79 / 200
二年目
79:春休み。
しおりを挟む
やがて寒さが酷くなり、春休みが始まる。
アザレアは、フォラクスが作った木の札を用いて彼の屋敷に来ていた。
そして移動した先の景色に、彼女は少しの満足感と安堵を感じ嘆息する。
木の札での移動先は玄関ではなく、フォラクスからもらった部屋になっていた。
寮の自室より広いこの部屋には、勉強用の机と椅子、水差し、仮眠用のベッドと少しの毛布と、移動用の木の札しかない。
何にも使っていない部屋らしいのだが、アザレアが部屋に行く頃にはいつも部屋が暖められている。恐らく、急な変化で体調を崩さないための、フォラクスなりの気遣いなのだろう(と、アザレアは思った)。
部屋から廊下へ出て、すっかり見慣れてしまった屋敷の内部を歩く。屋敷の匂いも落ち着くし、歩く際の床を踏み締める感触や扉の蝶番の音も、簡単に思い起こせた。
「やっほー、きちゃった」
彼がよく居る、恐らく自室か書斎らしき部屋に向かう。すると案の定、フォラクスは書類だらけのその部屋で本を読んでいた。資料達は山積みになっており、そこかしこに付箋らしきものや別の書類やらが挟まっている。開いている本には沢山の文字が書き込められたり角が擦り切れていたりと、使い込んでいるでろあろう痕跡が見えた。
「……アカデミー内に残られた御学友の方とは遊ばれないのですか」
軽く挨拶をするアザレアに、フォラクスはやや呆れた様子で溜息を吐く。それから振り返り、彼女を見る。春季休業だからか、魔術アカデミーの制服ではなく、彼女自身の私服姿になっていた。
「んー、なんかみんなやることがあるとかなんとか。わたしはすごくひま。絶賛ひま中だよー」
「然様ですか。……成らば、アカデミー内部に在る図書館の書籍等は読みましたか」
「興味があるやつはほとんど読んだ」
少し拗ねたように口を尖らせ、アザレアは答えた。
「だから。きみのおうちの、書庫の本を読みにきたの」
そして、むん、となんだか誇ったような顔で彼女はフォラクスに言い放つ。もう一つ、他にも彼に会いたかったなどという理由もあったがそれは言わないでおいた。
「『読んで良い』って、きみが言ったもんね」
「そうですね。間違い無く」
「ってことで本読ませてくれる?」
「無論ですとも」
頷くとフォラクスは立ち上がり、部屋から出る。
「では、此方に。案内致しますので付いて来なさい」
「わー、楽しみー」
×
当たり前の話だが、廊下は少し寒かった。
この屋敷自体にかけられている空調関連の魔術は割と新しいものらしいが、外の寒さが強いらしい。
廊下から見える外は真っ白で、獣の唸り声のような風の音が絶え間なく聞こえる。
「此方ですよ」
廊下を少し進んだ先の、屋敷の奥に近い部屋に案内された。
部屋はやや狭く、物置のような保存庫のような無機質さと冷ややかさがある。本棚は在るが、そこには簡単な技術書や雑誌のようなもの、情報誌が詰め込まれているだけだ。それと、本を修復できそうな道具が一揃い。
「此処は予備室の様なもので御座います」
丁寧に、彼は答えてくれた。
「さ、もう少し此方へ」
そして部屋の奥にもう一つ扉が有り、それをフォラクスは開ける。
そこには下へと下がる階段があった。
×
階段を降りながら、周囲から漂う紙や印刷物の匂いがアザレアの鼻腔を満たす。
「……わぁ……」
階段を降り切った先では、大量の本棚とそれらに綺麗に収まった本達が並んでいた。
「いっぱいの本」
これが求めていた物だと、アザレアは直感的に感じる。これこそ、彼の本棚だと。
「屋敷の地下の殆どを占めて居りますからね」
彼女の何のひねりもない言葉にフォラクスは丁寧に返す。屋敷の建物よりもなんだか広い気がするので、恐らく空間を拡張する魔術も少しくらいはかかっているのだろう。
「……貴女の興味を唆る書籍が有れば良いのですが」
言いつつ、彼はアザレアに一枚の紙を手渡す。
「なに、これ」
「書籍の分類場所を載せた案内図です。殆どが魔術の本で御座いますが……魔術にも分類が有るでしょう」
「なるほどー」
わざわざ、作ってくれたのだろうか。と思いながらアザレアは紙を受け取った。
「序でに、其の紙を所持している成らば此処へ何時でも出入りを可能にする術を掛けました」
「へー」
アザレアの生返事に、フォラクスは小さく息を吐く。彼女は、周囲にある新しい本に興味をほとんど奪われている様子だった。
「……此れより暫しの合間、私は此処には戻りませぬが貴女は御遠慮無くお越し下さっても構いませんので」
聞いていないだろうと思いながらフォラクスが書庫の利用について告げると、
「なんで戻ってこないの?」
アザレアは振り返り問いかける。
「……『春来の儀』の準備等で忙しくなります故」
意外と聞いていたらしいそれに、彼は少し動揺してしまった。それと、僅かだが感情の揺れも有る。
「ふーん……そうなんだ」
少し口を尖らせたアザレアはややつまらなそうな表情をしながらも、納得した様子で頷いた。
「そうでした。入ってはならぬ部屋の戸は術で閉じ、開かないようになって居りますので、くれぐれも無理矢理開けぬ様、お気を付けて下さいまし。怪我をしてしまいますからね」
「はーい」
彼女の返事に満足そうに頷き、
「其れでは、暫しの別れです」
と、フォラクスはアザレアを置いて書庫から出て行った。恐らく、そのまま仕事場に向かったのだろう。
