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0話「終焉の街」
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翌日、ウキウキした様子の知治に任務の引き継ぎをしたが……本当に大丈夫だろうか?
「んー、倉世――じゃなくて、深山だっけ?どーいう形で辞めた、って事にすんの?なんなら、殉職にする?」
渡した資料を目を通している知治に訊ねられた。
ちなみに『深山』とは俺が使っていた偽名で、潜入中は髪や瞳の色など見た目や印象を右穂に変えてもらったのだ。
別に殉職、でもいいが…そんな大きな事件は起きていないし、なにより今から工作する時間もないので『病気療養の為』にしたらどうだろうか。
そう伝えると、知治はつまらなそうに口を尖らせた。
引き継ぎを無事…と言えるのかわからないが、とりあえずしたので久方ぶりの学舎を訪れた。
学舎と呼ばれているが、正式名称を『紫要学園』という――国立の学校である。
…噂では、その昔いた偉人が酔った勢いで学舎と呼んで定着した呼び名となったそうだ。
入館の手続きを終えて研究棟へ向かう途中、各教場で授業を受ける後輩達の姿を見かけた。
なんだか懐かしい気分に浸りながら歩みを進め、研究棟2階にある教場のひとつにたどり着く。
その教場では13~17歳くらいまでの学生が授業を受けていたので、音をたてないように後ろの扉を開けて入室した。
静かに入室したので幸い学生達は気づかなかったが教師の方は俺に気づき、顎で一番後ろの…周囲に誰もいない席を指したのでそこに座る。
今やっている授業は『生物学』のようで、ちょうど『大蛇』についての話を教師がはじめた。
生態や特性などを中心に説明しているから、おそらく今この教場にいるのは軍学科かふたつある研究科の生徒だろう。
時間はあっという間に過ぎて授業が終わると、生徒達は教科書やノートを片付けて次々に教場から出ていった。
中には教師に教科書片手に質問している生徒もいたが、次のチャイムが鳴る5分前には疑問が解決できたようで頭を下げて退室し…少しすると、次の授業開始のチャイムが鳴った。
「そうしていると、お前も教師らしく見えるな――白季」
俺がからかうように声をかけると、先ほどまで教鞭を執っていた白季は苦笑する。
「今日は臨時…僕は本来、初等科の教師だよ。真面目な授業って大変だね」
「初等科でも、真面目に教えたらどうだ?それより、この授業の担当は誰だったんだ?」
ふと気になり首をかしげつつ訊ねると、白季が肩をすくめて答えた。
「えー、そんなの堅苦しいだけ…って、担当?塑亜だよ。今日は玖苑へ行ってるからさ、だから頼まれたんだ」
塑亜先生は、実験を行う玖苑研究所へ行っているようだ。
玖苑研究所というのは、医院を隠れ蓑にしており――そこの所長が代々院長も務めているので、それが成立していた。
ただ問題は、玖苑研究所の所長は《闇空の柩》のメンバーではない。
そして、院長としての彼は人当たりの良く人気がある…が、研究者としての彼は少々気難しい性格をしていると聞く。
「そうそう、その二面性のある人――嵯苑だっけ?塑亜がきちんと筋を通してきてくれるから、多分大丈夫だと思うよ」
「…無駄に力を使うな、疲れるんだろ?」
〈神の血族〉の感応能力は、非常に精神が疲労するらしい…〈神の血族〉の王でもある天宮様は、その力の強さ故によく倒れてしまうそうだ。
「まさか、とは思うが…授業中でも使っていたのか?」
「うん。何人か、授業を受けているふりしている子いたから…ちょーっとだけ、成績下げてやろうかな~って考えてる」
塑亜も、あまりにも酷い場合はやってるみたいだし…と言う白季は、とても悪い笑みを浮かべていた。
…おそらく、その生徒は塑亜先生じゃないから大丈夫だとサボってしまったんだろう。
――卒業してから、それをやれば致命的なミスに繋がる…そう、この俺のように後悔する事になるというのに。
「…九條も言っていたよね、君のせいじゃないって。いつまでも、くよくよ悩んでも仕方ないんだよ?前を向かないと、ね?」
白季の言葉が静かな室内に響く…そして、俺の頭をなでながら言葉を続けた。
「何度も言うけど、あれは僕達〈神の血族〉の失態なんだから…」
「…それは、お人好し過ぎるだろう?」
「でも、あの時…君は手を抜いたわけじゃない。知らない内に利用されただけだから、ミスはミスでも違うよね?」
「似たようなものだろう…?」
そう答えると、むっとした様子の白季が俺の頭に手刀を下ろしてきた…あまり力が入っていないので、ダメージは少ないが痛いものは痛い。
痛む頭をおさえていると、彼は頬を膨らませた。
「もう、この話は堂々巡りになっちゃうから…はい、終わり!それより、どうしたの?研究所に来るのは、明後日じゃなかったっけ?」
「……いや、知治に仕事を引き継いだんで時間が空いてな」
仕事の引き継ぎを、本当は明日やるはずだったが――何故か、知治が管制の方に休暇届を出したらしく…今日となった。
