薬術の魔女の結婚事情【リメイク】

しの

文字の大きさ
上 下
69 / 200
二年目

69:初めての訪問。

しおりを挟む
 冬休み前のテスト勉強を見てほしいむねをフォラクスに連絡をしてすぐの休日。

 魔術アカデミーの寮の自室で、アザレアは緊張していた。少し、どころではなくかなりの緊張である。

「(……あの人の家って、どんな感じなんだろ)」

今日は、初めて婚約者であるフォラクスの家に行くのだ。

「(『寒い中外を歩きたくない』なんて理由だけで行くの決めなきゃよかったかな……)」

 後悔しても今更である。アザレアは深く溜息を吐いた。
 初めに連絡してから、『何時なんじに行くのか』『何時まで居ても良いのか』『持っていくものは何か』などの確認をした。
 最終的には『行く前に連絡を入れること』『門限の時間前までには寮の自室に帰ること』を決めた。
 持ち物に関して言えば、どうせすぐに自室に帰れるのだから相談してもしょうがないという話になったので、もう気にしてはいない。

「(……どんなお家、なんだろ)」

 少し思考してみる。
 あの人は貴族っぽいから、やはり宮廷に似た雰囲気でもしているのだろうか。
 だがそれはあまり趣味ではないので少しくらい控えめだと嬉しいな、と思う。窮屈に感じられて、そこから逃げ出してしまうのはもったいない気がしたからだ。

「(服装は……)」

 姿見の前に立ち、反転した自身の体に視線を向ける。そして糸屑やほこり、しわがないかを確認のために一周回った。大丈夫そうだ。
 格好は魔術アカデミーの制服にしておいた。他に服は持っているが、一番着慣れている上に変に悩まないで済むからだ。しかしそうなると、家が宮廷のように豪華絢爛だと浮いてしまう恐れがある。だから、その点でも控えめな装飾だと嬉しい。
 『もう少しおしゃれな服も用意しよう』と思ったのは内緒の話だ。

「……よし、準備はだいじょーぶ」

 幾度目かの持ち物と格好の確認を終え、ようやくアザレアはフォラクスに連絡を入れる。

「準備できたから、今から行くよー」

『……はい。何時いつでもどうぞ』

「うん」

 フォラクスの返事を聞いてすぐに連絡を切り、アザレアは木札をそっと踏む。

「……わわっ?!」

 途端に、足元の札から魔女の目と同じ珊瑚珠色の色を帯びた魔術陣が拡がりながら現れ、空気の流れが生まれる。それと同時にアザレアの視界が変わり始めたーー。

×

「……ようこそいらっしゃいました。アウラヴィテ殿」

 フォラクスの声に、いつのまにか閉じていた目を恐る恐る開く。

「うわ、ちゃんと移動してる」

 周囲は魔術アカデミーのアザレアの部屋ではなく、全く見慣れない風景へと変貌していた。背後には外に繋がっているであろう扉があり、前には廊下と来客のためか壁に掛けられた絵画がある。

「(……思ってたより、派手じゃない……!)」

 アザレアは、ほう、と内心で感心した。
 白い壁や天井に、暗めの色合いをした木の柱や板張りの床だ。扉やその縁に窓と窓枠、天井と壁の間の飾り廻り縁の色合いも同じ木の色で統一されていた。
 取手や金具に使われている金属類は一般的な黄金色真鍮製ではなく無機質感の強い白銀色。
 絵画の額縁や壁、その他扉や家具の装飾など、現在見えるものには無駄な装飾はなく非常に簡素である。
 様々な物語や写真などで見聞きしていた貴族の屋敷は派手な装飾のものばかりだったので、この屋敷の簡素さが真新しかった。

「(あれ、この壁紙……)」

 真っ白の無地の壁かと思っていたが、よく目を凝らしてみると薄らと何かの紋様が見える。さらさらで滑らかな手触りの壁は、平民家で見られるような土壁や漆喰、壁紙ではなく布張りだった。安い紙でなく、手間がかかるであろう布。
 ならば余計に真っ白な事に違和感を抱くだろうが、アザレアは室内装飾のたぐいにはうといのでわからない。

「(何の模様だろう)」

 一般的な壁で見られる紋様とは違う、珍しいものに見えた。植物を模した柄に見えるが、これは文字のような、目のような。

「……入らないのですか」

 周囲を観察していたアザレアに、フォラクスが声をかける。

「ん、えーっと……お邪魔します」

アザレアは、先を歩き出したフォラクスの後を付いて、屋敷内に足を踏み入れた。

×

「……(本当に、誰もいないな……)」

 やや長い廊下を歩きながら、アザレアは周囲を観察する。本当に、フォラクス以外、人の姿は無く、気配も無かった。

「(あ、庭がある)」

 窓の外に見えた庭は広く、芝生や植木などがある。庭の終わりには生垣が見えており、そこから先の景色は確認できなかった。恐らく建物全体を生垣が覆っており、それが建物と外界を視界的・魔術的に分けているのだろう。
 植物達の様子は非常に健康そうで、綺麗に手入れをされているようだ。

「アウラヴィテ殿」

「ん、なぁに?」

 不意にかかった彼の声に振り返る。

此方こちらですよ」

少し進んだ先の扉を一つ開き、その横にフォラクスが立ってアザレアを待っていた。

「あ、ごめん」

 呼ばれたアザレアは、やや小走りで彼の元に向かう。

 そして、その先の部屋でアザレアはフォラクスに勉強を見てもらうのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

処理中です...