惑う霧氷の彼方

雪原るい

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1話「喪失の欠片」

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それから、私は千森ちもりの中を歩き回った。
この集落に記憶を失いながらもやって来た理由を…そして、私の心の中にある空虚感が何なのかを知る為に。
…でも、わかった事は『千森ちもりはとても豊かで、ここに住む人々はみんな親切だ』という事だけだった。

集落を歩き回っていると、『私が記憶を失った上に、一年も眠っていた事実』をみんなが知っていて、色々と親切にしてくれた。
――…早く思い出して、恩返しがしたいな。

気がつくと、日も傾いていた。

水城みずきさん、心配しているかな?
そう考えた私は、急いで医院へ戻る事にした。

医院へ戻ると、水城みずきさんが待合室の後片付けをしていた。

「あ、真那まなちゃん!おかえりー」
「ただいま……遅くなってしまって、すみません」

遅くなってしまった事を謝る私に、水城みずきさんは微笑みながら出迎えてくれた。
そして、水城みずきさんは苦笑しながら私の耳元で囁く。

真那まなちゃん、ここにいなくて正解だったよ……里長と十紀とき先生の戦い……本当に怖かったのよ」
「ぁ…確か、十紀とき先生がサボっていて――」
「うん、そうそう…」

私の言葉に、水城みずきさんがうんうんと頷いて言葉を続ける。

十紀とき先生……腕は確かなんだけど、サボり癖があるから」
「確か…お菓子を食べながら、休憩していたんですよね?」
「えっ?もしかして、見たの?」
「えっと……銀髪の青年に聞いたんですよ」

驚いている水城みずきさんに、私は昼間出会った銀髪の青年の話をした。
すると、水城みずきさんは納得したように手をたたく。

「あぁ、そうか!今日、神代かじろ様が来ていたんだった」
神代かじろさ、ま……?」

私が不思議そうな表情を浮かべていると、水城みずきさんはにこにことしながら教えてくれた。

神代かじろ様は千森ここの2番目に偉い方で、十紀とき先生とは従兄弟同士で仲が良いんだよ」
「ぁ…だからあの時、親しそうな感じで言っていたんだ……」

私は、出かける前の出来事を思いだしてひとり納得した。

……だけど、何だろう?
銀髪の青年――神代かじろさんとは、前に何処かで一度会った事があるような……?

「……っ!!」

急に襲ってきた頭痛に、私は頭をおさえてその場にしゃがみ込んだ。
突然の事に驚いた水城みずきさんだったけど、傍について身体を支えてくれた。

「だ、大丈夫!?真那まなちゃんっ!!」
「………大丈夫で、す…」

だけど、頭痛は全然治まらない……

「先生…十紀とき先生!真那まなちゃんが!!」
「どうした……水城みずき、すぐに診察室へ………」

遠くの方で、水城みずきさんと十紀とき先生の声が聞こえた気がする。
だけど…それと同時に、私は意識が遠のいていった――


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