惑う霧氷の彼方

雪原るい

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9話「鎮めの供物」

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八守やかみさんに支えられてる天宮あまみやさまは【迷いの思い出】の方に顔を向け、深いため息をひとつついた。

「このようなもの、機能停止させられれば〈咎人〉の血を引く者達も生贄を差しださずに済むというのに……」

本当に、小さな小さな呟きだった。
この呟きだけで今まで数多の、〈咎人〉の一族から選ばれた生贄達を見てきたのだろうと推察できる。
きっとたくさんの哀しみの声を聞いてきたんだろうな。

一体誰が、どんな目的があって【迷いの想い出】というものを――消耗品といえる〈咎人〉の一族という存在を造ったのだろう?

桜矢おうやさんと悠河はるかさんの2人が端末を操作しているのを眺めながら、私はふとそんな事を考えていた。

「…よし。あとは長の承認さえあれば、問題なく変更ができるね」
「もう少し時間がかかるかと思いましたが、ほぼ瀬里十せりと補助サポートがあったので早く準備ができましたね」

桜矢おうやさんの言葉に、悠河はるかさんは頷いて答える。
…そういえば、瀬里十せりとさんという人が遠隔で補助サポートしてくれていたんだっけ。

どんな人なのかわからないけど、きっとすごい人なんだろうな~と想像していると桜矢おうやさんが教えてくれた。

瀬里十せりとさんは〈神の血族古代種〉と人間ひととの間に生まれた〈狭間の者〉で――医師だったが、現在は休職中らしい。
そもそも、大きな怪我のせいで休まざるを得なくなったとか。
今は怪我の方も回復したそうだけど、もう少し療養とリハビリをする為に輝琉実ひかるみの教会に身を寄せているそうだ。

その、教会からここに繋いで補助サポートしてくれているわけだけど…どうして、低い確率でできるかわからないと言っていたのだろう?
旧暦時代の遺物ともいえる機械についてわからない私は、桜矢おうやさんに訊ねてみた。

「多分だけど【迷いの想い出これ】の持つ自己防衛機能セキュリティがあるせいでできるかわからない、と言っていたんじゃないかな」

自分達は永い時間があるから旧暦時代の機械についてを調べているからできなくはないんだよ、と言葉を続けた。

永い時間をもってしてもすべてを知る事ができないなんて、本当に当時の科学技術力はすごかったんだろうな。
改めて、そんな事を思った。

……あれ?
そういえば、だけど…〈神の血族〉の人達だけしかいなかった時代は、どんな生活をしていたんだろう?

桜矢おうやさんにこっそりと訊ねたら、笑いながら教えてくれた。

「うーん…僕らが生まれた時代は、すでに人からもたらされた科学技術と魔道科学技術が共存していたからね。廃れてしまったものもあるみたいだけど、それらを使ってたよ」

『魔導科学』というのは世界の生命力ともいえる『魔素』と呼ばれる物質を利用したもので、便利であったそうだけど人間ひとが現れてからは『魔素』を利用する事が少なくなったそうだ。
――とはいえ〈神の血族〉は自分達の生活様式を変えられるところは変えて、変えなくても大丈夫なところはそのままにしていたらしい。

「『魔素』を持つ〈神の血族僕ら〉はこの世界に密接した存在だから、人のように今の環境に順応できなかったんだ…まぁ、だから滅んだともいえるけどね」

自虐的に笑う桜矢おうやさんを、私は思わず抱きしめていた。
私の質問で、昔あった辛い出来事を思い出したんだろう…なんだか彼が泣いているようにも見えたから、安心させたくて。

「…ありがとう、真那まなちゃん」

抱きしめ返してくれた桜矢おうやさんは、小さく呟くように言った。
そんな様子を、気配で気づいたのだろう天宮あまみや様が咳払いをする。

「恋人同士のじゃれ合いをしているところ申し訳ないのですが、離れがたいのも理解してますのでそろそろいいですか?」

その言葉に、私達は慌ててお互いの身体を放した。
申し訳なさと恥ずかしさで俯いていたら、天宮あまみや様が同じく俯いている桜矢おうやさんに向けて言葉を続ける。

「はぁ、だから塑亜そあに『恋にうつつをぬかしている』などと言われるんですよ…6年前に言っていたそうですよ、紫麻しあさがこっそり教えてくれました」
「うっ…その、バレバレだったかぁ」

動揺している様子の桜矢おうやさんは、顔を真っ赤にさせて両手で覆ってしまった。
――6年前は、まだ私達がお互いの恋心を伝えあっていない時期だったっけな。
確かに、隠していた恋心がバレバレだったというのは気恥ずかしいものだよね。
うぅ…なんだか、私まで恥ずかしくて顔が赤くなってきた気がするよ。

たくさんの生暖かな視線を感じつつ、何事もなかったような様子の悠河はるかさんに促されて四角い端末の前に私は立った。
この四角い端末が、中枢となる生贄を変更する為の最後のスイッチ……これを押す事で、仮初めの器に宿った水城みずきさんが中枢となる。
そして、今中枢に宿っている熾杜しずはすべての権限を奪われて【迷いの想い出】に吸収されるそうだ。
つまり――私が、その『罪』を背負って生きていく。

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