうか、考える。
 興味がある対象をつついて反応を見る。
 それはどちらかと言えば研究熱心、というよりは思春期以下の初等部の子供のような行動だが、フォラクスは気にしていなかった。自身が愉しいのだから。

 そして、一応の配慮はしているのだと、フォラクス自身は誰にともなく言い訳じみた事を思う。
 本当に配慮もせず色々な反応を見る方法ならば、手酷く痛め付ける、手篭めにする、魔術で思考の構造を変えるなど、やろうと思えばいくらでも思いつくからだ。
 なるべく傷付けないように、逃げられないように、
 他人に嫌われることは慣れているので心底どうでもよい。だが、彼女に嫌われるのはなんとなく嫌だと、無意識に思っていた。

「(……しかし。はなはだしくやわい触り心地でした)」

 フォラクスはふと、アザレアの触り心地を思い出す。ふにふにとした柔らかさにしっとりと吸い付く滑らかな白い肌。何とも心地の良いものか。
 それは、眠る彼女の頬に触れた時、手袋越しに手を握った時にも思っていたことだった。

「(直に触れると、実に離れがたい)」

 自身の手に視線を落とし、無意識に目を細める。
 もう一度、いや、何度だって触れてみたい。
 アザレアの魔力が『馴染みやすい魔力』だから触り心地は良いだろうと想定はしていたものの、想定以上だった。

「(普通の者ならば、使い物にならぬ程の中毒性が有るのでは)」

などと、よく分からない考えが浮かぶ程だ。
 だが、フォラクスが感じた強い中毒性は、実際の所はアザレアとフォラクスの魔力の相性がだけのことで、それ以外の相手には、やけに触り心地の良いもち肌程度にしか感じられていない。

「(れに、)」

 やはり。触れ合ったあとの、頬を染めて惚けたあの顔は。

「(……以外と、悪くは無い)」

 何か、胸の奥の感情を揺さぶられたような衝撃があった。
 それに、彼女は『魔力が混ざり合ったのは初めて』だとも言っていたはずだ。つまり、他者の魔力が体内に入ったと自覚したのはフォラクス自身が初めてであると。

「……く、ふふ」

 なぜだろうか。。仄暗い歓喜の感情があった。
 フォラクスは自然に緩んでしまう口元を抑えて、次はどうしようか、と画策する。

 そして、触れ合う機会は思いの外、早く訪れた。
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