堕ちし記憶の森は

雪原るい

文字の大きさ
上 下
134 / 140
0話裏「ほの暗き目覚めの時」

12

しおりを挟む
珠雨しゅうの白衣に、顔を埋めたままの嵯苑さおんは小さく頷いて答える。
だから被験者ふたりは生き残ったのか、と納得した珠雨しゅう嵯苑さおんの頭をもう一度撫でた。

「凄いですね、あのレポートを読んだだけで『あれ』を再現できたのは。それで私達の用意した特効薬も相互作用して、結果的に良い効果をもたらしたのでしょう」
「…先輩、どこまで前向き思考ポジティブなんですか?それよりも、いつまで頭を撫でる気ですか?」

涙の痕が残る顔を上げた嵯苑さおんの言葉に、珠雨しゅうは苦笑すると彼の目元をハンカチで拭う。

「沢山頑張った後輩を褒めてあげようかと…あと、貴方が弟のように思えましたからつい撫でました。それよりも、ご子息の解放は他でもない父親である貴方がしなければならない」
「…わかっています、あの子には長い間辛い思いをさせましたから。珠雨しゅう先輩、これがひと段落したら私の話を聞いて欲しいです…これまでの事、全部を」

立ち上がった嵯苑さおんの願いに、珠雨しゅうは微笑みながら頷いた。

「いいですよ。また昔のように、飲み物に盛ってあげましょうか?そして、貴方の家族の話を聞かせてください」
「…盛らなくて大丈夫です。逆に、もう聞きたくないと言わせてやりますから…で、先輩の話を聞かせてくださいよ」

自分の事を気にしていたという珠雨しゅうの兄についてを、と嵯苑さおんは付け加えて言う。
確かに何故兄が噂話をしてきたのかわからないだろうな、と考えた珠雨しゅうは快諾した。

「もちろん、貴方の気が済むまで。その前に、塑亜そあさんの説教を一緒に受けてもらいますがね…嵯苑さおんさん、しばらくの間この件は何も知らなかったように振る舞ってください」
「それは…どうして、ですか?」

珠雨しゅうの言葉に、嵯苑さおんは首をかしげる――それと説教がどう関係するのか、わからなかったのだ。
声をひそめた珠雨しゅうが珍しく周囲を警戒しつつ答える。

「貴方が見た医師もどきの仲間が、どうやら潜り込んでいるようです…だから、お互い今は何も知らなかった。そして…ご子息は病状が悪化したという事にします。子供達に何の咎がいかないように…」

完全に御咎めなしにはできないかもしれないが、下手に巻き込まれないようにする為の配慮なのだと言葉を続けた。

「わかりました、珠雨しゅう先輩。すべてが終わったら、すべてが終わったら、院長室私の部屋に来てください」

そう言った嵯苑さおんは、足早に自分の息子の元へ向かった。
彼の後ろ姿を見送った珠雨しゅうは、ゆっくりと天井を見上げると誰に言うでもなく祈りを捧げる。

「…この咎を負うべきは、私なのかもしれない。願わくば、その怒りを鎮め彼らを赦し給え――」


***
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

惑う霧氷の彼方

雪原るい
ファンタジー
――その日、私は大切なものをふたつ失いました。 ある日、少女が目覚めると見知らぬ場所にいた。 山間の小さな集落… …だが、そこは生者と死者の住まう狭間の世界だった。 ――死者は霧と共に現れる… 小さな集落に伝わる伝承に隠された秘密とは? そして、少女が失った大切なものとは一体…? 小さな集落に死者たちの霧が包み込み… 今、悲しみの鎮魂歌が流れる… それは、悲しく淡い願いのこめられた…失われたものを知る物語―― *** 自サイトにも載せています。更新頻度は不定期、ゆっくりのんびりペースです。 ※R-15は一応…残酷な描写などがあるかもなので設定しています。 ⚠作者独自の設定などがある場合もありますので、予めご了承ください。 本作は『闇空の柩シリーズ』2作目となります。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

うたかた夢曲

雪原るい
ファンタジー
昔、人と人ならざる者達との争いがあった。 それを治めたのは、3人の英雄だった…―― 時は流れ――真実が偽りとなり、偽りが真実に変わる… 遥か昔の約束は、歪められ伝えられていった。 ――果たして、偽りを真実にしたものは何だったのか… 誰が誰と交わした約束なのか… これは、人と人ならざる闇の者達が織りなす物語―― *** 自サイトにも載せています。更新頻度は不定期、ゆっくりのんびりペースです。 ※R-15は一応…残酷な描写などがあるかもなので設定しています。 ⚠作者独自の設定などがある場合もありますので、予めご了承ください。 本作は『妖煌吸血鬼シリーズ』の1作目です。 [章分け] ・一章「迷いの記憶」1~7話(予定)

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

処理中です...