堕ちし記憶の森は

雪原るい

文字の大きさ
上 下
106 / 140
0話「終焉の街」

しおりを挟む
新暦1092年柳月りゅうづき3日――めい国の王都・夢明むめいにある、拠点のひとつにしている事務所に招集された非番の俺と右穂うすい
呼び出した張本人である夕馬ゆうまは椅子に座っており、軍帽を深く被ったまま机に両足を乗せてだらけている。
まったく…机に足を乗せるな、行儀の悪い。
傍に控える理矩りくは、いつもの無表情なまま注意もせずに立っている。

「…で、なんで急に呼び出したんだ?」

何故呼び出されたのか、わからない俺は上官でもある夕馬ゆうまに訊ねた。
今日の予定を、一部変更して招集に応じたんだ…たいした用事でなかったら、例え相手が上官であっても文句のひとつくらい言っていいだろう。

俺の補佐である右穂うすいも、この招集に心当たりがないようで首をかしげていた。
ならば、と理矩りくの方へ視線を向けたが変わらぬ表情のままだ…おそらく、この招集について知っているのだろう。
――いや、夕馬ゆうまの懐刀と呼ばれるくらいなのだから知っているか。

軍帽の鍔を上げて、こちらに目を向けた夕馬ゆうまが面倒そうに口を開いた。

「ん…あぁ、実はなぁ――」

やる気が感じられない夕馬ゆうまの説明によると、走水そうすい博士から『何体か被験者を使いたい』と申請があったそうだ…近日中に必要だから、と。
問題ない実験治験などの場合は被験者を一般募集したりするが…今回は表沙汰にできない実験なので、塑亜そあ先生から話が回ってきたらしい。
――という事はつまり、近々死刑囚の何人か刑を執行したように裏工作しなければならないわけだ。
夕馬ゆうまは、それが面倒だと考えているのだろう…まぁ、色々と根回ししなければならないので面倒な気持ちはわからなくもないが。

軍服のポケットから手錠をひとつ出した夕馬ゆうまは、環の部分に入れた人差し指でくるくる回すと言葉を続けた。

「しかも、先方は倉世お前の協力も求めてる。やろうとしている内容が内容だから塑亜そあも警戒していてな、監視の意味も兼ねて倉世くらせにも助手として参加してほしいそうだ。もちろん秘密警察こっちも警備はするし、塑亜そあ珠雨しゅうも参加する…だから頼めないかなぁ、と思ってさ」

秘密警察の任務で警護を、研究者として監視をしてもらいたいのだという。
…確かに、両方の立場から物事を見れれば不測の事態にも対応できるかもしれない。

「ところで…走水そうすい博士は何故、『薬』の実験を再開させたがっている?」

塑亜そあ先生や珠雨しゅう先生も、現段階では副作用による危険性しかないと俺が提出した課題レポートで判断したものだ。
レポートそれは、『紫鴉しあ』の名でまとめられていた…もちろん、俺の身の安全の為にそうしたわけである。
だというのに、わざわざ俺の協力を求めるというあたり気づかれた可能性しかないので塑亜そあ先生が警戒する理由も頷けた。

それにしても再開したい理由がまったくわからないので、何か聞いているだろうと訊ねたわけだ。

「俺もさ、気になって訊いてみたんだよねぇ…そしたら『毎年、被害がでている大蛇討伐に役立てられる』とか言ってたな、本当か嘘かわからないが」
「…わからなかったのか?」

思わず訊き返すと、夕馬ゆうまは曖昧に笑うだけだった…〈神の血族古代種〉の力をもってしてもわからないものなのか、と考えたが多分両方の意味を持っていたのだろう。
……まぁ、『大蛇退治』は本当に大変だと七弥ななやがぐったりとした様子で言っていたからな。


