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二年目

92:修学旅行六日目〜八日目。

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 駅を降りたばかりの祈羊アグヌスは、荘厳な神殿とその集落、の様な印象を受けた。だが、祈羊アグヌスの周辺に住んでいるらしいその2曰く、

「ここは『修行用の場所』であって、中心地は普通の街と同じような雰囲気なんです」

だそうだ。
 日程によると、この修行用の施設で一日、を行なう。そして修行が終わった後、中心地にある施設の見学となる。

「多分、『神聖な場所に入る前に身を清めて下さい』ってことだと思います」

 日程について、その2がそう教えてくれた。

 『修行用の場所』は灰色の岩肌が剥き出しの場所で、その周囲には青白い透き通った石が使われた建物が複数建ち並んでいる。

「(……灰色の岩肌に、青白い神殿の素材がよく映えるなぁ)」

 そうは思うものの、景色のほとんどが白っぽい灰色の岩肌ばかりで、植物がほとんど見られない。なので、アザレアは不満気に口を尖らせる。

「……すぎるほどに、がないなぁ」

「でも、少しこの辺りから離れた所には草花はあるんですよぉ。お祈りの儀式や祈祷などで色々使うみたいで」

 不満そうなアザレアを見て、その2が苦笑した様子で答えた。

「そうなの?」

「はい。……一応、私はこの辺り出身ので、というか、数年は住んでいるので少しくらいは知ってますよ」

「ふーん?」

 いまいち意味はわからなかったが、要はその2が魔術アカデミーに転入する前にいた場所なのだろうと判断した。

×

 一日目の修行が終わると、すぐさま中心地への移動が始まる。
 移動には簡易的な馬車を利用する。車を引くのは聖獣とされる人間に益をもたらす魔法生物で、専用の道を早い速度で駆けるのだ。

 祈羊アグヌスの中心地は白い石材の建物で構成されていた。

「…………」

日の光を浴びて青白く輝く街に、アザレアは目を細める。
 足元は白っぽい灰色の石畳で、見られる植物は人工的に植えられたであろうものばかりだ。砂埃や劣化で外壁がくすんでいることもなく、全てが新品同様に透き通ったように真っ白だった。

×

 そして施設見学の折に、数名の聖職者とすれ違ったのだが、

「……なんか、すっごいつるぴかりんな人いなかった?」

少し引いた様子でアザレアは言う。おまけに、何故だかすごい顔でこちらを見ていた。怒りのような、恐怖のような表情で。

「…………あー……。そう、ですねー」

何故か、その2が気まずそうに同意する。

「どうしたの?」

 とアザレアがその様子に首を傾げると、友人Aが苦笑混じりに答えた。

「その人、あなたが作った薬で禿げ……涼やかな頭髪になった人よ」

「んえ、そうなの?」

 つまり……なんだっけ、とアザレアの(すっかり存在をわすれている)様子にその2も小さく笑った。

「ふふ、私の保護者の方ですよぉ」

「え、なんかごめん?」

 どうして薬を処方したのか思い出せない魔女は、とりあえずその2に謝る。

「別に気になんかしてないですよ。お陰で、私も

 幸せそうなその2に、まあいいか、と思ったアザレアだった。

×

 それは修行がひと段落した、月の明るい夜だった。

「(なんだか眠れない……)」

もそり、とアザレアは起き上がる。月明かりを見たら眠れるような気がしたからだ。
 部屋分けのグループは友人Aと魔女と聖女候補のその2で、男子であるその3は別の班の男子と相部屋になった。隣のベッドを見ると、友人Aが静かに眠っている。それを起こさないよう気を配り、そっと抜け出した。
 窓辺には人影がある。そろりと近付くとその2だった。ぼんやりとした様子で外を眺めている。

「あれ、眠れませんでしたか」

アザレアの姿を認め、その2は小さく首を傾げた。

「ちょっとだけ」

小さな声で返事をする。

「……少し、お話ししませんか」

そう言い、その2はアザレアの方を向いた。

「いいよ」

頷き、アザレアは窓を挟むようにしてその2の向かい側に就く。

祈羊アグヌスでの修行、辛くないですか」

「ちょっぴり、ね」

 だが、これでも簡易的にしているのだと説明を受けているので、はもっと大変なはずだ。

「私は、慣れているので」

あんまり辛くないんですよね、とその2は返した。修行の内容によっては、こうして人と話す時間もないのだとか。

「ねぇ、『聖女』ってどんな存在?」

 ふとアザレアは問うた。その2は『聖女候補』で、聖女になるために沢山の努力を重ねている。だが、アザレアはその『聖女』について良く知らなかった。敬虔な使徒や聖職者ならばきっと、知っているだろうと思ったのだ。
 だが、その2の言葉は意外なものだった。

