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0話「終焉の街」
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遊月の2日…実験も最終段階に入り、被験者三名の容態は一応安定していた。
多少、意識が朦朧としている時もあるようだが…おおむね計画通り、強大な力を維持した状態だ。
後はある程度データを取ったら、彼らを人体冷凍保存装置に入れて眠らせておく予定である。
珠雨先生と白季とで、データ整理中に気づいた――俺の書いたレポートを元に、改良して作った『薬』が減っている事に。
慌てて今までのデータを調べ直したら、手を加える度に少しずつ減っていたのだ。
ひとり分だけを、誰かが持ち出している…のに、その翌日には戻されていた。
つまり、持ち出した誰かが翌日までに用意しているという事だろう――一体誰が何の目的で、この危険な『薬』をひとり分だけ盗んでいるんだ?
俺達三人は容疑者から外れるとして考えられるのは走水博士の研究室の者達か、綺乃女史の研究室の者か…もしかすると、嵯苑院長かもしれない。
疑いだしたらきりがない状況だ…そもそも、監視をしていた夕馬や『影の者』達は何をやっているんだ!
やはり、秘密警察内にも敵がいるのだろう…でなければ、こんな見過ごしが起こるはずない。
まだ起きるにしても早過ぎるが、だからといって眠ろうにも目は覚めてしまっていた。
そういえば、新たに補充されたものの成分が気になった…というか、それは同じものなのか?
気になった俺は、隣の部屋にいる夕馬と白季に気づかれないよう『薬』の保管室へ向かった。
目的の場所へ着くと、ちょうど珠雨先生がいくつかの小瓶を載せたトレー片手に保管室から出てきたところだった。
「おや、倉世さん…まだ起きていたんですか?」
「珠雨先生!?どうして保管室から…何かあったのですか?」
首をかしげた先生に訊ねると、今ある『薬』の成分調査の為にごく少量をサンプルとして採ってきたと答えた。
どうやら、先生も俺と同じ事を考えたらしい…というか、師弟揃ってこっそり調べようと考えたようだ。
…この後、俺と先生で『薬』の分析を行うとすべてが同じものであった。
さすがに、犯人や目的まではわからないが『薬』の成分は劣っていないのでしばらく様子を見る事となった。
変に騒ぎ立てたとして、減ったままでない為にうやむや――むしろ、こちらが疑われる可能性もある。
盗んだものを何処へ隠しているのか現在わからないので、珠雨先生が参加している研究者全員に目を光らせておくそうだ。
もちろん俺も、仕事をしながら様子をうかがっておこうと思っている。
翌日の早朝、薬が消えていた事実に気づいたらしい研究者に会った。
その研究者は走水博士の研究室に入ったばかりの新人らしく、俺が休憩室でカフェオレを飲んでいるところへ来るなり小声で訊ねてきたのだ。
もちろん、初めて知ったように答えたが…彼曰く、今まで自分が記録をつける当番の時にだけ一時的に減っているようで不思議に考えていたらしい。
どうしても気になって、勇気を出して俺に訊ねてみたそうだが…そういう事は早く言え!
とりあえず、この新人には俺も調べてみるので誰にも言わないよう言い含めておいた。
この日の早朝会議はその新人の挙動不審な様子以外、特に疑わしい人物はいなかった…が、あの新人には落ち着いて『報・連・相』をできれば実行してもらいたい。
それから少し経った13日の会議前、走水博士が嵯苑院長と部屋の片隅で話をしていた。
近くを通りかかった珠雨先生が、驚いた表情で言っている。
「――待ってください、約束が違います。そんな危険を冒す必要はないでしょう?」
「そもそも、今回の被験者は戦闘訓練を受けていた者達ばかり…珠雨先輩も、そこが気になっていたのでは?」
先生の言葉に、嵯苑院長が表情なく反論する――このままでは、たいした成果もなく残りの被験者も使えなくなるのだから構わないだろう…と。
同意するように頷いた走水博士は、様子をうかがう俺の存在に気づいたらしく声をかけてきた。
「ふむ…倉世、お前はどう考える?」
どう考えるか、と訊ねられても…何がどうなのかわからないので、俺としてはもう少し情報をもらえると嬉しいのだが?
