62 / 200
二年目
62:学芸祭3日目。
しおりを挟む
そして、学芸祭の三日目。
「ん、ほんとに来た」
学芸祭が始まったばかりの頃に、フォラクスがアザレアの元に現れた。変装のためか、去年と同様に人間の形をした猫、のような姿をしている。
服装は何かゆったりしたもの……どうやら、宮廷魔術師のローブだった。
「……何です。私が居ない方が宜しかったですか」
顔を合わせて早々のアザレアの言葉に、フォラクスはやや憮然とした様子で問いかける。
「そーじゃないよ。でも早かったね?」
「本来はもう少し残る予定がありましたが……まあ、色々と訳が御座いまして」
「ふぅん?」
「菓子を渡した後は戻ります」
「…………そっか」
宮廷魔術師の服は仮装ではなく、すぐに仕事に戻れるように、だったらしい。一緒にいられないと知り、アザレアはなんとなく気分が落ち込んだ。
「其れで。菓子を手渡す際の問答は行わなくて宜しいのですか」
懐から札の付いた菓子の袋を取り出し、フォラクスは問いかける。
「問答って……。……えっと、『お菓子くださいな』」
「『どうぞ、お菓子をお持ち帰り下さい』」
差し出されたアザレアの両手に、彼は菓子の袋を渡した。
「ありがと! 去年のお菓子、美味しかったよ!」
「お気に召したようで恐悦至極で御座いますよ」
受け取ったアザレアが、昨年の感想を伝えるとフォラクスは目を細め、微笑んだ。それが、心の底から笑っているように見え、少し、頬が熱くなった。
「今年は何かなー。あっ、焼き菓子と飴だ!」
「……矢張り、受け取ったその場で開けるのですねぇ」
「ん? 良くなかった?」
アザレアがその小さな呟きに首を傾げると、
「いいえ。良い反応が見られて大変嬉しゅう御座いますとも」
フォラクスはそう答えた。
「あ、袋にお札また付いてる」
「其の札を、前年と同様に窓辺に置いて下さいまし」
「はーい」
「其れと。此の札は少し特別な仕様で御座いまして」
「うん」
「他の魔力を溶かす魔力や薬品……例えるとする成らば、油性インクを溶かす乳化剤の様なものに触れると術が少し変わってしまいます故、お取扱いには御用心下さいまし」
「分かった」
アザレアはフォラクスから受け取ったお菓子や札を鞄の中に入れたところで、
「おはようございます、魔女ちゃ……あれ、お取込み中でしたか?」
その2が部屋の中に入ろうとして、足を止めた。
「あ、おはよー。ちょうど終わったところだよー」
「…………そこの人は……?」
「私の婚約者の人だよ。そういえば、去年は会ってなかったね」
「初めまして。婚約者がお世話になっております」
フォラクスは丁寧に礼をする。
「……はじめ、まして……?」
不思議そうに、そしてやや警戒した様子を見せながらも、その2は丁寧に礼を返した。
「早々ですがお暇致します。それでは」
言うなり、フォラクスはすぐにその場から立ち去る。
「……あ、行っちゃった」
足早に去ったフォラクスの様子を見送り、アザレアはやや不満気に口を尖らせた。そして、先程フォラクスから受け取った札をよく見ようと札を取り出す。
「それ、なんですか?」
「さっきの人からもらったお守りのお札」
ほら、とアザレアが札をその2に見せた。
「……普通の、変な魔法も魔術もかかってないお札、ですね……?」
「そんなに宮廷の人って信用できない感じなの?」
そう、戸惑いつつもアザレアはその2から札を返してもらう。
「なんというか、こちらが警戒し過ぎてるだけなのかもしれませんね……」
それから少しして。
「(……あれ)」
なぜか、今日はあんまりつまらなく思わなかった自身に気付いた。なんとなく気持ちが浮ついている気もする。
「(もしかして)」
今日と前日までの違いを考え、それはフォラクスが来てくれた事かもとすぐに思い至ってしまった。
ほんの僅かでも、彼が来てくれた事でなんだか嬉しいと感じたらしい。
×
そろそろ昼の時間になるのでお店を閉じる事にした。
その最中、なんとなくでフォラクスからもらった札を手に取る。
「なんだか不思議なお札」
一つなのに沢山、みたいな気配がするのだ。
去年はどういったものだったかなと思い出そうとする。ついでに気付いたら無くなっていた事と翌日のことをうっかり思い出したので思考を急いで止めた。
「へっぷし!」
急に吹いた風に思わず、アザレアはくしゃみをする。その拍子に、少し魔力が滲んだらしく、
「うわっ?! 札が……」
アザレアの魔力が直に触れた札が、バラバラと薄い複数の紙の札にバラけてしまった。やや厚く硬い紙が、柔らかい紙の束になってしまったのだ。
「…………わたしの魔力、そういえば魔力を溶かす乳化剤みたいなやつって言われてたな……」
一つなのにたくさん、の気配だと思ったら本当にそうだったらしい、と冷静に思考する。びっくりし過ぎて逆に落ち着いているアザレアだった。
「……それ、貰っても良いですか?」
その様子を見ていたその2がアザレアに問いかける。
「うーん……」
「多分、魔除けのお札なんですよね?」
「うん。そうだと思う」
「言いにくいことなんですが……そのお札、婚約者の方が渡した時よりも、圧倒的に効力が落ちてる……感じがします」
「そうなの? どうしよ」
「このままだと、その札は使い物にはならないと思いますが……何とか良い感じにしてみます!」
「んー……まあ、いいけど。こんなにあっても邪魔だし……」
「じゃあ、持っていきますねー」
「んー、ほとんど貰われちゃった」
手元に、その2曰く『そこの札の中で最もマシな札』だけ残して、その2が札を全部持っていってしまった。
ついでに、一緒に行く予定だった虚霊祭の本番にもいけなくなったらしく、アザレアは友人A、友人Bと虚霊祭一色の街を巡り歩いた。
「ん、ほんとに来た」
学芸祭が始まったばかりの頃に、フォラクスがアザレアの元に現れた。変装のためか、去年と同様に人間の形をした猫、のような姿をしている。
服装は何かゆったりしたもの……どうやら、宮廷魔術師のローブだった。
「……何です。私が居ない方が宜しかったですか」
顔を合わせて早々のアザレアの言葉に、フォラクスはやや憮然とした様子で問いかける。
「そーじゃないよ。でも早かったね?」
「本来はもう少し残る予定がありましたが……まあ、色々と訳が御座いまして」
「ふぅん?」
「菓子を渡した後は戻ります」
「…………そっか」
宮廷魔術師の服は仮装ではなく、すぐに仕事に戻れるように、だったらしい。一緒にいられないと知り、アザレアはなんとなく気分が落ち込んだ。
「其れで。菓子を手渡す際の問答は行わなくて宜しいのですか」
懐から札の付いた菓子の袋を取り出し、フォラクスは問いかける。
「問答って……。……えっと、『お菓子くださいな』」
「『どうぞ、お菓子をお持ち帰り下さい』」
差し出されたアザレアの両手に、彼は菓子の袋を渡した。
「ありがと! 去年のお菓子、美味しかったよ!」
「お気に召したようで恐悦至極で御座いますよ」
受け取ったアザレアが、昨年の感想を伝えるとフォラクスは目を細め、微笑んだ。それが、心の底から笑っているように見え、少し、頬が熱くなった。
「今年は何かなー。あっ、焼き菓子と飴だ!」
「……矢張り、受け取ったその場で開けるのですねぇ」
「ん? 良くなかった?」
アザレアがその小さな呟きに首を傾げると、
「いいえ。良い反応が見られて大変嬉しゅう御座いますとも」
フォラクスはそう答えた。
「あ、袋にお札また付いてる」
「其の札を、前年と同様に窓辺に置いて下さいまし」
「はーい」
「其れと。此の札は少し特別な仕様で御座いまして」
「うん」
