薬術の魔女の結婚事情【リメイク】

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二年目

97:お土産とお話。

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「お久しゅう御座います。……2週間振りでしたか」

 出迎えたフォラクスは薄く微笑み、アザレアに声をかけた。

「ん、ひさしぶり」

 屋敷内のにおいに、アザレアは安心を覚える。それと同時に自身が、思っている以上に婚約者の家に馴染んでいるらしいと気付かされた。
 あらかじめ『修学旅行でのお土産を渡したい』と連絡を入れておいたので、アザレアは先にその用事を済ませる。

「これ、お土産ねー」

 アザレアは安堵から微笑み、フォラクスに手土産の入った紙袋を見せた。

態々わざわざ、有り難う御座います」

 フォラクスはアザレアの持ってきたお土産を受け取り、

「……帰られますか?」

目を細めて彼女を見下ろす。その様子が、アザレアには何かを心配しているような、恐れているように感じた。

「んーん。……もうちょっと、きみのところにいるよ」

 元々、すぐに帰るつもりもない。追い払われても、書庫にでも居座ろうと思っていたところだった。

「お土産のお菓子とか、一緒に食べたいなって思って」

「…………」

 フォラクスは静かにアザレアを見つめ、

「では、茶でも用意しましょうか」

と、懐から数枚の紙を取り出した。

「なに? それ」

「式神です。……以前にも云いましたでしょう」

 目を輝かせるアザレアに、少し呆れた様子で答える。

「あ、お手伝いさんだっけ」

「然様。なので、此れ等に茶を用意させます」

そう言うなり、フォラクスは札を放った。放った札達はそのまま台所の方へ飛んでいく。

「へぇー。便利だね」

「まあ……本来の使い方とやや違うのですが。手伝いをさせる点は同じでしょう」

なんて事もない、とフォラクスはさも当然のような様子だった。

×

「これはねー、__で買ったんだー」
「これは、お友達とお揃いのやつ」
「それで、これは__の草でー」

 食堂に案内されたアザレアは、フォラクスに勧められるまま椅子に座る。そして、式神の用意した紅茶を飲みながら、楽しそうに修学旅行での楽しい思い出を語った。

 初めは学友達の話が多かったものの、やがて初めて乗ったらしい高めの寝台汽車の話や修学旅行中に見かけた生き物や植物の話に変わっていった。

「……楽しんでいらした様ですね」

 一通りアザレアの話を聞き、フォラクスは紅茶を飲んで微笑む。

「うん。いっぱいおもしろいものが見られたもん」

満面の笑みで話すアザレアを見つめながら、

「…………ところで、」
「ん?」

「施設内での話をされておりませんが」

なるべくフォラクスは訊ねる。

「……ぎくっ」

 分かりやすく、アザレアの細い肩が跳ねた。

「何か、あったのですか」

「な、なんもないよ」

口を尖らせ、彼女は目を横に逸らす。目が、すごく泳いでいた。

「…………」
「その目なに?」

「……いえ」

あまりにも分かりやす様子にフォラクスは一瞬、固まった。

「そうですか。……では、の様な体験をなさったので?」

すぐさま我に返り、フォラクスはいつも通りの顔に戻す。

「え、きみ興味あるの?」

「……えぇ。書類上とはいえ、婚約者のことですので。多少の把握はしておきたく」

「…………んー……」

 眉をひそめ答えにくそうにしているので、

生兎クニクルス其処そこで、何を行ったのですか」

と、答え易くなるような質問をした。

「ん、介護体験と子どもたちのお世話をしたよ」

「成程。人の世話は大変ではありませんでしたか」

「うん! だいじょーぶ。楽しかったよー」

 そのお陰か、アザレアはだいぶほぐれた様子を見せる。

祈羊アグヌスでは?」
「え、全部?」

「はい。確か、聖職者の総本山と聞きますが」

「……ん゛」

 聞いた途端に、アザレアは顔をくしゃくしゃにした。

「ふむ。……厳しい修行でも体験しましたか?」

「うん。厳しかった。……たった一日でもすっごく疲れちゃったから、修行をいつもやってるあそこの人たちはすごいなって思った」

「然様ですか。……彼らは、忍耐力が強いですからね」
「……あ、それでね、」

 露骨に話題を変えようとしたそれをあえて無視して、

薬猿シミウスでは?」

続きを促す。

「……」
「薬の研究や生成を行う場所だった筈ですが」

「……ん」

「あまり、宜しくない体験でもしましたか」

「…………いいたくない」

「例えば……」

 顔を隠す様にうつむきがちに紅茶に口を付けるアザレアを見据えたまま、言葉を投げかける。

「『出来損ない』の婚約者、とでも言われましたか」
「ん゛」

 眉を寄せ、硬く口を結んだ。肯定だろう。

「……まあ、事実ですので」

 やはり言われたか、と内心で舌打ちをしつつもフォラクスは静かにアザレアを見下ろす。

「『恥さらし』とも言われましたか。『貴族崩れでみっともない』と」

「ん……」

 アザレアはなぜか、苦しそうな顔をした。そして、持っていた紅茶の器を置き顔を伏せる。

「……わたしは、そんなこと思ってないよ」

零した言葉は少し、震えていた。

「わたしから見たきみは、とってもがんばってる」
「っ、」

 顔を上げたアザレアは、珊瑚珠色の目いっぱいに涙を溜めていた。

 彼女が、泣いている。

 フォラクスはそれに思わず手を伸ばしかけて、止めた。アザレアがそうなっている元々の原因は自身の事だったからだ。

「誰がなんと言おうとも……きみはすごいよ。貴族じゃないのに宮廷魔術師になったって事は、いっぱい勉強したって事だし」

 ずび、と鼻をすすってアザレアは言う。
「すぐに魔術の術式を組めて、すごく短くできるのは、たくさん練習したからで」

言う間に、ぽろ、と涙が一粒溢れ落ちた。

「きみの作ってくれたごはんやお茶は、おいしい。普通の貴族は作れないもん」

 そう言うと、器に残った紅茶を飲み干した。

 自身の目元を拭ったアザレアは、

「帰る」

席を立つと短く言う。そして、フォラクスを見た。

「……ね。また、本を読みに来てもいいかな。勉強教えてもらったり、一緒にごはん食べたりとか」

「…………えぇ。勿論です」

 フォラクスは微笑み、頷く。
 その返答に満足したようで、アザレアは魔術アカデミーの自室へと帰った。
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