返答に困っていると、珠雨先生が小声で話の内容を教えてくれた。
…どうやら、戦闘訓練をまったく受けていない人間に投与した場合の結果が知りたいと走水博士や嵯苑院長は言っているのだという。
だが、嵯苑院長の方は全面的に賛成というわけでなく…治療の一環として、あの『薬』を使いたいらしい。
あの『薬』の危険性は、学生時代に調べているので知っている――だから、俺も珠雨先生と同じ意見である。
例え、何かの治療に役立つ可能性があったとしても…危険性の方が高いので、使うのはやめた方がいい。
それを走水博士と嵯苑院長に伝えたのだが、彼らは諦めてくれなかったようだ。
会議の議題としてあがり、多数決で玖苑医院の入院患者で身内のいない独り身で末期患者に使う事が決まってしまう。
…会議後、珠雨先生が白季に会議で決まった事を夕馬に伝えるよう頼んでいた。
おそらく塑亜先生や鈴亜殿下達に、今回決まった件を報告する為だろう――外部に情報が洩れてしまえば、大変まずい状況に追い込まれるだろう。
もちろん、非人道的な実験を自分達がやっている自覚もある…実験期間は残り2ヶ月、余計な波風はたてるべきでないはずだがな。
30分もしない内に、夕馬から白季に連絡があった――下手に反対や邪魔だてすれば、このプロジェクトから外されて収拾がつかない事態になりかねないので従うようにとの指示だ。
あの短時間で、なんとか連絡がとれたのだろう…そもそも、相手の目的がわからないと潰す機会を失ってしまう。
巻き込んでしまう患者には申し訳ないが、同時に特効薬で治療するので耐えてほしい。
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多少、意識が朦朧としている時もあるようだが…おおむね計画通り、強大な力を維持した状態だ。
後はある程度データを取ったら、彼らを人体冷凍保存装置に入れて眠らせておく予定である。
珠雨先生と白季とで、データ整理中に気づいた――俺の書いたレポートを元に、改良して作った『薬』が減っている事に。
慌てて今までのデータを調べ直したら、手を加える度に少しずつ減っていたのだ。
ひとり分だけを、誰かが持ち出している…のに、その翌日には戻されていた。
つまり、持ち出した誰かが翌日までに用意しているという事だろう――一体誰が何の目的で、この危険な『薬』をひとり分だけ盗んでいるんだ?
俺達三人は容疑者から外れるとして考えられるのは走水博士の研究室の者達か、綺乃女史の研究室の者か…もしかすると、嵯苑院長かもしれない。
疑いだしたらきりがない状況だ…そもそも、監視をしていた夕馬や『影の者』達は何をやっているんだ!
やはり、秘密警察内にも敵がいるのだろう…でなければ、こんな見過ごしが起こるはずない。
まだ起きるにしても早過ぎるが、だからといって眠ろうにも目は覚めてしまっていた。
そういえば、新たに補充されたものの成分が気になった…というか、それは同じものなのか?