どれだけやりたかったんだ、この仕事を…と思わなくもないが、本人がやりたいのだというので早々に引き継いできたわけだ。
余談だが…翌日、件の隊の不正が新聞の一面になっていた。
***
「んー、倉世――じゃなくて、深山だっけ?どーいう形で辞めた、って事にすんの?なんなら、殉職にする?」
渡した資料を目を通している知治に訊ねられた。
ちなみに『深山』とは俺が使っていた偽名で、潜入中は髪や瞳の色など見た目や印象を右穂に変えてもらったのだ。
別に殉職、でもいいが…そんな大きな事件は起きていないし、なにより今から工作する時間もないので『病気療養の為』にしたらどうだろうか。
そう伝えると、知治はつまらなそうに口を尖らせた。
引き継ぎを無事…と言えるのかわからないが、とりあえずしたので久方ぶりの学舎を訪れた。
学舎と呼ばれているが、正式名称を『紫要学園』という――国立の学校である。
…噂では、その昔いた偉人が酔った勢いで学舎と呼んで定着した呼び名となったそうだ。
入館の手続きを終えて研究棟へ向かう途中、各教場で授業を受ける後輩達の姿を見かけた。
なんだか懐かしい気分に浸りながら歩みを進め、研究棟2階にある教場のひとつにたどり着く。
その教場では13~17歳くらいまでの学生が授業を受けていたので、音をたてないように後ろの扉を開けて入室した。
静かに入室したので幸い学生達は気づかなかったが教師の方は俺に気づき、顎で一番後ろの…周囲に誰もいない席を指したのでそこに座る。
今やっている授業は『生物学』のようで、ちょうど『大蛇』についての話を教師がはじめた。
生態や特性などを中心に説明しているから、おそらく今この教場にいるのは軍学科かふたつある研究科の生徒だろう。
時間はあっという間に過ぎて授業が終わると、生徒達は教科書やノートを片付けて次々に教場から出ていった。
中には教師に教科書片手に質問している生徒もいたが、次のチャイムが鳴る5分前には疑問が解決できたようで頭を下げて退室し…少しすると、次の授業開始のチャイムが鳴った。
「そうしていると、お前も教師らしく見えるな――白季」
俺がからかうように声をかけると、先ほどまで教鞭を執っていた白季は苦笑する。
「今日は臨時…僕は本来、初等科の教師だよ。真面目な授業って大変だね」
「初等科でも、真面目に教えたらどうだ?それより、この授業の担当は誰だったんだ?」
ふと気になり首をかしげつつ訊ねると、白季が肩をすくめて答えた。
「えー、そんなの堅苦しいだけ…って、担当?塑亜だよ。今日は玖苑へ行ってるからさ、だから頼まれたんだ」
塑亜先生は、実験を行う玖苑研究所へ行っているようだ。
玖苑研究所というのは、医院を隠れ蓑にしており――そこの所長が代々院長も務めているので、それが成立していた。
ただ問題は、玖苑研究所の所長は《闇空の柩》のメンバーではない。
そして、院長としての彼は人当たりの良く人気がある…が、研究者としての彼は少々気難しい性格をしていると聞く。
「そうそう、その二面性のある人――嵯苑だっけ?塑亜がきちんと筋を通してきてくれるから、多分大丈夫だと思うよ」
「…無駄に力を使うな、疲れるんだろ?」
〈神の血族〉の感応能力は、非常に精神が疲労するらしい…〈神の血族〉の王でもある天宮様は、その力の強さ故によく倒れてしまうそうだ。
「まさか、とは思うが…授業中でも使っていたのか?」
「うん。何人か、授業を受けているふりしている子いたから…ちょーっとだけ、成績下げてやろうかな~って考えてる」
塑亜も、あまりにも酷い場合はやってるみたいだし…と言う白季は、とても悪い笑みを浮かべていた。
…おそらく、その生徒は塑亜先生じゃないから大丈夫だとサボってしまったんだろう。
――卒業してから、それをやれば致命的なミスに繋がる…そう、この俺のように後悔する事になるというのに。
「…九條も言っていたよね、君のせいじゃないって。いつまでも、くよくよ悩んでも仕方ないんだよ?前を向かないと、ね?」
白季の言葉が静かな室内に響く…そして、俺の頭をなでながら言葉を続けた。
「何度も言うけど、あれは僕達〈神の血族〉の失態なんだから…」
「…それは、お人好し過ぎるだろう?」
「でも、あの時…君は手を抜いたわけじゃない。知らない内に利用されただけだから、ミスはミスでも違うよね?」
「似たようなものだろう…?」
そう答えると、むっとした様子の白季が俺の頭に手刀を下ろしてきた…あまり力が入っていないので、ダメージは少ないが痛いものは痛い。
痛む頭をおさえていると、彼は頬を膨らませた。
「もう、この話は堂々巡りになっちゃうから…はい、終わり!それより、どうしたの?研究所に来るのは、明後日じゃなかったっけ?」
「……いや、知治に仕事を引き継いだんで時間が空いてな」
仕事の引き継ぎを、本当は明日やるはずだったが――何故か、知治が管制の方に休暇届を出したらしく…今日となった。
どれだけやりたかったんだ、この仕事を…と思わなくもないが、本人がやりたいのだというので早々に引き継いできたわけだ。
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