薬術の魔女の結婚事情【リメイク】

しの

文字の大きさ
上 下
28 / 200
一年目

28:心とは度し難い。

しおりを挟む
「(なに、あの顔)」

 アザレアは戸惑いを隠せないでいた。昼休みの時間に見たフォラクスの表情が、脳裏にこびり付いて離れない。

「(……文句があるんなら直接言えばいいのに)」

アザレアは文句があれば直接言う派なのである。あるいは態度に出すタイプ。

「(あ。貴族って遠回しに嫌味とかいうんだっけ)」

 図書室で読んだ、貴族の大まかな習慣や貴族に関する話、物語を読んだ時も大体似たようなことが書かれていた(それか、そうだと読み取れる内容だった)のを思い出す。

「(直接指摘するのは子供っぽいとか、上品じゃない、みたいなやつ)」

わたしだったら気付かないだろうな、と思いながら授業を半分くらい聞き流していたのだった。

×

 相変わらず、身元不明の視線と無くし物は続く。しかしあれ以上酷くなることはなく、むしろ少し落ち着いたくらいである。
 薬草園側の温室でいつものようにお弁当を食べていると、視線を感じ

「……全く。何か言いたいことがあるんなら、はっきり言ってくれる?!」

と、視線の方を向くと

「おや。今回は、気付くのが御早いですね」

薄く微笑むフォラクスが居た。

「…………きみなの?」

 ものを隠すとか、捨てるとか、そんなことを彼がしたのだろうか。

「何が、でしょうか」

フォラクスは目を細め、ゆったりと首を傾げる。

「最近、ずっとわたしのこと見てる?」

「…………はて」

フォラクスはすっと目を逸らした。その動作から、彼はずっと『アザレアわたしを見ている』のだと、察した。なぜか、そのことが酷く心を穿うがった。

「……もの、隠したりしたのも……きみ?」

 そっとその顔を見て

「……っ!」

アザレアは顔を凍らせる。

「その顔、なに」

フォラクスが、酷く冷たい顔をしていた。まるで、物体ものを見ているだけのような、さげすみの混ざったような顔だ。
 そして

「んむ!」

片手で顎、というより両頬を掴まれ、強制的に顔を合わせる羽目になる。勝手に視線が彼のものと合わさり、無理矢理固定された。
 彼との顔が近いので、彼はやや上体を折り曲げてアザレアの顔を覗き込んでいるようだ。後頭部にもう片方の手が回され、完全に逃げられなくなった。

「…………なに、するの」

 問いかけてもフォラクスは答えず、アザレアの目を見つめ続ける。
 彼の常盤色の目と瞳孔がきゅうっと細まり、値踏みをされているかのような、中身を見透かされているような居心地の悪さを感じた。

「……ねぇ、」

瞳の奥にある赤い色がよく見える、と、思った直後、目を通して何かが繋がったような感覚におちいる。

「答えてよ、」

 フォラクスが滲んで見えた。いつのまにか涙が溢れていたらしい。それでも、まばたきところか身動きができないので、そのまま涙が溢れる。

「……物好きな方も、いらっしゃるようですね」

 しばらく見つめた後、溜息を吐きアザレアを解放した。解放する直前に、フォラクスはアザレアの涙を指の背で拭う。

「…………それってどういう意味」

 震える声で問いかけると

わたくしは貴女の持ち物など、隠して居りませぬ」

真っ直ぐにアザレアの顔を見つめ、フォラクスは答えた。

「……ほんと?」

「無論です。むしろ、隠す事に意味を見出せません」

「意味って……」

 呆れながらも、アザレアはフォラクスがもの隠しの犯人でないことに心底安心したのだった。そして、自覚をしていなかったが、意外とそれが精神的にダメージを与えていたらしいことを知る。

「…………まあ、貴女の泣きその顔を見る意味位には役立ちましょうか」
「えっ」

「……冗談で御座いますよ」

にこりと優雅に微笑まれたが、アザレアはちょっと引いた。

×

「ものを隠したのがきみじゃないってのが本当だったとして、じゃあなんでわたしのこと見てるのさ」

 薬草弁当を食べながら、アザレアはフォラクスに問いかける。

「……ちなみに、何時いつ何処どこで『見られている』と感じたのか伺っても?」

フォラクスは笑みを浮かべたまま、質問で返した。

「えーっと……共通中間テストの終わった頃?」

アザレアは、初めに視線を自覚した時のことを答えてみる。

「…………ふむ」

笑みが止んだ。

「それは、私では御座いませんね」
「え?」

わたくしは中間テストでで一位、そして法律は合格点を不合格間際で掠め取っていながらも学年一位をぎ取った貴女の等、見ておりませぬ」

「そんな具体的に当てといて、なにいってんの」

思わず食事の手を止め、真顔になってしまう。

「『その後』と、云ったでしょう」

「……そうだね……?」

 どうやら、原因不明の視線の持ち主は彼ではないらしい。他にも視線を感じた瞬間の話をするが

の授業には私は居りませんでした」
の時は別の学年の視察をしておりましたね」

などと言われ、即座に否定された。

「……じゃあ、きみってばいつ、わたしのこと見てるのさ?」

 逆ギレしながらフォラクスを問いかける。

「…………私は、『見ている』とは答えておりませぬ」

「そーだけど、じゃあなんで視線を逸らしたの」

「……黙秘致します」

「なんで!?」

 それでもなお、しつこく問い詰めると

「………………授業の最中、」

目を逸らしながらフォラクスはようやく答えてくれた。

「共通授業で、視察の教室が被った際に観ておりました」

「……へ?」

のです。……れで、満足でしょうか」

やや早口に、会話を切り上げられた。

「……(……それってつまり……)」

 どういうことだ。
 興味深い、ということだろうか。あまりはっきりと理解はできなかったものの、なんだか嬉しいような、むず痒いような心地になる。

「……ところで」

 やや低くなった声でフォラクスが声をかける。

「ん、なに?」

食べ終わった弁当箱を片付けながら、アザレアは返事をした。

「何故、貴女が私を避けていらっしゃるのか伺っても?」
「え」

 顔をあげると、フォラクスはやや不機嫌そうにこちらを見下ろしている。

「……答えて下さらない?」

「い、いやだって……結構くだらない内容だと思うんだ」

「……下らない、と?」

「…………怒んない?」

さて。其れは内容にもりますねぇ」

「むー……」

フォラクスはじっとアザレアを見つめて、答えを待っている様子だ。

「……なんだか、きみを見ると恥ずかしいというか、体の内側がもぞもぞして落ち着かなくなる」

意を決して答えると、

「…………成程」

ふ、と息を吐いてフォラクスは少し、口の端を吊り上げたのだった。

「ちょっと! なんで笑ったの?!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

処理中です...