堕ちし記憶の森は

０話「終焉の街」

５

塑亜そあ先生に勧められて仮眠室で休んだ俺は、珠雨しゅう先生の淹れたお茶を飲んで眠気を覚ましていた。
何故か、頭にたんこぶをつくった白季しらきが向かいのソファーに深く腰掛けているのに気づく――おそらく塑亜そあ先生に説教された後なんだろうが、一体何やらかしたのだろうか…？
何があったのか訊ねると夕馬ゆうまが塑亜そあの逆鱗に触れたから、と答えたので思わず納得してしまった。

――珠雨しゅう先生と白季しらきと共にお茶を飲んで休んでいる内に、玖苑くおんへ出発する時間となった。
走水そうすい博士や他の研究者達、警備を担当する夕馬ゆうまと理矩りくをはじめとする秘密警察ともう一隊は先に玖苑くおんへ行っているのだという。
俺達が合流すれば、参加者は全員そろうわけだ。

玖苑くおんへ向かう飛行艇は〈隠者の船〉を出すので、約２時間で着くだろう。
もちろん陸地からでも行けるが、山越え谷越えで一日がかり…なので、基本的に人々の往来は飛行艇がメインとなる。

着いたら玖苑くおんの港の、人目の付かない場所に〈隠者の船〉を置いておけばいい――ついでに、整備を頼もう。



玖苑くおんへ着き港を出ると、迎えの車が来ていた――運転手は、夕馬ゆうまの密命を受けた理矩りくだ。
俺は助手席に座ろうと動いたが、何故か塑亜そあ先生が先に助手席に座ってしまう。
何かあったのか、と首をかしげていると白季しらきが笑いながら教えてくれた。

「…ちょっと報告があるみたいだから、助手席は塑亜そあに譲ってあげてよ。その代わり、僕と珠雨しゅうの間に座ってよ」

そういう事なら、と運転席の後ろに座る珠雨しゅう先生と助手席の後ろに座る白季しらきの間に俺は座った。
全員が乗り込むと理矩りくが車を発進させる…その間、誰も口を開いていないので静かなものだ。
発進して５分くらいして、理矩りくがおもむろに口を開いた。

「…瀬里十せりとの件ですが、どうやら王都から週替わりで玖苑くおんのある場所へ医師団が派遣されていました」
「派遣、だと？そんな話を瀬里十せりとから聞いていないが…どういう事だ？」

眉をひそめた塑亜そあ先生が言う――そもそも、派遣しなければならないほどの何かが起こっている話も聞いていないと。
話が見えなかった俺は、何の話なのかを白季しらきに訊ねた。
どうやら瀬里十せりとが特効薬造りをはじめると、医院に呼び戻されるのだという……

俺が事情を聞いている間も、塑亜そあ先生は理矩りくからの報告に相槌をうっていた。

「どうやら、玖苑くおんの郊外で元第５妃が療養しており…そこへ定期的に医師団を派遣するよう、王都国立医院の副院長が命じているところまでわかりました」
「副院長か…あいつは確か、久知河ひさちか中将の甥だったか。まぁ、大切な第６王子の母親の為だからと派遣しているのかもしれんが…だからといって、主治医がいるのに医師団派遣はおかしいだろう」


元第５妃が玖苑くおん郊外にある屋敷で療養中なのは、公にされていないが事実である。
療養先には遠縁の者、専属の護衛達と主治医が付いている…というのに、更に何人もの医師が向かう意味はあるのだろうか？
病状も公表されていないのでわからないが、主治医だけでは手に負えないのか…そうだとしても、毎回違う医師達を向かわせているのはおかしい。


王都国立医院の副院長は、確か…１～２年前に就いたばかりの若い男だったはずだ。
院長ではないというのに派遣を決定できるのは、塑亜そあ先生も言っていたが『久知河ひさちか中将の甥』だからなのだろう。

久知河ひさちか中将は第６王子の教育係のひとりで、もしかすると王子に頼まれたのかもしれない。

「…副院長にその意図はない可能性もあるが、それも含めて更に調べさせろ。もし頻度が多すぎる場合は、真宮まみやに伝えて《闇空の柩こちら》から医師を補充させろ」
「はい、塑亜そあ様」

塑亜そあ先生の言葉に返事をした理矩りくは、静かに車を路肩に止める――どうやら、玖苑くおん医院に着いたようだ。
着いたといっても、医院の…人目の付かない裏口前だが。
俺達が降りると、理矩りくは塑亜そあ先生に指示された件で一度夢明むめいへ戻ると言って車で走り去った。

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