アザレアは、フォラクスが作った木の札を用いて彼の屋敷に来ていた。
そして移動した先の景色に、彼女は少しの満足感と安堵を感じ嘆息する。
木の札での移動先は玄関ではなく、フォラクスからもらった部屋になっていた。
寮の自室より広いこの部屋には、勉強用の机と椅子、水差し、仮眠用のベッドと少しの毛布と、移動用の木の札しかない。
何にも使っていない部屋らしいのだが、アザレアが部屋に行く頃にはいつも部屋が暖められている。恐らく、急な変化で体調を崩さないための、フォラクスなりの気遣いなのだろう(と、アザレアは思った)。
部屋から廊下へ出て、すっかり見慣れてしまった屋敷の内部を歩く。屋敷の匂いも落ち着くし、歩く際の床を踏み締める感触や扉の蝶番の音も、簡単に思い起こせた。
「やっほー、きちゃった」
彼がよく居る、恐らく自室か書斎らしき部屋に向かう。すると案の定、フォラクスは書類だらけのその部屋で本を読んでいた。資料達は山積みになっており、そこかしこに付箋らしきものや別の書類やらが挟まっている。開いている本には沢山の文字が書き込められたり角が擦り切れていたりと、使い込んでいるでろあろう痕跡が見えた。
「……アカデミー内に残られた御学友の方とは遊ばれないのですか」
軽く挨拶をするアザレアに、フォラクスはやや呆れた様子で溜息を吐く。それから振り返り、彼女を見る。春季休業だからか、魔術アカデミーの制服ではなく、彼女自身の私服姿になっていた。
「んー、なんかみんなやることがあるとかなんとか。わたしはすごくひま。絶賛ひま中だよー」
「然様ですか。……成らば、アカデミー内部に在る図書館の書籍等は読みましたか」
「興味があるやつはほとんど読んだ」
少し拗ねたように口を尖らせ、アザレアは答えた。
「だから。きみのおうちの、書庫の本を読みにきたの」
そして、むん、となんだか誇ったような顔で彼女はフォラクスに言い放つ。もう一つ、他にも彼に会いたかったなどという理由もあったがそれは言わないでおいた。
「『読んで良い』って、きみが言ったもんね」
「そうですね。間違い無く」
「ってことで本読ませてくれる?」
「無論ですとも」
頷くとフォラクスは立ち上がり、部屋から出る。
「では、此方に。案内致しますので付いて来なさい」
「わー、楽しみー」
×
当たり前の話だが、廊下は少し寒かった。
この屋敷自体にかけられている空調関連の魔術は割と新しいものらしいが、外の寒さが強いらしい。
廊下から見える外は真っ白で、獣の唸り声のような風の音が絶え間なく聞こえる。
「此方ですよ」
廊下を少し進んだ先の、屋敷の奥に近い部屋に案内された。
部屋はやや狭く、物置のような保存庫のような無機質さと冷ややかさがある。本棚は在るが、そこには簡単な技術書や雑誌のようなもの、情報誌が詰め込まれているだけだ。それと、本を修復できそうな道具が一揃い。
「此処は予備室の様なもので御座います」
丁寧に、彼は答えてくれた。
「さ、もう少し此方へ」
そして部屋の奥にもう一つ扉が有り、それをフォラクスは開ける。
そこには下へと下がる階段があった。
×
階段を降りながら、周囲から漂う紙や印刷物の匂いがアザレアの鼻腔を満たす。
「……わぁ……」
階段を降り切った先では、大量の本棚とそれらに綺麗に収まった本達が並んでいた。
「いっぱいの本」
これが求めていた物だと、アザレアは直感的に感じる。これこそ、彼の本棚だと。
「屋敷の地下の殆どを占めて居りますからね」
彼女の何のひねりもない言葉にフォラクスは丁寧に返す。屋敷の建物よりもなんだか広い気がするので、恐らく空間を拡張する魔術も少しくらいはかかっているのだろう。
「……貴女の興味を唆る書籍が有れば良いのですが」
言いつつ、彼はアザレアに一枚の紙を手渡す。
「なに、これ」
「書籍の分類場所を載せた案内図です。殆どが魔術の本で御座いますが……魔術にも分類が有るでしょう」
「なるほどー」
わざわざ、作ってくれたのだろうか。と思いながらアザレアは紙を受け取った。
「序でに、其の紙を所持している成らば此処へ何時でも出入りを可能にする術を掛けました」
「へー」
アザレアの生返事に、フォラクスは小さく息を吐く。彼女は、周囲にある新しい本に興味をほとんど奪われている様子だった。
「……此れより暫しの合間、私は此処には戻りませぬが貴女は御遠慮無くお越し下さっても構いませんので」
聞いていないだろうと思いながらフォラクスが書庫の利用について告げると、
「なんで戻ってこないの?」
アザレアは振り返り問いかける。
「……『春来の儀』の準備等で忙しくなります故」
意外と聞いていたらしいそれに、彼は少し動揺してしまった。それと、僅かだが感情の揺れも有る。
「ふーん……そうなんだ」
少し口を尖らせたアザレアはややつまらなそうな表情をしながらも、納得した様子で頷いた。
「そうでした。入ってはならぬ部屋の戸は術で閉じ、開かないようになって居りますので、くれぐれも無理矢理開けぬ様、お気を付けて下さいまし。怪我をしてしまいますからね」
「はーい」
彼女の返事に満足そうに頷き、
「其れでは、暫しの別れです」
と、フォラクスはアザレアを置いて書庫から出て行った。恐らく、そのまま仕事場に向かったのだろう。
0
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる