薬術の魔女の結婚事情【リメイク】

しの

文字の大きさ
上 下
29 / 200
一年目

29:年越

しおりを挟む
 『勝手に目が追う』とは云ったものの、実の所、それは虚言である。

「(……いえ。確かに、勝手に視線で追うのですが……)」

 横に座るアザレアをちら、と見ながら思う。
 フォラクス自身の相性結婚の相手が、割と見ていて楽しい人物である事は否めない。だが、それまでの感情でしかない。

「(……丸で、私が彼女を好いているかの様な、)

 誤解をするであろう言い方になってしまったが、それ以外であの状況を逃げる事は出来なかった、はずだ。
 アザレアは、ただの相性結婚の相手だ。余計な感情は不要である。おまけに、余計な感情ものを持ち合わせてしまえば、宮廷では弱味よわみとなる。

「(逆に、其れを利用するか)」

 『アザレア婚約者が弱点』だとすれば、周囲は彼女を狙うだろう。

「(……いや、)」

 しかし、そうしたのならば監視の仕事に支障が出るのではないのか、とフォラクスは思い直す。『情が有るならば、いざする事態になった際にその刃が鈍るのではないか』と。
 この、『薬術の魔女の監視』という仕事を外されるのは、なんとなく嫌だった。
 先程の、『見ている』事に気付いたような言葉に、監視の役が看破されたのかとフォラクスは一瞬冷や汗をかいたが、彼女はフォラクスのものではない視線の話をした。

「(抑々そもそも、視線に気付く筈も無い)」

 視線を気付かれる訳もない。それもそのはずで、フォラクス自身では直接のだから、のである。
 彼は札や式神を使い、数名の観察を行なっていた。なので、その場に直接居ても居なくても監視の仕事はできるのだ。
 わざわざ魔術アカデミーまで出向いているのは、『命令に従い、反抗する意思が無い(或いは薄い)』ことを見せるだけの演技だった。

「(とは言いつつも、最近は)」

 仕事で必要があったとはいえ、らしくない程に干渉してしまった。
 それに、最近なぜか彼女に避けられていた状態にやや苛立ちを覚えたり、それが嫌悪ゆえの逃避でなかったことに安堵したりと、非常にらしくない。

「(……もう少し離れねばなるまいか)」

そう思いつつも、彼女はかなり長い間、身元不明の視線と物隠しに悩まされているらしいと知った。
 彼女はあまり気付いていない様子だが、大分精神的に弱っている。

「(れが済んでからの方が宜しいか)」

存外、情を持ってしまったか、とフォラクスは小さく息を吐いた。

×

「ね、きみって年越しはどうするの?」

 外は強く冷たい風が吹くからか、最近ではアザレアは温室で弁当を食している。毎度思っているのだが……何故、薬草塗れの弁当なのだろうか。薬術の魔女だからなのか。

「私は仕事がありますゆえ、今年も職場で迎えるのですよ」

 年越の儀のために国を護る結界を張らねばならないし、貴人達を護らねばならない。

「へぇ、大変そうだね」

「其れが私の仕事ですから」

 宮廷に仕えてから、ずっとそうだった。此れからもそう
 そもそも、フォラクスは家族等と過ごした記憶がなかった。

「そっか」

「……貴女は帰省なさるのですか」

「うん。おうちに帰るよ」

訊くと、彼女は実に楽しそうに頷く。確か、自然豊かな森の奥に住んでいるのだったかと、フォラクスは思い出す。

「たくさん保存食とか買って、山籠りするんだ」

「山籠り、ですか」

「そうだよ。あ、薬とかもたくさん作るつもりだからさ、何かいいのできたらあげるよ」

「然様で」

 実家の事を考えているのか、彼女は普段よりも楽し気な様子だ。

×

 年越の儀の最中は空気が張り詰め、普段は無益な足の引っ張り合いをしている者達も静かで居る。

「(……の空気が、好ましい)」

 静かで、誰も無駄な事をせず誰も干渉しない、このおごそかな空気が。

『……』

 高僧達が文言を読み上げる度に、魔力が高まり空気が張り詰める。

「(……嗚呼、)」

至極真面目な顔で要人を護りながら思うのだ。

「(、私如きに破られてしまうというのに)」

 嫌味を被せられる度に、冷ややかな目が背に刺さる度に、何度破ってやろうと思ったことか。

「(……まぁ。後が面倒なので、致しませぬが)」

内心で溜息を吐く。
 年越の儀が終了すると、後は社交的な会合、宴、酒池肉林とまではいかないが、随分と欲望の渦巻く場所へと様変わりする。
 先程まで真面目な顔で術式を組み上げていた者共が、下卑た顔で酒を飲み、情を交える。

「」

 かけられた声の方に目を向けると、惜しげもなく肌を晒した女が、酒と場の雰囲気に呑まれたのか赤らんだ顔で撓垂しなだれかかる。

「……」

実に詰まらないと、それに手を伸ばした。

「(嗚呼、このまま春など、来ないで欲しいものだ)」

 ずっと、冬のままで良い。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

処理中です...