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0話「終焉の街」
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新暦1092年柳月3日――冥国の王都・夢明にある、拠点のひとつにしている事務所に招集された非番の俺と右穂。
呼び出した張本人である夕馬は椅子に座っており、軍帽を深く被ったまま机に両足を乗せてだらけている。
まったく…机に足を乗せるな、行儀の悪い。
傍に控える理矩は、いつもの無表情なまま注意もせずに立っている。
「…で、なんで急に呼び出したんだ?」
何故呼び出されたのか、わからない俺は上官でもある夕馬に訊ねた。
今日の予定を、一部変更して招集に応じたんだ…たいした用事でなかったら、例え相手が上官であっても文句のひとつくらい言っていいだろう。
俺の補佐である右穂も、この招集に心当たりがないようで首をかしげていた。
ならば、と理矩の方へ視線を向けたが変わらぬ表情のままだ…おそらく、この招集について知っているのだろう。
――いや、夕馬の懐刀と呼ばれるくらいなのだから知っているか。
軍帽の鍔を上げて、こちらに目を向けた夕馬が面倒そうに口を開いた。
「ん…あぁ、実はなぁ――」
やる気が感じられない夕馬の説明によると、走水博士から『何体か被験者を使いたい』と申請があったそうだ…近日中に必要だから、と。
問題ない実験の場合は被験者を一般募集したりするが…今回は表沙汰にできない実験なので、塑亜先生から話が回ってきたらしい。
――という事はつまり、近々死刑囚の何人か刑を執行したように裏工作しなければならないわけだ。
夕馬は、それが面倒だと考えているのだろう…まぁ、色々と根回ししなければならないので面倒な気持ちはわからなくもないが。
軍服のポケットから手錠をひとつ出した夕馬は、環の部分に入れた人差し指でくるくる回すと言葉を続けた。
「しかも、先方は倉世の協力も求めてる。やろうとしている内容が内容だから塑亜も警戒していてな、監視の意味も兼ねて倉世にも助手として参加してほしいそうだ。もちろん秘密警察も警備はするし、塑亜と珠雨も参加する…だから頼めないかなぁ、と思ってさ」
秘密警察の任務で警護を、研究者として監視をしてもらいたいのだという。
…確かに、両方の立場から物事を見れれば不測の事態にも対応できるかもしれない。
「ところで…走水博士は何故、『薬』の実験を再開させたがっている?」
塑亜先生や珠雨先生も、現段階では副作用による危険性しかないと俺が提出した課題で判断したものだ。
レポートは、『紫鴉』の名でまとめられていた…もちろん、俺の身の安全の為にそうしたわけである。
だというのに、わざわざ俺の協力を求めるというあたり気づかれた可能性しかないので塑亜先生が警戒する理由も頷けた。
それにしても再開したい理由がまったくわからないので、何か聞いているだろうと訊ねたわけだ。
「俺もさ、気になって訊いてみたんだよねぇ…そしたら『毎年、被害がでている大蛇討伐に役立てられる』とか言ってたな、本当か嘘かわからないが」
「…わからなかったのか?」
思わず訊き返すと、夕馬は曖昧に笑うだけだった…〈神の血族〉の力をもってしてもわからないものなのか、と考えたが多分両方の意味を持っていたのだろう。
……まぁ、『大蛇退治』は本当に大変だと七弥がぐったりとした様子で言っていたからな。
先ほどから言っている『大蛇』というのは、生物であって生物ではない――つまり、一般的に知られている蛇と生態が違う。
まず、体長は個体によってまちまちだが…小さくて約1cm、大きいもので2mを超える。
主食が肉でなく、何故か鉱物や金属の類なので武器は使えないので戦うとなると最終的に肉弾戦となってしまうわけだ。
しかし、『大蛇』の身体は頑丈なのでちょっとやそっとでは討伐できない。
これが自然発生した存在ならば、過酷な環境で生きる為に進化したのだと納得だけはできただろう。
だが、残念ながらこの『大蛇』は人の手によって造られた旧世界の遺物――今は亡き国が、この地に放った生物兵器である。
正式名称を【意に染まらぬ蛇】というのだが、おそらく造った研究者はやけくそで名づけたのだろう……
大蛇の討伐に使いたいのだという『薬』も、また旧世界の遺物…いや、正確に言えば生物兵器化するものだな。
今の段階で『薬』を使えば前頭葉は機能しなくなり、理性と知性の維持ができなくなる…ただただ、攻撃性と欲望のまま行動する狂人となる――故に、先生達は『狂人の薬』と呼んでいた。
「まぁ、協力するのはかまわないが…今、俺が担当している件はどうするんだ?」
任務として、ある隊に研修という名目で潜入している俺は夕馬に訊ねる。
実験に参加するのであれば、引き継ぎをしないといけない。
このままでは、あの隊の不正は暴けなくなる…短期間だけ彼らと共に行動したが、あれは野放しにしてはいけないものだ。
くるくると回していた手錠を上へ放り投げた夕馬が、視線だけをこちらに向けて答えた。
「それは、知治に引き継げばいい…あいつなら、間違いなく違法ギリギリで動いて一網打尽だろうなぁ」
「…管制に潜入してますが、かなり暇だと言っていたので喜ぶと思います」
落下してきた手錠をキャッチした理矩が言う――おそらく、数日もしない内に片をつけるだろうと。
いや、違法ギリギリって…知治のやつ、いつもどういう方法でやっているんだ?
