堕ちし記憶の森は

雪原るい

文字の大きさ
上 下
30 / 140
5話「歯車の狂いし淑女」

しおりを挟む
「…いない?何処へ行ったんだ?」

ラウンジへとやって来た七弥ななやは、首をかしげて呟いた。

倉世くらせを探してラウンジへとやって来たのだが、肝心の倉世くらせ白季しらきの部屋にいるのだからラウンジにいるわけがない。
それを知らない七弥ななやは、ラウンジ内を見回してため息をついた。

「…あと、いそうなところは?」

胸ポケットから地図を出して、七弥ななやはもう一度ため息をつく。
急きょ、この飛行艇を使った為…七弥ななや自身、この飛行艇内すべてを把握しているわけではないのだ。
その上、この飛行艇の構造を熟知しているだろう右穂うすいはあまり協力的でなかった。
おそらく、わざと教えてくれなかったのだろうが。

(――どうしたものか…)

ラウンジを出た七弥ななやは、困ったように窓の外を眺めた。
もはや、途方に暮れているようにさえ見える状態だ。

(…こうなったら、誰に何と言われようと――草の根をかき分けるようにして、探しださなければいけないか)

もう…こうなると、意地である。
密かにそんな決意をし、七弥ななやが振り返ると…すぐ後ろの壁にもたれかかるようにして、帽子を目深に被った軍人がひとり立っていた。
それに気づき驚いた七弥ななやだったが、平然を装いながら声をかける。

「まさか…何故、この飛行艇に…?」
「何故?当り前だろう…が、ここに乗っているのだから。まさか、俺達に気づかれないよう何か…と言っても、俺達には何もかもバレバレだけどな。七弥ななや殿?」

帽子を被った軍人は小さく笑うと、帽子の鍔を少し上げた。
口元だけは笑っているが、その目はまったく笑ってはいない。

その事に気づいた七弥ななやは相手から目を逸らさず、ゆっくりと息を呑んだ。
今、目の前にいる帽子を被った軍人には見覚えがあった。

(…秘密警察隊の夕馬ゆうま隊長が、『あの街』にいたのか。しかし、一体何故…?)

帽子を被った軍人・夕馬ゆうま――彼は秘密警察隊のトップにいる男だ。
この男が、どのような任務に就いているのか…当たり前だが、七弥ななやであっても知る事はできない。

…おそらく、この飛行艇に乗っている――それは夕馬ゆうまの部隊の事だろうな、と理解した。
彼らならば……七弥ななやが秘密裏に事を進めようとも、いとも簡単に情報を入手できてしまうだろう。

それに気づけなかった七弥ななやは、内心で舌打ちした。

「で、夕馬ゆうま殿はどのようなご用が私に…?」
「用、って程じゃねーけどな。七弥ななや殿は、一体どうするつもりなのか…と、思ってね」

壁にもたれかかったまま、夕馬ゆうまは言葉を続ける。

希衣沙きいさは、どうあっても優先…あんたの命令を守るつもりはない。右穂うすいが制裁を加えても、考えを変えなかったようだし…だから、どーすんのかな~と思ってな」
「…希衣沙きいさの件は、すべてが終わってから何らかの処分を…と考えておりますが。まさか、そちらで彼を拘束するつもりですか?」

訝しげな七弥ななやは、目の前に立つ夕馬ゆうまを見た。
そんな七弥ななやの様子を、夕馬ゆうまはおかしそうに笑う。

「いーや、あのバカひとりを捕まえたところで何にもならないし。前々から、目障りではあるが…な」
「…だったら、私に改めて確認する必要はありませんよね?」

笑っている夕馬ゆうまの様子に、七弥ななやは苛立ちを隠さずに訊ねた。

「本当の、用件は何ですか?」
「んー…今回、お前がやった事の確認をしに――後、今回の件の『生き証人』をこちらに引き渡してもらおうかな~、と考えてな」

浮かべていた笑みを消した夕馬ゆうまが無表情なまま、七弥ななやに目を向ける。
七弥ななやも無言で、夕馬ゆうまの様子をうかがっていたが…やがて、小さく息をついて首を横にふった。

「…お断りします。証人の身の安全を守る事が『我が主』の命、故にそちらに引き渡す事はできません」
「ははは…だよなー。まぁ、少しでも穏便に済ませようと…俺が、勝手に考えただけだしな。んじゃ、こっちはこっちで自由にさせてもらおうかな…」

苛立ちを隠していない七弥ななやの様子に、夕馬ゆうまは笑みを浮かべたまま去っていった。
残された七弥ななやは、ただ静かに夕馬ゆうまの後ろ姿を見ているだけだ。

(夕馬ゆうま…何を企んでいるんだ、一体?その前に、希衣沙きいさを先に探さないといけなくなったか…くそっ)

探し人がひとり増えた事に、思わずため息をついた七弥ななやだが、先に探していた人物より探しやすいと考え直してラウンジへ戻った。
それは先ほど、ラウンジで肩をおさえる人影が視界の片隅にあったのを思い出したからだ。


***
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

惑う霧氷の彼方

雪原るい
ファンタジー
――その日、私は大切なものをふたつ失いました。 ある日、少女が目覚めると見知らぬ場所にいた。 山間の小さな集落… …だが、そこは生者と死者の住まう狭間の世界だった。 ――死者は霧と共に現れる… 小さな集落に伝わる伝承に隠された秘密とは? そして、少女が失った大切なものとは一体…? 小さな集落に死者たちの霧が包み込み… 今、悲しみの鎮魂歌が流れる… それは、悲しく淡い願いのこめられた…失われたものを知る物語―― *** 自サイトにも載せています。更新頻度は不定期、ゆっくりのんびりペースです。 ※R-15は一応…残酷な描写などがあるかもなので設定しています。 ⚠作者独自の設定などがある場合もありますので、予めご了承ください。 本作は『闇空の柩シリーズ』2作目となります。

うたかた夢曲

雪原るい
ファンタジー
昔、人と人ならざる者達との争いがあった。 それを治めたのは、3人の英雄だった…―― 時は流れ――真実が偽りとなり、偽りが真実に変わる… 遥か昔の約束は、歪められ伝えられていった。 ――果たして、偽りを真実にしたものは何だったのか… 誰が誰と交わした約束なのか… これは、人と人ならざる闇の者達が織りなす物語―― *** 自サイトにも載せています。更新頻度は不定期、ゆっくりのんびりペースです。 ※R-15は一応…残酷な描写などがあるかもなので設定しています。 ⚠作者独自の設定などがある場合もありますので、予めご了承ください。 本作は『妖煌吸血鬼シリーズ』の1作目です。 [章分け] ・一章「迷いの記憶」1~7話(予定)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

処理中です...