気になった俺は、隣の部屋にいる夕馬と白季に気づかれないよう『薬』の保管室へ向かった。
目的の場所へ着くと、ちょうど珠雨先生がいくつかの小瓶を載せたトレー片手に保管室から出てきたところだった。
「おや、倉世さん…まだ起きていたんですか?」
「珠雨先生!?どうして保管室から…何かあったのですか?」
首をかしげた先生に訊ねると、今ある『薬』の成分調査の為にごく少量をサンプルとして採ってきたと答えた。
どうやら、先生も俺と同じ事を考えたらしい…というか、師弟揃ってこっそり調べようと考えたようだ。
…この後、俺と先生で『薬』の分析を行うとすべてが同じものであった。
さすがに、犯人や目的まではわからないが『薬』の成分は劣っていないのでしばらく様子を見る事となった。
変に騒ぎ立てたとして、減ったままでない為にうやむや――むしろ、こちらが疑われる可能性もある。
盗んだものを何処へ隠しているのか現在わからないので、珠雨先生が参加している研究者全員に目を光らせておくそうだ。
もちろん俺も、仕事をしながら様子をうかがっておこうと思っている。
翌日の早朝、薬が消えていた事実に気づいたらしい研究者に会った。
その研究者は走水博士の研究室に入ったばかりの新人らしく、俺が休憩室でカフェオレを飲んでいるところへ来るなり小声で訊ねてきたのだ。
もちろん、初めて知ったように答えたが…彼曰く、今まで自分が記録をつける当番の時にだけ一時的に減っているようで不思議に考えていたらしい。
どうしても気になって、勇気を出して俺に訊ねてみたそうだが…そういう事は早く言え!
とりあえず、この新人には俺も調べてみるので誰にも言わないよう言い含めておいた。
この日の早朝会議はその新人の挙動不審な様子以外、特に疑わしい人物はいなかった…が、あの新人には落ち着いて『報・連・相』をできれば実行してもらいたい。
それから少し経った13日の会議前、走水博士が嵯苑院長と部屋の片隅で話をしていた。
近くを通りかかった珠雨先生が、驚いた表情で言っている。
「――待ってください、約束が違います。そんな危険を冒す必要はないでしょう?」
「そもそも、今回の被験者は戦闘訓練を受けていた者達ばかり…珠雨先輩も、そこが気になっていたのでは?」
先生の言葉に、嵯苑院長が表情なく反論する――このままでは、たいした成果もなく残りの被験者も使えなくなるのだから構わないだろう…と。
同意するように頷いた走水博士は、様子をうかがう俺の存在に気づいたらしく声をかけてきた。
「ふむ…倉世、お前はどう考える?」
どう考えるか、と訊ねられても…何がどうなのかわからないので、俺としてはもう少し情報をもらえると嬉しいのだが?
返答に困っていると、珠雨先生が小声で話の内容を教えてくれた。
…どうやら、戦闘訓練をまったく受けていない人間に投与した場合の結果が知りたいと走水博士や嵯苑院長は言っているのだという。
だが、嵯苑院長の方は全面的に賛成というわけでなく…治療の一環として、あの『薬』を使いたいらしい。
あの『薬』の危険性は、学生時代に調べているので知っている――だから、俺も珠雨先生と同じ意見である。
例え、何かの治療に役立つ可能性があったとしても…危険性の方が高いので、使うのはやめた方がいい。
それを走水博士と嵯苑院長に伝えたのだが、彼らは諦めてくれなかったようだ。
会議の議題としてあがり、多数決で玖苑医院の入院患者で身内のいない独り身で末期患者に使う事が決まってしまう。
…会議後、珠雨先生が白季に会議で決まった事を夕馬に伝えるよう頼んでいた。
おそらく塑亜先生や鈴亜殿下達に、今回決まった件を報告する為だろう――外部に情報が洩れてしまえば、大変まずい状況に追い込まれるだろう。
もちろん、非人道的な実験を自分達がやっている自覚もある…実験期間は残り2ヶ月、余計な波風はたてるべきでないはずだがな。
30分もしない内に、夕馬から白季に連絡があった――下手に反対や邪魔だてすれば、このプロジェクトから外されて収拾がつかない事態になりかねないので従うようにとの指示だ。
あの短時間で、なんとか連絡がとれたのだろう…そもそも、相手の目的がわからないと潰す機会を失ってしまう。
巻き込んでしまう患者には申し訳ないが、同時に特効薬で治療するので耐えてほしい。
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