思わず遠い目をしていると、傍にいた右穂は肩をすくめて苦笑しているだけだった。
***
呼び出した張本人である夕馬は椅子に座っており、軍帽を深く被ったまま机に両足を乗せてだらけている。
まったく…机に足を乗せるな、行儀の悪い。
傍に控える理矩は、いつもの無表情なまま注意もせずに立っている。
「…で、なんで急に呼び出したんだ?」
何故呼び出されたのか、わからない俺は上官でもある夕馬に訊ねた。
今日の予定を、一部変更して招集に応じたんだ…たいした用事でなかったら、例え相手が上官であっても文句のひとつくらい言っていいだろう。
俺の補佐である右穂も、この招集に心当たりがないようで首をかしげていた。
ならば、と理矩の方へ視線を向けたが変わらぬ表情のままだ…おそらく、この招集について知っているのだろう。
――いや、夕馬の懐刀と呼ばれるくらいなのだから知っているか。
軍帽の鍔を上げて、こちらに目を向けた夕馬が面倒そうに口を開いた。
「ん…あぁ、実はなぁ――」
やる気が感じられない夕馬の説明によると、走水博士から『何体か被験者を使いたい』と申請があったそうだ…近日中に必要だから、と。
問題ない実験の場合は被験者を一般募集したりするが…今回は表沙汰にできない実験なので、塑亜先生から話が回ってきたらしい。
――という事はつまり、近々死刑囚の何人か刑を執行したように裏工作しなければならないわけだ。
夕馬は、それが面倒だと考えているのだろう…まぁ、色々と根回ししなければならないので面倒な気持ちはわからなくもないが。
軍服のポケットから手錠をひとつ出した夕馬は、環の部分に入れた人差し指でくるくる回すと言葉を続けた。
「しかも、先方は倉世の協力も求めてる。やろうとしている内容が内容だから塑亜も警戒していてな、監視の意味も兼ねて倉世にも助手として参加してほしいそうだ。もちろん秘密警察も警備はするし、塑亜と珠雨も参加する…だから頼めないかなぁ、と思ってさ」
秘密警察の任務で警護を、研究者として監視をしてもらいたいのだという。
…確かに、両方の立場から物事を見れれば不測の事態にも対応できるかもしれない。
「ところで…走水博士は何故、『薬』の実験を再開させたがっている?」
塑亜先生や珠雨先生も、現段階では副作用による危険性しかないと俺が提出した課題で判断したものだ。
レポートは、『紫鴉』の名でまとめられていた…もちろん、俺の身の安全の為にそうしたわけである。
だというのに、わざわざ俺の協力を求めるというあたり気づかれた可能性しかないので塑亜先生が警戒する理由も頷けた。
それにしても再開したい理由がまったくわからないので、何か聞いているだろうと訊ねたわけだ。
「俺もさ、気になって訊いてみたんだよねぇ…そしたら『毎年、被害がでている大蛇討伐に役立てられる』とか言ってたな、本当か嘘かわからないが」
「…わからなかったのか?」
思わず訊き返すと、夕馬は曖昧に笑うだけだった…〈神の血族〉の力をもってしてもわからないものなのか、と考えたが多分両方の意味を持っていたのだろう。
……まぁ、『大蛇退治』は本当に大変だと七弥がぐったりとした様子で言っていたからな。
先ほどから言っている『大蛇』というのは、生物であって生物ではない――つまり、一般的に知られている蛇と生態が違う。
まず、体長は個体によってまちまちだが…小さくて約1cm、大きいもので2mを超える。
主食が肉でなく、何故か鉱物や金属の類なので武器は使えないので戦うとなると最終的に肉弾戦となってしまうわけだ。
しかし、『大蛇』の身体は頑丈なのでちょっとやそっとでは討伐できない。
これが自然発生した存在ならば、過酷な環境で生きる為に進化したのだと納得だけはできただろう。
だが、残念ながらこの『大蛇』は人の手によって造られた旧世界の遺物――今は亡き国が、この地に放った生物兵器である。
正式名称を【意に染まらぬ蛇】というのだが、おそらく造った研究者はやけくそで名づけたのだろう……
大蛇の討伐に使いたいのだという『薬』も、また旧世界の遺物…いや、正確に言えば生物兵器化するものだな。
今の段階で『薬』を使えば前頭葉は機能しなくなり、理性と知性の維持ができなくなる…ただただ、攻撃性と欲望のまま行動する狂人となる――故に、先生達は『狂人の薬』と呼んでいた。
「まぁ、協力するのはかまわないが…今、俺が担当している件はどうするんだ?」
任務として、ある隊に研修という名目で潜入している俺は夕馬に訊ねる。
実験に参加するのであれば、引き継ぎをしないといけない。
このままでは、あの隊の不正は暴けなくなる…短期間だけ彼らと共に行動したが、あれは野放しにしてはいけないものだ。
くるくると回していた手錠を上へ放り投げた夕馬が、視線だけをこちらに向けて答えた。
「それは、知治に引き継げばいい…あいつなら、間違いなく違法ギリギリで動いて一網打尽だろうなぁ」
「…管制に潜入してますが、かなり暇だと言っていたので喜ぶと思います」
落下してきた手錠をキャッチした理矩が言う――おそらく、数日もしない内に片をつけるだろうと。
いや、違法ギリギリって…知治のやつ、いつもどういう方法でやっているんだ?
思わず遠い目をしていると、傍にいた右穂は肩をすくめて苦笑しているだけだった。
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