惑う霧氷の彼方

雪原るい

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10話「悠久の霧」

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何度も打ち合って、ほんの少しできた隙…頭痛を感じたらしい熾杜しずが体勢を崩したその一瞬をついて、私は彼女の持つ大きな鎌の刃を鉄パイプの先端に絡めて弾き飛ばした。
頭痛のせいか手に力が入っていなかった熾杜しずが大きな鎌を簡単に手放してくれたので、思いのほか遠くに飛ばせたのはよかったかもしれない。
飛ばされた事に驚いている彼女の頬を、私は思いっきり叩いた…もちろん、手のひらで。
頬を叩く、とても軽い音が【迷いの想い出】が置かれている施設内部に響き渡った。
私の手のひらも赤くなって痛かったけど、熾杜しずは叩かれた頬をおさえて目を丸くさせて何が起こったのかわからない様子だ。

「何でもかんでも人のせいにしないで!少しは考えてみて、自分の言動がおかしい事に気づいて!確かに私達一族は、熾杜しずを犠牲にして生き残ろうとした…それは間違いない事実」

特別な力を持っているからと、熾杜しずの生命を生贄にして生きようとした事は――例え数多の人々を救う為とはいえ、私達【祭司の一族】の咎だと思う。
熾杜しずからしたら望んで力を持って生まれたわけじゃないのに、自分を犠牲にしようと考える一族に腹がたった事は理解できる。
正直ふざけるな、と思うだろう。
でも、だからといって自分のやった事に目を向けずに欲望のままに行動して自ら破滅の道を歩んでどうするの?

私の気持ちを言葉にして、彼女にぶつけ続けた…伝える度に、涙が止まらなかった。
もっと早く私達一族は心の内に秘めた思いをぶつけ合えばよかったのかもしれない、そうすれば少なくとも水城みずきさんをはじめとする多くの人達を巻き込まずに済んだかもしれない。

『……知らないわよ、そんなの!今更そんな事を言われたって、私の気が収まるわけないじゃない!欲しいの、桜矢おうやさんの心が!』

熾杜しずも涙を流しながら駄々をこねるように、自分にとって最初で最後の恋心を成就させたいのだと心の底から叫んでいる。

すると未だ残る志鶴しづる兄さんと椎那しいなのふたりをはじめとした化身達が、一斉に桜矢おうやさんではなく熾杜しずに向かう。
最初は守る為にかと思ったんだけど、その手に持つ得物に力を籠めて熾杜しずに殺気を向けているので違うと気づけた。
だけど、一体どうしてそんな行動を?

『な、何で…兄さん達、違うでしょ?私じゃない…あっち、真那加まなかを狙ってよ!』

焦った熾杜しずは叫んでいるけど、彼らには通じていない。
という事は、熾杜しずの支配から外れて暴走しているのか…それとも、彼女の行動を諫めようとしているのか?
わからないけど、このまま熾杜しずが攻撃されてしまえば何が起こるかわからなくなってしまう!

八守やかみさんや悠河はるかさん達が応戦しようと駆けつけてくれたおかげで、私も熾杜しずも無事だった。
私は熾杜しずに落ち着くよう肩を揺らすが、彼女は「違う、そうじゃない」とだけ繰り返して頭を抱えている。
一体何が違うのか、よくわからないけど…うわ言のように繰り返し言っているので、こちらの言葉は聞こえていない様子。

「…危ない!」

慌てたような桜矢おうやさんの叫び声と共に、突然強い力で私は横に引き倒されてしまった。

……一体、何が起こったのだろう?
顔を上げると私がさっきまでいた場所に桜矢おうやさんと悠河はるかさんが立っていた。
私の傍らにいたはずの熾杜しずはというと、目を見開いたまま動かない――目の焦点が合っていない様子で、桜矢おうやさんの方を向いている。

悠河はるかさんが攻撃対象を、再び私に変えたらしい化身達の刃を持っていた剣で防いでいたけど…志鶴しづる兄さんの刃は、桜矢おうやさんの左肩辺りに刺さっているようだった。

「くっ、志鶴しづる。もう大丈夫だからお休み……」

桜矢おうやさんが血のついた手で志鶴しづる兄さんの頭を撫でると、志鶴しづる兄さんは白い霧となって消えてしまう。
志鶴しづる兄さんが解放された事に安堵したけど、まだ椎那しいな達が残っている。
次はどうやって彼らを解放するか、と考えていた私の耳に熾杜しずのつんざくような悲鳴が聞こえてきた。

驚いて顔を向けると、桜矢おうやさんが苦しげに膝をついている姿が見えた。
…肩ではなく、腹の方をおさえているのは何故?

桜矢おうやさん!大丈夫ですか!?」

駆け寄った私に、桜矢おうやさんは大丈夫だと言うように微笑んでいる――けど、その身体は血に濡れていた。
一体どうして…もしかして、守護者である悠河はるかさんの隙をついたというの?

ふと熾杜しずの方に目を向けて気づいてしまい、思わず息を飲んだ。

「なっ…」

桜矢おうやさんへ伸ばされた彼女の手から鋭い黒い靄が現れ、彼の腹を深々と刺していた。










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