「私も、よくわかってないです」

恥ずかしながら、と気まずそうに乾いた笑いを零す。

「でも……書物に書かれている存在としては……」

言いつつ、思い出すためか頬に手をり、視線を少し動かした。

「世界を浄化し、救う……みたいです。何かの脅威から国民を護る、とも」

『護る』とは言いつつも、何から護るのか叙述されていない。

「ふーん。なんか大変そう」

何か物語の主人公みたいだ、と少し思うだけだ。今は何も脅威がないはずなのできっと、しばらくの間は『聖女』の力は不要なのだろう。

「……でも、私。とある国……私が身を置いてる『十字教』の大元の国では『魔女』って、呼ばれてるみたいなんです。……最近知った事ですが」

 肩を落とすその2に、今度はアザレアが首を傾げた。

「……私、本当は転移者で、『この世界に居なかった者』なんです」

 ぎゅっと自身の服の裾を握り、その2は意を決した様子で告げる。

「ここにきたのも、神殿で召喚されたからで……元の世界の記憶なんてほとんど持ってないし、元の世界には帰れないみたいなので『帰りたい』って気持ちはないのですが」

 その様子は冗談を言っているようには見えなかった。それに『転移者』の話は、創作ではあるものの少し聞いたことがあるのだ。言葉通り、異なる世界から転移してきた者だと。

「それでも少し、疎外感があるんです……話が逸れましたね」

 申し訳なさそうに小さく笑い、その2は話を戻す。

「『転移者の聖女』だから、『この世界に居なかった異物の女』だから、『魔女』。……まあ、まだ聖女候補なんですけど」

そして、アザレアとは少し異なった意味の『魔女』なのだと言った。

「転移者の聖女候補は間違いなく聖女になれるらしいので、私が『聖女』になるのはほとんど確定事項らしいです」

 不思議ですよね、とその2は再び窓の外に視線を向けた。

「確か、色々な『魔女』と区別するために『胡蝶の魔女』……って呼ばれ方だったような」

 小さく呟き、再び魔女へと視線を向ける。今度は窓の方向に身体を向けたままだ。

「ふふ。実は私、精神に作用する魔術……奇跡が得意みたいなんです。他人の心を操って、私の事を好きにさせるとか、相手がしてほしい事をそれとなく察する、だとか」

なんとなく便利な力ですよね、と言い刹那、ハッとした様子でアザレアに向き合う。

「あ、もちろん皆さんにはしてないですよっ! ……っと、ちょっと声が大きかったですね」

 しょんぼりと肩を落としてその2は小さく謝った。ベッドの方へ視線を向けると、先程と同様で友人Aは静かにそこに横たわっている。

「私は、そんな力を使わなくても……みんなと仲良くなりたかった」

小さな声でその2は告げた。

「ちょっと、許されない事をしてしまいましたが」


「そういえば、魔女ちゃんの『魔女』って、本当はどういった存在なんですか?」

 ややあって、その2はアザレアへ問い掛ける。

「お、意趣返し?」

「そ、そんなつもりは……」

「冗談だよ。うーん。わたしもあんまりわかってないけどね」

 一言断り、アザレアはを言うことにした。

「きっと、あんまり良くない存在なんだよ」

そうでなければ、皆が『魔女だ』と言って離れる訳がない。

「ざっといえば、みんなが『怖い』って思う存在な訳だし」

それに、数名から監視もされている。実は、監視をされている事に全く気付いていないわけではなかった。監視員の中にも腕前や能力に得手不得手があり、アザレアが気付くこともあるのだ。

「『聖女』も『魔女』も、周囲が勝手にそう呼んでるだけで対して特別じゃないと思うな、わたしは」

そう、アザレアは言う。

「……そっか。ちょっと、寂しかったんですきっと」

 ぽつりとその2は言葉を零した。

生兎クニクルスで、みんなが『昔の話』をしているのに、自分にはそれがなかったから」

強く握っていた手を、ゆっくり解いてその2は伺うようにアザレアを見つめる。

「こんな私でも、仲良くしてもらえますか?」

「……当然に決まってるじゃない」
「わ、」

 突如、アザレアと違う方向から声がかけられる。顔を向けると、友人Aが立っていた。

「あ、あれ? 寝てたんじゃないんですか」

戸惑うアザレアとその2に

「別に。それはともかく、いい加減に寝なさい。眠くなくても、目を閉じて。良い事を、楽しかった事を思い出して想像するのよ」

そう、友人Aは諭すように二人の手を取る。

「そうすれば、きっと明日はもっと楽しくなるから」

×

 そして。

「なんか、羊の所あんまり好きじゃないなー」

 と、薬猿シミウスへ移動するための汽車の個室で、なんとなしにアザレアは呟く。
 植物が少ないし、決まり事がいっぱいで
 祈羊アグヌスでの日々は、ほとんどが時間とスケジュールに追われて休まる暇もなかった。

「……きっと、ああいうのが好きって人もいるんだろうけど」

 聖職者には向いていないな、とアザレアは結論を出した。

「……でも、またなんかわたしのこと見てたな」

 理由は分からずとも、あまり良い視線ではなかったのは確かだ。
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