惑う霧氷の彼方

雪原るい

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8話「真実の刃」

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目が覚めると私はベッドの端に、もたれかかるように頭を乗せていた。
多分、意識を失うと同時に十紀とき先生が床に倒れ落ちないようにしてくれたのかもしれない。

見える範囲には誰もいない――ベッドに横たわる桜矢以外は。
ゆっくり頭を上げて周囲をうかがうと、十紀とき先生達4人が床に屈み込んでいた。
……ううん、十紀とき先生と神代かじろさん、古夜ふるやさんがうずくまっている天宮あまみや様に声をかけているみたい。

「お前……神代かじろの分の負担を肩代わりしたのか!?」
「そこはきちんと、話し合いをしたではないですかっ!?」
神代かじろ様、十紀とき様――とにかく、天宮あまみや様をすぐに休ませましょう」

古夜ふるやさんはそう言うと、部屋の脇に立てかけられていた簡易ベッドを手早く用意した。
そして、クローゼットから出した布団を敷いてから天宮あまみや様を横抱きにする。
顔色の青い天宮あまみや様はぐったりとしていて、もしかすると意識を失っているのかもしれない……

どう声をかけたらいいのかわからず困っていると、すぐそばから誰かの声が聞こえてきた。

「ごめん……僕が勝手をして、少し負担をかけ過ぎたのかもしれない」

声がした方向へ目を向けると、目を覚ましたらしい桜矢おうやさんが天宮あまみや様に視線を向けている。
申し訳なさそうに言っている彼に、呆れた様子の十紀とき先生が近づいて維持装置の片づけをはじめた。

「はぁ、なるほどな……それに気づいた天宮あまみやが、神代かじろに負担がかからないよう動いたんだな――お前、後で八守やかみに殴られるぞ?」
「……そうかも。だけど、どうしてもお別れをさせてあげたかったんだ……彼女達の為に」

桜矢おうやさんの話を聞いて、私はすぐに気づいた――私と水城みずきさんの、最期のお別れを指していると。
どうやら、【迷いの想い出】をコントロールする為に天宮あまみや様の力を借りたみたい……それは知らなかったから、後で天宮あまみや様に謝罪とお礼を言わないといけない。
私も申し訳なく思っていると、十紀とき先生が苦笑しながら首を横にふった。

「いや、真那加まなかさんは気にしなくていい……何も言わず、勝手をした桜矢おうやだけが悪いので気にしなくて大丈夫だ」
「うん……気にしないで大丈夫だよ、真那まなちゃん」

十紀とき先生に手助けされながら起き上がった桜矢おうやさんが言う――問題は何もないから、と。
問題しかない気がするのだけど、本当に大丈夫なのかな?
しかも、天宮あまみや様は吐血して失神しちゃうほど体力を消耗させちゃっているわけだし……

「……大、丈夫……ですよ。少し、疲れただけ……ですから」

おろおろしていたら、そう声をかけられた。
声がした方へ目を向けると、古夜ふるやさんの用意した簡易ベッドに寝かされている天宮あまみや様だった。
どうやら、寝かされてすぐに意識を取り戻したらしい。
顔色は悪いままだけど、目を覚まされたので私はひと安心する。

ただ、起き上がる事ができないようで……横になったまま、顔だけをこちらの方へ向けていた。

「何を言っておられるのですか、天宮あまみや様……貴方は、また――」

少し怒っている様子で言葉を続けようとした古夜ふるやさんを止めるように、天宮あまみや様が手を伸ばして腕を掴んだ。
そして、首をゆっくり横にふって私に声をかけた後に桜矢おうやさんに言う。

「……何でもないですので、気にしないでください。どうやら彼が戻ったようですよ、桜矢おうや?」
「うん、そうみたいだ……天宮あまみや様、すべてが終わるまで大人しくしていてくださいね」

もう何もせず寝ているように、と桜矢おうやさんは言葉を続けた。
古夜ふるやさんが何を言いかけたのか……『また』が何を意味するのか、わからないけど前に何かあったんだろう。
それで天宮あまみや様が危険な目に遭ったとかで、同じ事が起こるかもしれないと彼らは警戒しているんだと気づいた。

これ以上は何も聞かない方がいいんだろうな、と考えた私は何気なくポケットに手を入れる。
あの、霧の世界で見つけた父からの手紙の有無を確認しようと――諦め半分で手を入れたわけだけど、何故か手紙は入っていたのだ。
……まさか、手紙を持って帰れるとは考えておらず驚いてしまった。

「それは、貴女のお父上の心残り…想いが一番強かったものです」

そう告げたのは、天井に何も映さぬ目を向けている天宮あまみや様だった。
最後の心残り…霧に意識を繋いだ時、手紙これの存在を伝えてくる『想い』があったのだと言う。
どうしても渡したいものなんだ、という願いが一番強かったらしい。

「あの集落の…ほんの一部分を無理矢理繋いだのか、お前は」

天宮あまみや様の話を聞いた十紀とき先生が納得したように頷いてから、天宮あまみや様の頭をぽんぽんと撫でた。
その瞬間、天宮あまみや様はその手を払いのけた――多分、子供扱いをするなという意味だと思う。

霧の中から天宮あまみや様に強く訴えかけたという『想い』は、おそらく父で間違いない。
……父は、何時いつから手紙これを用意していたのだろう?

それを考えると、私の目から自然と涙が零れた。


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