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11話「先に行く者と逝く者」
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――紫鴉博士は冥国内でも中枢におり、現王の後ろ楯となっている家の出身でかなり強い発言力と影響力を持つ人物である。
しかし、その姿は決して現さず…誰も正体を知らない、のに王家に意見できる立場にあるのだ。
未だ王太子が決まっておらず…王子王女の誰を擁立するのか水面下でもめている現状にあり、紫鴉博士の発言によって左右されるのではないかと言われていた。
少し調べただけで、これだけの事が簡単にわかったのだ…走水としてはその状況を利用しようと考えただけである。
そして、情報を入手した綺乃も自分達の目論みに便乗してきたわけだ。
だが、その行動すらも全て読まれていたとは…と、走水はため息しかだせなかった。
――珠雨教授が、紫鴉博士でないのならば、紫鴉博士とは……一体何者なんだ?
そんな疑問が頭をよぎるが、考慮するにしても情報量がまるで足りない……
だが、夕馬と白季の様子だとこれまでの流れの中にヒントはあったのだろう。
…考え込んで集中していたからか、走水は完全に油断しきっていた。
彼に向けられていた銃口を少し下げた夕馬が突然発砲し、走水の右太ももを撃ち抜いたのだ。
その衝撃でよろめき座り込んだ走水の頭部に、口元に笑みを浮かべた夕馬が銃口を当てる。
「悪いな…あんま、お前にだけ時間かけられないんだわ。こっちも時間ギリギリだからさ…」
「くっ……」
新たに与えられた痛みに苦悶の表情を浮かべた走水は、突然何をするんだというように夕馬を睨みつけた。
これでは、もう逃られないだろう――もとより初めから覚悟をしていたので、抵抗しようなどとは考えていない。
遅かれ早かれ、綺乃の所属する派閥の者に始末されていただろう…ただ、その状況が早まっただけだ。
ひとつ大きく息をはいて、夕馬と白季に訊ねる。
「――…ならば、最期の手向けとして教えてもらえるかな?紫鴉博士は何者で、何をなそうとしていた?」
夕馬と顔を見合わせ、彼が頷いたのを確認した白季は答える…走水の耳元で囁いて。
「…いいよ。あのね……」
その内容に、驚きで目を見開いた走水が白季に確認するように見た。
まるで信じられないという様子の走水に、白季は「間違いない」と微笑みながら頷いて答える。
「そうか…だから途中まで、とお前達は言っていたわけか。私が偽の情報に飛び付いてしまった、という事がよくわかった…そんな事に気づけないとは、まったく自分が愚かしいな」
これでは亡き友人の事を言えないではないか…と自嘲気味に考え、苦笑するしかできなかった。
「……もういい。やるなら、さっさとしてもらえるかな?」
こうして、時間を稼いだところで好転するわけでもない…下手をしたら、せっかくした覚悟が鈍ってしまうだけだ。
(…まぁ、情報の一部はすでに仲間の手によって本国の方へ送ってある。後任には悪いが、後は頑張ってもらうしかないね……)
そうこう考えている間に銃を持つ夕馬の手に白季は自らの手を添えて、銃口を走水の頭部に狙いを定めるとゆっくり引き金を引いた――
「――つーわけだ」
青年は少女の手を引きながら話を終えたのだが、聞き手であった少女は少しだけげんなりした様子で口を開く。
「はー…まぁ、よーくわかったけど。走水さんのお仲間の方に…あー、いいや。それは私が零鳴国に戻ってから何とかしよう…うん」
どうせ、今は何もできないし…と呟いた少女に、青年が「それは頼むわ」と笑った。
――そして、2人は〈隠者の船〉へ続く搭乗橋の前にやって来たのだが……
「…おい、夕馬さん。これは一体、どういう状況なのかな~?」
「あははは、怒んなって。紫麻、大丈夫…落とさないように俺が抱えて連れていくから」
目の前に広がる半壊した搭乗橋の状態を見て、少女・紫麻はひきつった笑みを浮かべたまま青年・夕馬に訊ねた。
だが、訊かれた当の夕馬は状況の説明を一切せずに笑いながら答えた。
明らかに、普通に歩いて渡れない状態なのに抱きかかえて渡るとか……
何を考えているんだ、というような視線を向けてみるが夕馬は笑うだけだ。
もう、何を言っても仕方ないだろう…と気持ちを切り替えた紫麻は夕馬に抱き抱えられ、破壊された搭乗橋を軽く飛び越えた。
2人が乗り込んだ〈隠者の船〉は血の匂いが充満しており、気づいた紫麻は思わず表情をしかめてしまう。
「…気分悪くなったか?」
「大丈夫…まだ――」
紫麻の顔を覗き込んだ夕馬が心配げに声をかけると、俯いた彼女は小さく首をふる。
――だが、その顔色は少しだけ悪く見えた……
小さく息をついた夕馬は紫麻の頭を撫でると、自分の被っていた軍帽を彼女に被す。
「んじゃ、俺が邪魔になりそうな残党などを片付けてくるから…お前は地図を頼りに、後から来るんだぞー」
「わかった…時間になっても来なかったら、私迷子になってるからよろしく」
頷いた紫麻は、被せられた軍帽のサイズが合わず視界を塞がれてしまうのか…鍔を上げながら答える。
こんな迷子にしかならない飛行艇内を、地図なしで歩ける奴なんて絶対にいない……そんな事を内心で思いながら。
わかったわかった、というように笑って答えた夕馬は足早に去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、紫麻がひとり愚痴るように呟く。
――いたわ、地図なしでいける人が…と。
***
しかし、その姿は決して現さず…誰も正体を知らない、のに王家に意見できる立場にあるのだ。
未だ王太子が決まっておらず…王子王女の誰を擁立するのか水面下でもめている現状にあり、紫鴉博士の発言によって左右されるのではないかと言われていた。
少し調べただけで、これだけの事が簡単にわかったのだ…走水としてはその状況を利用しようと考えただけである。
そして、情報を入手した綺乃も自分達の目論みに便乗してきたわけだ。
だが、その行動すらも全て読まれていたとは…と、走水はため息しかだせなかった。
――珠雨教授が、紫鴉博士でないのならば、紫鴉博士とは……一体何者なんだ?
そんな疑問が頭をよぎるが、考慮するにしても情報量がまるで足りない……
だが、夕馬と白季の様子だとこれまでの流れの中にヒントはあったのだろう。
…考え込んで集中していたからか、走水は完全に油断しきっていた。
彼に向けられていた銃口を少し下げた夕馬が突然発砲し、走水の右太ももを撃ち抜いたのだ。
その衝撃でよろめき座り込んだ走水の頭部に、口元に笑みを浮かべた夕馬が銃口を当てる。
「悪いな…あんま、お前にだけ時間かけられないんだわ。こっちも時間ギリギリだからさ…」
「くっ……」
新たに与えられた痛みに苦悶の表情を浮かべた走水は、突然何をするんだというように夕馬を睨みつけた。
これでは、もう逃られないだろう――もとより初めから覚悟をしていたので、抵抗しようなどとは考えていない。
遅かれ早かれ、綺乃の所属する派閥の者に始末されていただろう…ただ、その状況が早まっただけだ。
ひとつ大きく息をはいて、夕馬と白季に訊ねる。
「――…ならば、最期の手向けとして教えてもらえるかな?紫鴉博士は何者で、何をなそうとしていた?」
夕馬と顔を見合わせ、彼が頷いたのを確認した白季は答える…走水の耳元で囁いて。
「…いいよ。あのね……」
その内容に、驚きで目を見開いた走水が白季に確認するように見た。
まるで信じられないという様子の走水に、白季は「間違いない」と微笑みながら頷いて答える。
「そうか…だから途中まで、とお前達は言っていたわけか。私が偽の情報に飛び付いてしまった、という事がよくわかった…そんな事に気づけないとは、まったく自分が愚かしいな」
これでは亡き友人の事を言えないではないか…と自嘲気味に考え、苦笑するしかできなかった。
「……もういい。やるなら、さっさとしてもらえるかな?」
こうして、時間を稼いだところで好転するわけでもない…下手をしたら、せっかくした覚悟が鈍ってしまうだけだ。
(…まぁ、情報の一部はすでに仲間の手によって本国の方へ送ってある。後任には悪いが、後は頑張ってもらうしかないね……)
そうこう考えている間に銃を持つ夕馬の手に白季は自らの手を添えて、銃口を走水の頭部に狙いを定めるとゆっくり引き金を引いた――
「――つーわけだ」
青年は少女の手を引きながら話を終えたのだが、聞き手であった少女は少しだけげんなりした様子で口を開く。
「はー…まぁ、よーくわかったけど。走水さんのお仲間の方に…あー、いいや。それは私が零鳴国に戻ってから何とかしよう…うん」
どうせ、今は何もできないし…と呟いた少女に、青年が「それは頼むわ」と笑った。
――そして、2人は〈隠者の船〉へ続く搭乗橋の前にやって来たのだが……
「…おい、夕馬さん。これは一体、どういう状況なのかな~?」
「あははは、怒んなって。紫麻、大丈夫…落とさないように俺が抱えて連れていくから」
目の前に広がる半壊した搭乗橋の状態を見て、少女・紫麻はひきつった笑みを浮かべたまま青年・夕馬に訊ねた。
だが、訊かれた当の夕馬は状況の説明を一切せずに笑いながら答えた。
明らかに、普通に歩いて渡れない状態なのに抱きかかえて渡るとか……
何を考えているんだ、というような視線を向けてみるが夕馬は笑うだけだ。
もう、何を言っても仕方ないだろう…と気持ちを切り替えた紫麻は夕馬に抱き抱えられ、破壊された搭乗橋を軽く飛び越えた。
2人が乗り込んだ〈隠者の船〉は血の匂いが充満しており、気づいた紫麻は思わず表情をしかめてしまう。
「…気分悪くなったか?」
「大丈夫…まだ――」
紫麻の顔を覗き込んだ夕馬が心配げに声をかけると、俯いた彼女は小さく首をふる。
――だが、その顔色は少しだけ悪く見えた……
小さく息をついた夕馬は紫麻の頭を撫でると、自分の被っていた軍帽を彼女に被す。
「んじゃ、俺が邪魔になりそうな残党などを片付けてくるから…お前は地図を頼りに、後から来るんだぞー」
「わかった…時間になっても来なかったら、私迷子になってるからよろしく」
頷いた紫麻は、被せられた軍帽のサイズが合わず視界を塞がれてしまうのか…鍔を上げながら答える。
こんな迷子にしかならない飛行艇内を、地図なしで歩ける奴なんて絶対にいない……そんな事を内心で思いながら。
わかったわかった、というように笑って答えた夕馬は足早に去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、紫麻がひとり愚痴るように呟く。
――いたわ、地図なしでいける人が…と。
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