堕ちし記憶の森は

雪原るい

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6話「夢明の悲劇」

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惨劇の現場を去る倉世くらせ右穂うすいの後ろ姿を見送りながら、白金色の髪をした青年と帽子を目深に被った軍人の2人……
青年は、どこか安堵したようにため息をついた。

「…よかった」
「ん…?」

首をかしげた帽子を被った軍人が、青年に聞き返す。
青年は帽子を被った軍人に目を向けると、苦笑して答えた。

「んー…倉世くらせ右穂うすいが無事にこの場を離れられたから、かな。それと、アイツが僕らに気づかずにいてくれた事にだよ」
「あはは、なるほど。なら、俺に感謝しろよー?」

小さく笑った帽子を被った軍人は、言葉を続ける。

「いや…俺より珠雨しゅうに、かな?」
「…なら、2人に感謝するよ。それよりも、あれ」

はいはい、と軽くあしらうように答えた青年は続けた。
そして、青年が指差す方向――2人の軍人が殺された現場に視線を向けた帽子を被った軍人は、首をかしげて答える。

「あれか…?誰がどう見ても、殺人事件だな。ちょっと狂気じみてるけど…」

狂気じみている…という言葉に、同意して頷いた青年は思いをめぐらせた。

(そういえば、アイツ…さっき完成したものの一部を持って行ったけど、何処に持って…もしかして)

「まぁ…必然的に、そういう事になるよなー」
「えっ!?」

隣にいる帽子を被った軍人が頷きながら言うので、青年は思わず驚きの声をあげる。
お互いに顔を見合わせた後、青年は納得したようにため息をついた。

「いいや、毎度の事だし。それより、もう着くんだよね?」
「あぁ…みたいだな」

現場から離れた2人は、近くの窓から外に目を向ける。
空は薄っすらと明るく、どうやら夜明けが近いようだ。
そして、ゆっくりと朝焼けに染まりゆく夢明むめいの港が見えてきた。

「さぁーて、もうひと仕事…しないと、だ」

口元に笑みを浮かべて異口同音で言った2人は、事件現場とは反対方向へ向かって歩いていく。


***


「うふふ、もうすぐ…もうすぐで、に会える…これでやっと、あの子の望み――役に立つことができるのね…」

狂気をはらんだ笑みを浮かべ、大量の血で染まった衣服をまとう淑女が手紙を握り締めて呟いた。

――ここは飛行艇内にある、誰もいない……とある部屋。
この部屋で手紙を見つけた淑女は、床に力なく座り込んで何処か遠くを見ていた。

「だって、仕方ないじゃない。あの2人…私を追い出そうとしたんだもの」

独り言のように呟くと、また狂気じみた笑みを浮かべる。

…その時、淑女のいる部屋の扉をノックする音がし――ゆっくりと扉が開いた。
しかし、扉は少ししか開けられず…そっと腕だけがその隙間から中へ入ってくる。
その手には、何か――小さな瓶が握られており、それをゆっくり淑女に向けて転がすと……コロコロと転がった小瓶は、淑女の膝に当たると止まった。

小瓶の中身はどうやら液体らしく、中でゆらゆらと揺れている。
虚ろな眼差しで、小瓶の様子をうかがっていた。

「それを…それをお飲みになれば、早く回復できます。貴女の御子息である知草ちぐさ様に、お会いする事も叶いますよ」
「…あの子に?」

扉の向こうにいる人物はそう囁きかけると、腕を引っ込めて静かに扉を閉めた。
そして、そのまま扉の向こうの人物は去っていったらしく…その気配は無くなる。

しばらく小瓶を眺めていた淑女は、躊躇なく小瓶の蓋を開けて…そのまま一気に飲み干した。

「――これで…役に立てる、あの子の……」

飲み終えてからゆっくりと立ち上がると、握っていた空になった小瓶を床に落として割ってしまう。
飛び散った欠片を踏みしめながら、窓の外に目を向けた。

窓の向こう――夢明むめいの港が見えていた。
どうやら、港に着いたようだ。

「…私達の夢を邪魔をする人は…絶対に許さない…」

――アァ…早ク終ワラセナケレバ。

ふらふらと狂気じみた笑みを浮かべた淑女は部屋を出て、何処かへ向かっていった。


***
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