堕ちし記憶の森は

雪原るい

文字の大きさ
上 下
40 / 140
6話「夢明の悲劇」

しおりを挟む
惨劇の現場を去る倉世くらせ右穂うすいの後ろ姿を見送りながら、白金色の髪をした青年と帽子を目深に被った軍人の2人……
青年は、どこか安堵したようにため息をついた。

「…よかった」
「ん…?」

首をかしげた帽子を被った軍人が、青年に聞き返す。
青年は帽子を被った軍人に目を向けると、苦笑して答えた。

「んー…倉世くらせ右穂うすいが無事にこの場を離れられたから、かな。それと、アイツが僕らに気づかずにいてくれた事にだよ」
「あはは、なるほど。なら、俺に感謝しろよー?」

小さく笑った帽子を被った軍人は、言葉を続ける。

「いや…俺より珠雨しゅうに、かな?」
「…なら、2人に感謝するよ。それよりも、あれ」

はいはい、と軽くあしらうように答えた青年は続けた。
そして、青年が指差す方向――2人の軍人が殺された現場に視線を向けた帽子を被った軍人は、首をかしげて答える。

「あれか…?誰がどう見ても、殺人事件だな。ちょっと狂気じみてるけど…」

狂気じみている…という言葉に、同意して頷いた青年は思いをめぐらせた。

(そういえば、アイツ…さっき完成したものの一部を持って行ったけど、何処に持って…もしかして)

「まぁ…必然的に、そういう事になるよなー」
「えっ!?」

隣にいる帽子を被った軍人が頷きながら言うので、青年は思わず驚きの声をあげる。
お互いに顔を見合わせた後、青年は納得したようにため息をついた。

「いいや、毎度の事だし。それより、もう着くんだよね?」
「あぁ…みたいだな」

現場から離れた2人は、近くの窓から外に目を向ける。
空は薄っすらと明るく、どうやら夜明けが近いようだ。
そして、ゆっくりと朝焼けに染まりゆく夢明むめいの港が見えてきた。

「さぁーて、もうひと仕事…しないと、だ」

口元に笑みを浮かべて異口同音で言った2人は、事件現場とは反対方向へ向かって歩いていく。


***


「うふふ、もうすぐ…もうすぐで、に会える…これでやっと、あの子の望み――役に立つことができるのね…」

狂気をはらんだ笑みを浮かべ、大量の血で染まった衣服をまとう淑女が手紙を握り締めて呟いた。

――ここは飛行艇内にある、誰もいない……とある部屋。
この部屋で手紙を見つけた淑女は、床に力なく座り込んで何処か遠くを見ていた。

「だって、仕方ないじゃない。あの2人…私を追い出そうとしたんだもの」

独り言のように呟くと、また狂気じみた笑みを浮かべる。

…その時、淑女のいる部屋の扉をノックする音がし――ゆっくりと扉が開いた。
しかし、扉は少ししか開けられず…そっと腕だけがその隙間から中へ入ってくる。
その手には、何か――小さな瓶が握られており、それをゆっくり淑女に向けて転がすと……コロコロと転がった小瓶は、淑女の膝に当たると止まった。

小瓶の中身はどうやら液体らしく、中でゆらゆらと揺れている。
虚ろな眼差しで、小瓶の様子をうかがっていた。

「それを…それをお飲みになれば、早く回復できます。貴女の御子息である知草ちぐさ様に、お会いする事も叶いますよ」
「…あの子に?」

扉の向こうにいる人物はそう囁きかけると、腕を引っ込めて静かに扉を閉めた。
そして、そのまま扉の向こうの人物は去っていったらしく…その気配は無くなる。

しばらく小瓶を眺めていた淑女は、躊躇なく小瓶の蓋を開けて…そのまま一気に飲み干した。

「――これで…役に立てる、あの子の……」

飲み終えてからゆっくりと立ち上がると、握っていた空になった小瓶を床に落として割ってしまう。
飛び散った欠片を踏みしめながら、窓の外に目を向けた。

窓の向こう――夢明むめいの港が見えていた。
どうやら、港に着いたようだ。

「…私達の夢を邪魔をする人は…絶対に許さない…」

――アァ…早ク終ワラセナケレバ。

ふらふらと狂気じみた笑みを浮かべた淑女は部屋を出て、何処かへ向かっていった。


***
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

惑う霧氷の彼方

雪原るい
ファンタジー
――その日、私は大切なものをふたつ失いました。 ある日、少女が目覚めると見知らぬ場所にいた。 山間の小さな集落… …だが、そこは生者と死者の住まう狭間の世界だった。 ――死者は霧と共に現れる… 小さな集落に伝わる伝承に隠された秘密とは? そして、少女が失った大切なものとは一体…? 小さな集落に死者たちの霧が包み込み… 今、悲しみの鎮魂歌が流れる… それは、悲しく淡い願いのこめられた…失われたものを知る物語―― *** 自サイトにも載せています。更新頻度は不定期、ゆっくりのんびりペースです。 ※R-15は一応…残酷な描写などがあるかもなので設定しています。 ⚠作者独自の設定などがある場合もありますので、予めご了承ください。 本作は『闇空の柩シリーズ』2作目となります。

うたかた夢曲

雪原るい
ファンタジー
昔、人と人ならざる者達との争いがあった。 それを治めたのは、3人の英雄だった…―― 時は流れ――真実が偽りとなり、偽りが真実に変わる… 遥か昔の約束は、歪められ伝えられていった。 ――果たして、偽りを真実にしたものは何だったのか… 誰が誰と交わした約束なのか… これは、人と人ならざる闇の者達が織りなす物語―― *** 自サイトにも載せています。更新頻度は不定期、ゆっくりのんびりペースです。 ※R-15は一応…残酷な描写などがあるかもなので設定しています。 ⚠作者独自の設定などがある場合もありますので、予めご了承ください。 本作は『妖煌吸血鬼シリーズ』の1作目です。 [章分け] ・一章「迷いの記憶」1~7話(予定)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

処理中です...