先ほどから言っている『大蛇』というのは、生物であって生物ではない――つまり、一般的に知られている蛇と生態が違う。
まず、体長は個体によってまちまちだが…小さくて約1cm、大きいもので2mを超える。
主食が肉でなく、何故か鉱物や金属のたぐいなので武器は使えないので戦うとなると最終的に肉弾戦となってしまうわけだ。
しかし、『大蛇』の身体は頑丈なのでちょっとやそっとでは討伐できない。

これが自然発生した存在ものならば、過酷な環境で生きる為に進化したのだと納得だけはできただろう。
だが、残念ながらこの『大蛇』は人の手によって造られた旧世界の遺物――今は亡き国が、この地に放った生物兵器である。
正式名称を【意に染まらぬ蛇】というのだが、おそらく造った研究者はやけくそで名づけたのだろう……

大蛇それの討伐に使いたいのだという『薬』も、また旧世界の遺物…いや、正確に言えば生物兵器化するものだな。
今の段階で『薬』を使えば前頭葉は機能しなくなり、理性と知性の維持ができなくなる…ただただ、攻撃性と欲望のまま行動する狂人となる――故に、先生達は『狂人の薬』と呼んでいた。


「まぁ、協力するのはかまわないが…今、俺が担当している件はどうするんだ?」

任務として、ある隊に研修という名目で潜入している俺は夕馬ゆうまに訊ねる。
実験に参加するのであれば、引き継ぎをしないといけない。
このままでは、あの隊の不正は暴けなくなる…短期間だけ彼らと共に行動したが、あれは野放しにしてはいけないものだ。

くるくると回していた手錠を上へ放り投げた夕馬ゆうまが、視線だけをこちらに向けて答えた。

「それは、知治ともはるに引き継げばいい…あいつなら、間違いなく違法ギリギリで動いて一網打尽だろうなぁ」
「…管制に潜入してますが、かなり暇だと言っていたので喜ぶと思います」

落下してきた手錠をキャッチした理矩りくが言う――おそらく、数日もしない内に片をつけるだろうと。

いや、違法ギリギリって…知治ともはるのやつ、いつもどういう方法でやっているんだ?
思わず遠い目をしていると、傍にいた右穂うすいは肩をすくめて苦笑しているだけだった。


***
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

惑う霧氷の彼方

雪原るい
ファンタジー
――その日、私は大切なものをふたつ失いました。 ある日、少女が目覚めると見知らぬ場所にいた。 山間の小さな集落… …だが、そこは生者と死者の住まう狭間の世界だった。 ――死者は霧と共に現れる… 小さな集落に伝わる伝承に隠された秘密とは? そして、少女が失った大切なものとは一体…? 小さな集落に死者たちの霧が包み込み… 今、悲しみの鎮魂歌が流れる… それは、悲しく淡い願いのこめられた…失われたものを知る物語―― *** 自サイトにも載せています。更新頻度は不定期、ゆっくりのんびりペースです。 ※R-15は一応…残酷な描写などがあるかもなので設定しています。 ⚠作者独自の設定などがある場合もありますので、予めご了承ください。 本作は『闇空の柩シリーズ』2作目となります。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました

toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。 残酷シーンが多く含まれます。 誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。 両親に 「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」 と宣言した彼女は有言実行をするのだった。 一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。 4/5 21時完結予定。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

うたかた夢曲

雪原るい
ファンタジー
昔、人と人ならざる者達との争いがあった。 それを治めたのは、3人の英雄だった…―― 時は流れ――真実が偽りとなり、偽りが真実に変わる… 遥か昔の約束は、歪められ伝えられていった。 ――果たして、偽りを真実にしたものは何だったのか… 誰が誰と交わした約束なのか… これは、人と人ならざる闇の者達が織りなす物語―― *** 自サイトにも載せています。更新頻度は不定期、ゆっくりのんびりペースです。 ※R-15は一応…残酷な描写などがあるかもなので設定しています。 ⚠作者独自の設定などがある場合もありますので、予めご了承ください。 本作は『妖煌吸血鬼シリーズ』の1作目です。 [章分け] ・一章「迷いの記憶」1~7話(予定)

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...