惑う霧氷の彼方

雪原るい

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8話「真実の刃」

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自分達の【主】達が目的を達成した事に気づいた穐寿あきひさ八守やかみは、互いに頷き合ってタイミングをはかる。
できるだけ時間を稼ごうと、赤髪の娘の気を引く為に挑発を続けていたのだ。
…目的を達成した今、もう時間稼ぎは必要ない。

「もう、その身体から…本来の身体に戻りなさい」
「うるさい!私はこの身体を手に入れて、あの子に復讐するのよっ!!」

諭すような穐寿あきひさの言葉に、彼女は表情を歪めて答えた。
恨みを晴らしたいのだ、と言う赤髪の娘に穐寿あきひさ八守やかみは呆れたように再びため息をつく。
――そもそも、その考え事態が逆恨みから来るものだというのに。

黒い凶器を振う彼女から距離を取り、2人はそれぞれ手に持つ刀で防いだ。
彼らに一撃すら与えられない事も、赤髪の娘の苛立ちに拍車をかけているようだった。

「うるさい、うるさいうるさいうるさいっ!!何なのよ、邪魔しないで…って、ぇ?」

ヒステリックな状態に近い彼女は、甲高い声で叫びながら黒い凶器を振るおうとし……すぐ、自身に起こった異変に気づく。
視線を少し下げると、自分の胸元から刃の先が出ていた。
どうやら痛みはなく、血も出ていないので気づくのが遅れたらしい。

目の前に立つ彼らの持つ刀を確認するが、そもそも武器から手を離してすらいなかった。
そもそも、自分の胸元から出ている刃は刀のものとは違っている……ならば、一体誰が?
確認する為に、背後へ視線を向けるとそこにいたのは――

「う、そ…何で?悠河はるか、様…?」
「だから教えていただろう…お前の、その『想い』は自分勝手で曲解きょっかいしたものだと」

何も気づいていない彼女を背後から貫いたのは、淡い赤色の髪をした青年・悠河はるかだった。
浅黒い顔に怒りをにじませた彼は、言葉を続ける。

「その上、逆恨みから関係のない者達の運命すら狂わせた…それに、まだ気づいていないのか」

それは、短時間に何度も言われた…彼女には、何も響いていない言葉である。

「…まぁ、何事も自分が中心にならないと満足できない傲慢なお前には理解できないだけなんだろうな」
「どうして…私を傷つければ、どうなるか…わからない人ではないはず――」

そう言った彼女だが、気づけないからこそ出た言葉なのだろう……
気づかれていないのならば、それでもいい――そう考えた悠河はるかは、彼女の胸元から一気に刃を引く。
そして、何も理解できないという表情を浮かべたままの赤髪の娘の右肩から斬り裂いた。

「今お前に残っているのは、無垢な生命達のあげる怨嗟の声だけ――失せろ」
「っ…んで」

言葉にならない声をあげた赤髪の娘の身体は、まるで糸が切れたように崩れ落ちる。
彼女の身体には、悠河はるかがつけたであろう傷はひとつも見当たらなかった。

成り行きを見守っていた穐寿あきひさ八守やかみは小さく安堵すると、無表情に彼女を見下ろす悠河はるかに声をかける。

「…もう、身体の方は大丈夫なのか?」
「ああ。十分に休息がとれた…六実むつみには、良くしてもらったのでな」


一年前、悠河はるか天宮あまみや達に連絡をとる為に大怪我をした状態で輝琉実ひかるみへ向かったのだ。
輝琉実ひかるみの教会までなんとかたどり着き、修道女シスターであり〈狭間の者〉でもある六実むつみに助けられたらしい。

彼女が連絡をとってくれたので、天宮あまみや八守やかみ千森ちもりへとやって来たわけである。


「…桜矢おうや様は取り戻せたんだ――もう、あの女の機嫌取りなぞ必要ない」
「そうだな…ならば、医院へ戻ろう。天宮あまみや様の体調が心配だ…ああ、それに関する事だが――すべてが片付いたら、お前達『主従』に話がある」

傍を離れてはいるが、主の異変を感じ取っていたらしい八守やかみは刀を鞘に戻しながら口を開いた。
これだけは言っておかないと、うやむやにされてしまうと考えたようだ。
一瞬怯んだ様子の悠河はるかだったが、返事はせずにゆっくりと目を逸らした。
そして、何事もなかったように倒れている赤髪の娘の身体を抱き上げる。

「……この、抜け殻となった身体を再び利用されぬよう医院へ運ぼう」

じと目を向ける八守やかみの方を絶対に見ないようにしながら、悠河はるかは苦笑する穐寿あきひさに声をかけた。


魂が宿っていない抜け殻となった身体を置いたままにしていれば、霧に取り込まれた別の誰かが使う可能性もある。
浄化をおこなおうにも、彼女の身体は【迷いの想い出】に取り込まれて化身となっていない――ただ『共鳴の力』による、意識の入れ替えだ。

水城みずきの身体に入った【迷いの想い出】の『要』となる者が、本来の持ち主である水城みずきを【迷いの想い出】に取り込ませようとした。
そうする事で水城みずき意識想いは【迷いの想い出】に取り込まれて霧の一部になる、と考えたのだろう……だが、その前に桜矢おうやが護ったわけだ。
どこまで考えていたのかはわからないが、執着していた存在桜矢『要』の者自分の予想を大きく外す原因となるとは思わなかったのだろう。

幼稚な行動の結果、自らの運命がどう決定づけられるのか…彼女はわかっていない。
それに気づいている彼らは、思わず深いため息をついてしまった。


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