「他の魔力を溶かす魔力や薬品……例えるとする成らば、油性インクを溶かす乳化剤の様なものに触れると術が少し変わってしまいます故、お取扱いには御用心下さいまし」
「分かった」
アザレアはフォラクスから受け取ったお菓子や札を鞄の中に入れたところで、
「おはようございます、魔女ちゃ……あれ、お取込み中でしたか?」
その2が部屋の中に入ろうとして、足を止めた。
「あ、おはよー。ちょうど終わったところだよー」
「…………そこの人は……?」
「私の婚約者の人だよ。そういえば、去年は会ってなかったね」
「初めまして。婚約者がお世話になっております」
フォラクスは丁寧に礼をする。
「……はじめ、まして……?」
不思議そうに、そしてやや警戒した様子を見せながらも、その2は丁寧に礼を返した。
「早々ですがお暇致します。それでは」
言うなり、フォラクスはすぐにその場から立ち去る。
「……あ、行っちゃった」
足早に去ったフォラクスの様子を見送り、アザレアはやや不満気に口を尖らせた。そして、先程フォラクスから受け取った札をよく見ようと札を取り出す。
「それ、なんですか?」
「さっきの人からもらったお守りのお札」
ほら、とアザレアが札をその2に見せた。
「……普通の、変な魔法も魔術もかかってないお札、ですね……?」
「そんなに宮廷の人って信用できない感じなの?」
そう、戸惑いつつもアザレアはその2から札を返してもらう。
「なんというか、こちらが警戒し過ぎてるだけなのかもしれませんね……」
それから少しして。
「(……あれ)」
なぜか、今日はあんまりつまらなく思わなかった自身に気付いた。なんとなく気持ちが浮ついている気もする。
「(もしかして)」
今日と前日までの違いを考え、それはフォラクスが来てくれた事かもとすぐに思い至ってしまった。
ほんの僅かでも、彼が来てくれた事でなんだか嬉しいと感じたらしい。
×
そろそろ昼の時間になるのでお店を閉じる事にした。
その最中、なんとなくでフォラクスからもらった札を手に取る。
「なんだか不思議なお札」
一つなのに沢山、みたいな気配がするのだ。
去年はどういったものだったかなと思い出そうとする。ついでに気付いたら無くなっていた事と翌日のことをうっかり思い出したので思考を急いで止めた。
「へっぷし!」
急に吹いた風に思わず、アザレアはくしゃみをする。その拍子に、少し魔力が滲んだらしく、
「うわっ?! 札が……」
アザレアの魔力が直に触れた札が、バラバラと薄い複数の紙の札にバラけてしまった。やや厚く硬い紙が、柔らかい紙の束になってしまったのだ。
「…………わたしの魔力、そういえば魔力を溶かす乳化剤みたいなやつって言われてたな……」
一つなのにたくさん、の気配だと思ったら本当にそうだったらしい、と冷静に思考する。びっくりし過ぎて逆に落ち着いているアザレアだった。
「……それ、貰っても良いですか?」
その様子を見ていたその2がアザレアに問いかける。
「うーん……」
「多分、魔除けのお札なんですよね?」
「うん。そうだと思う」
「言いにくいことなんですが……そのお札、婚約者の方が渡した時よりも、圧倒的に効力が落ちてる……感じがします」
「そうなの? どうしよ」
「このままだと、その札は使い物にはならないと思いますが……何とか良い感じにしてみます!」
「んー……まあ、いいけど。こんなにあっても邪魔だし……」
「じゃあ、持っていきますねー」
「んー、ほとんど貰われちゃった」
手元に、その2曰く『そこの札の中で最もマシな札』だけ残して、その2が札を全部持っていってしまった。
ついでに、一緒に行く予定だった虚霊祭の本番にもいけなくなったらしく、アザレアは友人A、友人Bと虚霊祭一色の街を巡り歩いた。
0
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる