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10話「贖罪の行方」
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一発の銃声が響き、白季は銃を床に落とすと膝から崩れるように倒れた。
あいつの身体から、ゆっくりと赤い血が流れでているようだ。
だが、白季の傷がこめかみ辺りからではなく……銃を持っていた方の肩にあるのと、脈の有無の確認を一緒にした俺は安堵から息をついた。
そして、白季を止める為に撃ったのは――唯一、あいつの行動を予測できた人物である。
「…さすがの俺も、少しだけ焦ったぞー」
笑っている夕馬は、痛みを堪えるような様子で言った。
止める為とはいえ、【主】である白季を傷つけた罰を【従】である夕馬が受けているのだろう……
この様子ならば白季自身に痛みはないだろうと判断し、右穂が持ってきてくれた真新しいタオルとシーツを使って止血しておく。
「…酷いなぁ、せっかく今回の件の贖罪を…しようと思ったのに」
か細い声で抗議する白季に、俺は思わず叱りつけた。
「何が酷いんだ?こんな事をするとは…あまつさえ、お前は自分の半身である夕馬に負わせなくていいダメージを与えたんだ!」
そう言っている内に怒りがおさまらなくなり、俺をやんわり止めようと近づいてきた夕馬の胸ぐらを掴んで引き寄せる。
「お前もだ、夕馬!白季の考えがわかっていたんだろう?何故、ギリギリまで迷ったんだ!?今回の件の贖罪をするのはお前達ではない、俺なんだ!」
「…そうは言うけどなー、人間のお前ができるのか?」
俺の手を払いのけた夕馬が、軍帽の鍔を上げてこちらを睨みつけると言葉を続けた。
「俺達の言う『贖罪』の意味を理解し、〈神の血族〉に誓いだてたとはいえただの人間であるお前が行えるのか?」
「あぁ、わかっている!その上で、俺がなすべき事……明らかにすべき真相を明らかにし、俺は今回の贖罪をこの世界にする」
しばらく睨み合った後、俺の言葉に納得したのか…夕馬は小さく笑うと怪我のせいで息の荒い白季を担ぎ上げ、俺達に向けて手を上げるとそのまま去っていった。
残された俺と右穂はゆっくり息をつくと、少し休憩を入れる。
「…右穂」
気分を落ち着かせた俺は、大切な話を右穂に伝えていないのを思いだし…それを伝えた。
これだけは、俺の独断で決めていい事ではない…右穂にだって、どうするか選ぶ権利がある。
俺と右穂の関係は〈神の血族〉と違い、魂の繋がりを持っていないのだ。
さすがに、〈狭間の者〉である右穂を俺の勝手で道連れにするのは申し訳ないだろう。
俺がやろうとしている事を静かに聞いていた右穂は、しばらく何も答えず考えているようだ。
そして、微笑んだ右穂がゆっくり口を開いた。
「私は貴方に、全てを捧げると決めたのです。確かに、最初は監視の為に近づきました。しかし、私はずっと欲しかった…自分だけの【主】という存在を――」
〈狭間の者〉は、〈神の血族〉と呼ばれる者と人間の混血――故に、とても永い時を生きるといわれている。
ただ生きる時が人間と違うだけで、能力面は人間とそう変わらない。
その為、人間社会の中ではとても生きていけなかったのだという。
右穂は親である〈神の血族〉が自分だけの【主】を持っているのを、幼い頃から羨ましく思っていたそうだ。
「…だから、貴方を【主】にできればと考えておりました。ですから、私は貴方のなさろうとしている事に最後までお供させていただきます」
「そうか、わかった…」
そう言ってくれたのは嬉しかったが、同時になんだか申し訳なくも感じてしまった。
だが、右穂は気にするなというように微笑んでいる。
――ならば、一緒に来てもらおうか…右穂。
この隠し部屋に、もしもの時の為に隠しておいた手帳の存在を思いだした俺はそれを隠し棚から出した。
…これは、玖苑の研究所に向かう少し前に妙な動きを見せていた連中についてを書き記してあるものだ。
それに、今回の件に関する綺乃や走水の事を書き加えて軍服の内ポケットにしまった。
この手帳も七弥に渡せば、いかに脳筋な七弥でもわかるだろう……
そもそも、何であいつは上の言う嘘を一度も疑わなかったんだ…と、思わなくもない。
まぁ、仕方ないのだろうな…あいつの上司である久知河は、軍の参謀でもあるんだ――疑いの目を向けたくなかったんだろうな。
その気持ちは、わからなくもない……
ため息をひとつついた俺は、右穂の方へ視線を向けた。
彼は床に残っていた白季の血をタオルで軽く拭うと、それを部屋の隅にある籠に投げ入れていた。
多分、残しているとこの〈隠者の船〉にまだ残っている敵が持って帰ってしまう可能性を考えたからだろう……
〈神の血族〉の血は、それだけでも力を持っている…という噂もあったな。
まぁ、噂の半分は合っているので警戒しておくにこした事はないだろう。
夕馬のやつ…どうせなら、その片付けもして行ってくれればよかったのだがな。
ついそう考えてしまったわけだが、状況が状況なだけにそれは仕方ないだろう。
そして、白季の怪我が早く良くなるよう俺は願うだけだ……
――もう、この隠し部屋でやる事はないだろう。
部屋を出る前にもう一度、物言わぬ骸となった走水に視線を向けた。
こいつは知ってはならない事まで知った…だから、夕馬達に始末されたんだろう。
その情報源の半分は、もしかすると綺乃達からなのだろうが――
しかし、どうして知りたかったんだろうな?
残った世界の半分を守ろうとしている〈神の血族〉の存在を。
大体、この国に来なくとも彼らに接触しようと思えばできただろうに……
さすがにこのまま弔われないのは哀れな気がしたので、小さく黙とうを捧げる。
そして、俺達は七弥を探す為に隠し部屋を去った。
***
あいつの身体から、ゆっくりと赤い血が流れでているようだ。
だが、白季の傷がこめかみ辺りからではなく……銃を持っていた方の肩にあるのと、脈の有無の確認を一緒にした俺は安堵から息をついた。
そして、白季を止める為に撃ったのは――唯一、あいつの行動を予測できた人物である。
「…さすがの俺も、少しだけ焦ったぞー」
笑っている夕馬は、痛みを堪えるような様子で言った。
止める為とはいえ、【主】である白季を傷つけた罰を【従】である夕馬が受けているのだろう……
この様子ならば白季自身に痛みはないだろうと判断し、右穂が持ってきてくれた真新しいタオルとシーツを使って止血しておく。
「…酷いなぁ、せっかく今回の件の贖罪を…しようと思ったのに」
か細い声で抗議する白季に、俺は思わず叱りつけた。
「何が酷いんだ?こんな事をするとは…あまつさえ、お前は自分の半身である夕馬に負わせなくていいダメージを与えたんだ!」
そう言っている内に怒りがおさまらなくなり、俺をやんわり止めようと近づいてきた夕馬の胸ぐらを掴んで引き寄せる。
「お前もだ、夕馬!白季の考えがわかっていたんだろう?何故、ギリギリまで迷ったんだ!?今回の件の贖罪をするのはお前達ではない、俺なんだ!」
「…そうは言うけどなー、人間のお前ができるのか?」
俺の手を払いのけた夕馬が、軍帽の鍔を上げてこちらを睨みつけると言葉を続けた。
「俺達の言う『贖罪』の意味を理解し、〈神の血族〉に誓いだてたとはいえただの人間であるお前が行えるのか?」
「あぁ、わかっている!その上で、俺がなすべき事……明らかにすべき真相を明らかにし、俺は今回の贖罪をこの世界にする」
しばらく睨み合った後、俺の言葉に納得したのか…夕馬は小さく笑うと怪我のせいで息の荒い白季を担ぎ上げ、俺達に向けて手を上げるとそのまま去っていった。
残された俺と右穂はゆっくり息をつくと、少し休憩を入れる。
「…右穂」
気分を落ち着かせた俺は、大切な話を右穂に伝えていないのを思いだし…それを伝えた。
これだけは、俺の独断で決めていい事ではない…右穂にだって、どうするか選ぶ権利がある。
俺と右穂の関係は〈神の血族〉と違い、魂の繋がりを持っていないのだ。
さすがに、〈狭間の者〉である右穂を俺の勝手で道連れにするのは申し訳ないだろう。
俺がやろうとしている事を静かに聞いていた右穂は、しばらく何も答えず考えているようだ。
そして、微笑んだ右穂がゆっくり口を開いた。
「私は貴方に、全てを捧げると決めたのです。確かに、最初は監視の為に近づきました。しかし、私はずっと欲しかった…自分だけの【主】という存在を――」
〈狭間の者〉は、〈神の血族〉と呼ばれる者と人間の混血――故に、とても永い時を生きるといわれている。
ただ生きる時が人間と違うだけで、能力面は人間とそう変わらない。
その為、人間社会の中ではとても生きていけなかったのだという。
右穂は親である〈神の血族〉が自分だけの【主】を持っているのを、幼い頃から羨ましく思っていたそうだ。
「…だから、貴方を【主】にできればと考えておりました。ですから、私は貴方のなさろうとしている事に最後までお供させていただきます」
「そうか、わかった…」
そう言ってくれたのは嬉しかったが、同時になんだか申し訳なくも感じてしまった。
だが、右穂は気にするなというように微笑んでいる。
――ならば、一緒に来てもらおうか…右穂。
この隠し部屋に、もしもの時の為に隠しておいた手帳の存在を思いだした俺はそれを隠し棚から出した。
…これは、玖苑の研究所に向かう少し前に妙な動きを見せていた連中についてを書き記してあるものだ。
それに、今回の件に関する綺乃や走水の事を書き加えて軍服の内ポケットにしまった。
この手帳も七弥に渡せば、いかに脳筋な七弥でもわかるだろう……
そもそも、何であいつは上の言う嘘を一度も疑わなかったんだ…と、思わなくもない。
まぁ、仕方ないのだろうな…あいつの上司である久知河は、軍の参謀でもあるんだ――疑いの目を向けたくなかったんだろうな。
その気持ちは、わからなくもない……
ため息をひとつついた俺は、右穂の方へ視線を向けた。
彼は床に残っていた白季の血をタオルで軽く拭うと、それを部屋の隅にある籠に投げ入れていた。
多分、残しているとこの〈隠者の船〉にまだ残っている敵が持って帰ってしまう可能性を考えたからだろう……
〈神の血族〉の血は、それだけでも力を持っている…という噂もあったな。
まぁ、噂の半分は合っているので警戒しておくにこした事はないだろう。
夕馬のやつ…どうせなら、その片付けもして行ってくれればよかったのだがな。
ついそう考えてしまったわけだが、状況が状況なだけにそれは仕方ないだろう。
そして、白季の怪我が早く良くなるよう俺は願うだけだ……
――もう、この隠し部屋でやる事はないだろう。
部屋を出る前にもう一度、物言わぬ骸となった走水に視線を向けた。
こいつは知ってはならない事まで知った…だから、夕馬達に始末されたんだろう。
その情報源の半分は、もしかすると綺乃達からなのだろうが――
しかし、どうして知りたかったんだろうな?
残った世界の半分を守ろうとしている〈神の血族〉の存在を。
大体、この国に来なくとも彼らに接触しようと思えばできただろうに……
さすがにこのまま弔われないのは哀れな気がしたので、小さく黙とうを捧げる。
そして、俺達は七弥を探す為に隠し部屋を去った。
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