惑う霧氷の彼方

雪原るい

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8話「真実の刃」

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『――さん、真那加まなかさん…』

呼びかけるような十紀とき先生の声で、意識がはっきりしてきたので瞼をゆっくりと開けた。
目の前に広がるのは千森ちもりとは違う、何処か懐かしい雰囲気の集落だった。
……だけど、声は聞こえてくるのに十紀とき先生の姿は見えない。

「あの…先生は、何処にいるんですか?」

少しだけ不安になりながら訊ねる…何処にいるのかわからないから、空に向けてだけど。

『落ち着いて、あまり我々が干渉しては【迷いの想い出】に感づかれるからな…』

私を落ち着かせようと、先生が優しく語りかけてきた。
その中で聞いた先生の話を要約すると――【迷いの想い出】に気づかれないように、これ以降は十紀とき先生の声が届かなくなるらしい。
た、確かに…ここで襲われたら、私なんてひとたまりもないよね。

『…おそらくだが、桜矢おうやはその集落で一番大きな屋敷にいるはずだ。一度勝手な行動をとったので、あの娘に囚われているのだろうが…どの部屋かまではわからない。それと、帰りは桜矢おうやに任せれば大丈夫…頑張って…』

説明してくれる十紀とき先生の声が、だんだん遠のいていく。
…多分、安全に干渉できる制限時間がきてしまったのかもしれない。

この集落の何処に、大きな屋敷が建っているのか…なんとなくだけど、わかるから足早にそちらへと向かった。
――なんとしてでも、時間内に桜矢おうやさんを探しださないといけない。




夢中で走っていくと、すぐに大きな屋敷の前にたどり着いた。
門をくぐって、正面から屋敷を見上げてみたけど…やっぱり、ここはよく知っている場所だと思う。
……そうだ、私ここに住んでいたんだ――就学するにあたって寮に入ったから、長期休みにならないと帰れなかったけど。
どちらの集落も学校がないから、家を離れて寮生活になるのは仕方ない。

玄関の扉を開けると、薄暗く長い廊下が見えた…多分、明かりを消しているせいなんだろうなぁ。
スイッチを押してみたけど、電気が通っていないのか照明は点かなかった。

仕方なく薄暗いままの廊下を歩いて、手当たり次第に部屋をいくつか覗いてみた…けど、桜矢おうやさんはもちろん誰の姿も見当たらない。
住んでいたであろう人間ひとが誰ひとり存在しない、というのはとても不思議な感じだ。
いつも難しい表情を浮かべている大人達や、何も知らないから叱られている子供達がいたのに……

些細な日常の光景を思いだしていると、視界の端に映る家紋の描かれた水墨画が何故かとても気になった。
そういえば小さな頃、大人達から『絶対に、触れるべからず』と言い聞かされていた――というか、いつも誰かがいたから触れるどころか近づけなかったような……

じっくり水墨画を観察してみたけど、家紋である小さな桜が3つ円を描くように描かれているだけだった。
でも、どうして家紋が描かれているだけなのに彼ら大人達は近づけたくなかったのだろう?
他の部屋にある同じような絵は、近づいても叱られなかったのに――

考えてみても疑問だらけで、まったくわからない……だけど、重要な何かがあるのは理解できた。
…でも、どうしたらいいのか不明過ぎる。

首をかしげながら何気なく絵に触れてみると、壁から外れて床に落ちてしまった。

「わっ…って、え?」

慌てて壊れていないか確認して気づいた…絵の飾られていた壁に、何かをはめられそうな四角い凹みがある事に。
これってつまり、ここに四角いものをはめると何かが起きるのかなぁ。
うーん、私の住んでた家だけど…他にどんな仕掛けが施されているのか、ほんの少しだけ考えたくなかった。
…それにしても、今の今まで気づかなかった自分の鈍さにも呆れちゃうよ。

とりあえず、額縁を外して絵をはめてみようとしたけどサイズが違うみたいではまらず――時間も無いから、手っ取り早く当主の部屋を家探しする事にした。
まぁ、自分の父親の部屋だもの…ちょっとくらい荒らしても許されるよね!

数えるほどしか訪れた事のない当主の部屋へ向かい、扉を勢いよく開ける。
入って正面に父の机はあるのだけど、いつもそこで仕事をしていた父の姿が薄っすら見えた気がした。

あまり親子らしい会話をした記憶はないけれど…学校から休みの日に帰ってくると、通りすがりざまに頭を撫でてくれたっけ。
――当主という地位にあったから、もしかすると父として接する事がなかなかできなかったのかもしれない。

私は心の中で室内を荒らす事を父に謝りながら、机の引き出し全てをひっくり返して確認する――けど、めぼしいものは何も見つけられなかった。
次に背後にある棚をひっくり返してみた…けど、やはりあの凹みに関するメモものはないようだ。
本棚の方も確認してみたけど、難しい内容の本ばかりで今必要なものではない。

「何処だろう…何か、ヒントになるような事を父は言ってなかったっけ…?」

独りごちりながら、数少ない父との会話を思い返してみる。
そういえば、私が4歳くらいの時――父に背負われ散歩していて、何かの話の流れで言っていたっけ。

『……真那加まなか、いいかい。もし一族に危険が迫って…どうしてもが必要になったら、お父さんの大切なものを探すんだよ?』

それを聞いた時、意味がわからなくて2人で笑ったような気がする。
父の言う『四角いもの』というのが一体何なのか、あの当時は幼過ぎて理解できなかった。
でも、今なら理解できる……もしかしたら、父はこうなる事を予見していたのかもしれない。

それにしても、父の大切なものって何だろう……やっぱり『当主』という立場上、一族に関する何か?

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