堕ちし記憶の森は

雪原るい

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0話「終焉の街」

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嗣月しつき10日の夕刻、休憩中の塑亜そあ先生に何処からか連絡が入った。
塑亜そあ先生は電話口でなにやら指示を出していたが、どうにもならなくなったのだろう…

「――わかった、すぐにそっちへ向かう」

そう答えて電話を切ると、珠雨しゅう先生に引き継ぎをして後を頼んでいた。
どうしたのか訊ねたら、塑亜そあ先生が深くため息をついてから答える。

「いや、どうしたもこうしたも…湊静そうせい国の方で問題が起こった。少しの間、ここを離れるので後を頼むぞ」
「…わかりました」

何が起こっているのかわからないが、俺は頷いて答えた。

塑亜そあ先生が走水そうすい博士や綺乃あやの女史に、急用で少しの間離れる事を伝えると怒らず気をつけて行くよう答えた。
翌11日の早朝、塑亜そあ先生は湊静そうせい国へと向かったのだが…今考えると、塑亜そあ先生がこの国を離れるように仕掛けられた罠だったのかもしれない。

塑亜そあ先生の不在に気づいた他の研究者達から事情を訊ねられたので、急な仕事で一時的にここを離れているのだと珠雨しゅう先生が説明していた。
少し不満げな様子の者もいたが、おおむね納得してもらえただろう。
まぁ、ひとり抜けたらその分やる事が増えてしまうので不満なのだろう…しかし、塑亜そあ先生の分は珠雨しゅう先生がやるので問題ないはずだが。

…それよりも、だ。
この3ヶ月、走水そうすい博士は接触してこなかった――あちらが俺の協力も求めてきたというのにだ。
割と早い段階で来るかと思っていたが、タイミングを計っているのか…もしくは、警戒しているのか。
白季しらきと共に珠雨しゅう先生の助手を務めている際、何度も書類を届けたりしたが…もしかして、こちらから声をかけるべきだったか?

勝手な行動はすべきでないので、右穂うすいに相談して対応を決めた方がいいかもしれない。
そう考えて休憩時間、警備をしている右穂うすいに声をかけた。
誰もいない空き部屋まで移動すると、どうすべきか相談する。

「そうですね…しばらく様子見が一番いいと思いますが、一応『影の者』に走水博士あちらの動向を見張らせますか?」

右穂うすいの言う『影の者』というのは、秘密警察に所属している《闇空の柩》の隠密だ。
警備に入っているのは夕馬ゆうまから知らされているので、それがいいだろうと提案に頷いて答えた。
相手の目的さえわかれば、こちらも対処しやすいだろう……

話し合う俺達のいる部屋に、ノックもなしに誰かが入ってきた。
声を潜めて話し合っていたので会話内容までは聞かれていないだろうが、もしもの事もある――平然としたままそちらに目を向けると、やって来たのは走水そうすい博士だった。
今し方、噂していた人物の登場に俺達は警戒を強めた。

「…おや、邪魔をしてしまったかな?」

肩をすくめて走水そうすい博士が言う…こちらとしては、しらじらしく感じた。
もしかすると、俺と右穂ふたりだけになるのを待っていたのか?
俺に用があるにしても先生方や白季しらきは駄目で、右穂うすいはいいのか…そこに、何か違いがあるのかわからない。

「何か御用でしょうか、走水そうすい博士?」

警戒したまま答えられない俺の代わりに、右穂うすいが訊ねてくれた。
苦笑する走水そうすい博士は、俺の方に目を向けながら口を開く。

「たいした用では、ないのだけどね…お前と少し話をすべきかな、と考えていたんだよ。お前も気になっていたのだろう?何故、自分が呼ばれたのかを――」

今まで話しかけようと思っても、誰かしらが傍にいたのでなかなか声をかけられなかったのだと彼は続ける。
考えてみれば、確かに誰かしらが俺の傍…主に、白季しらきがいたからな。

「確かに、気にはなっていた…何故、軍に入った俺に協力を求めてきたのかを」

そもそも、俺は学舎を卒業後一年と少ししか研究職に就いていなかった。
あの事件の後、休職半年を経て軍に入ったので走水そうすい博士と会った事はない。
短い期間でも接点がないので、あのレポートを読んだだけで俺だと判断した理由わけがわからなかった。

俺が感じている疑問に気づいたのだろう、走水そうすい博士は口元に笑みを浮かべ答える。

「あぁ…私が何故お前を知っているのか、わからないのだろう?簡単だよ、私は学生時代のお前のレポートを何度か見たからね」

書き手によって文字や文章構成に癖がでるからわかったのだ、と笑った。
例のレポートは、細心の注意を払って古代文字で書いたが…やはり、どこかしらに癖が出てしまったのだろう。

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