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4話「赦されざる咎人」
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(…いたた。右穂のやつ…手加減しないんだからなー)
通路の真ん中で、左肩を押さえた濃い紫色の髪をした男が座り込んでいた。
ほんの数十分前…右穂の説教を受けた後、背負い投げをされた上に起き上がったところを鳩尾に一撃食らったのだ。
(ったく…俺はただ頼まれただけだってーのに、容赦なしだったな……)
ため息をついた後、立ち上がると服に付いている埃をたたき落とす。
「ま、どうせアイツも罪人確定だからな。俺への暴行罪も、付け加えればいいか…」
男は呟くように言った。
そして、痛めた左肩を少し動かしていると、痛めている左肩を後ろから誰かにたたかれる。
「いっ…たぁ」
あまりの痛さに、彼は再び座り込んだ。
一体、誰が肩をたたいたのだろうか…?
座り込んだまま、振り返るように背後にいる人物を確認する。
そこには、黒髪の男が少し驚いた表情を浮かべて立っていた。
「ぁ、こ…これはこれは、杜詠殿でしたか……」
「何と言うか…すまなかったな」
痛みに耐えている男を見た杜詠は、申し訳なさそうに言う。
「何があったかは、あえて聞かないが…希衣沙殿、大丈夫か?」
「はい、大丈夫ですよ…」
肩をおさえながら立ち上がると、濃い紫色の髪をした男・希衣沙は痛みに耐えつつ笑みを浮かべた。
何か言おうと口を開きかけた杜詠だったが、希衣沙の言葉を信じてか…言うのをやめる。
何があったのか、大体の予想はついていたからなのだが……
「それならばいいが…無理するなよ」
それだけを言うと、希衣沙の痛めていない方の肩を軽くたたいて杜詠は去っていった。
痛くないとはいえ、たたかれた時の振動はいく……
希衣沙は、痛みでゆっくりとうずくまった。
(わざとやったな、あの医者……)
床を軽く殴り、自分に気合を入れた希衣沙は立ち上がる。
そして、肩を軽く鳴らして呟いた。
「くそっ、あいつに命じられた事をやらなければ…っと、その前に七弥隊長は何処へ行かれたかな…?」
周囲を見回した希衣沙はしばらく考えた末、ラウンジに向かった。
ラウンジへ行っても、肝心の七弥はいないのだが……彼はそれを知らない。
そんな希衣沙の様子を、誰かが物陰から静かに見つめていた……――
***
(……ここは、何処かしら?)
ラウンジの4人掛けソファーに座っている茶色の長い髪を、後ろでお団子に結った淑女が虚ろな表情を浮かべてラウンジ内をゆっくり見回していた。
(どのくらい…眠っていたのかしら?)
少し乱れた自分の髪を手櫛で梳いてお団子に結い直し、小さく息をついた。
「…あの子は、何処に行っているのかしら?あの人に見つかったら、大変な事になるのに」
「目が…覚めていたのか?」
辺りを見回していた淑女が小さく呟いていると、横から誰かに声をかけられた。
淑女が声のした方を振り向くと、そこにはラウンジへ戻ったばかりの杜詠が立っていた。
それに気づいた淑女は、やわらかな微笑みを浮かべて杜詠に声をかけた。
「あら…杜詠先生、どうしてここに…いいえ、違うわね。どちらに行ってらしたの?」
「…織葉」
その様子に、杜詠は驚いた表情を浮かべて淑女・織葉の隣に腰かけた。
「…急患を診てきただけだが、それよりも体調は大丈夫なのか…?」
「あら、私はどこも悪くなんかないですよ。ふふっ…おかしな杜詠先生」
クスクスと笑った織葉は、また辺りを見回すと言葉を続ける。
「そんな事よりも…ここは?確か、私は……」
「今は、飛行艇の中だ。織葉、今…我々は王都へ向かっている途中だ」
(どうやら、今は正気のようだな…)
そう考えた杜詠は、簡単に今の状況を話した。
織葉は納得したように頷くと、杜詠にさらに訊ねる。
「そう…杜詠先生、もしかしてあの子も捕まってしまったのかしら…?」
「あの子…?ぁ、織葉…それはだな」
悲しそうに俯いている織葉に、杜詠は複雑な感情のまま続ける。
「お前の息子の件…そして、今回の件だが――」
「…全部知っているわ。だって、あの子のお友達だっていう人が教えてくれたの。昨日こっそりと。そして、私に『力』をくれたの…あの子を守り、助ける『力』を」
にっこりと微笑む織葉に、杜詠は何も答えられなくなってしまった。
ただただ嬉しそうな様子の織葉を見て、杜詠は誰にも聞き取れないほどの小さな声で呟く。
「……『アレ』には、人の心を壊す特性がある…という事か。だとすれば…」
――我々は、なんと恐ろしいものを作ろうとしていたのだろうか…?
そして、誰が一体…織葉に『力』を与えたのだろうか…?
何者なのかはわからないが、やはり『復讐』なのか……
(貴方は誰よりも早くそれに気づいていて、すべてを知っていて…『アレ』を封じてらっしゃったのですね…)
杜詠は心の中で、ここにはいない誰かへ向けて言うと深くため息をついた。
その隣では、織葉が正気であるものの…何処か、狂気を含んだ微笑みを浮かべていた。
***
通路の真ん中で、左肩を押さえた濃い紫色の髪をした男が座り込んでいた。
ほんの数十分前…右穂の説教を受けた後、背負い投げをされた上に起き上がったところを鳩尾に一撃食らったのだ。
(ったく…俺はただ頼まれただけだってーのに、容赦なしだったな……)
ため息をついた後、立ち上がると服に付いている埃をたたき落とす。
「ま、どうせアイツも罪人確定だからな。俺への暴行罪も、付け加えればいいか…」
男は呟くように言った。
そして、痛めた左肩を少し動かしていると、痛めている左肩を後ろから誰かにたたかれる。
「いっ…たぁ」
あまりの痛さに、彼は再び座り込んだ。
一体、誰が肩をたたいたのだろうか…?
座り込んだまま、振り返るように背後にいる人物を確認する。
そこには、黒髪の男が少し驚いた表情を浮かべて立っていた。
「ぁ、こ…これはこれは、杜詠殿でしたか……」
「何と言うか…すまなかったな」
痛みに耐えている男を見た杜詠は、申し訳なさそうに言う。
「何があったかは、あえて聞かないが…希衣沙殿、大丈夫か?」
「はい、大丈夫ですよ…」
肩をおさえながら立ち上がると、濃い紫色の髪をした男・希衣沙は痛みに耐えつつ笑みを浮かべた。
何か言おうと口を開きかけた杜詠だったが、希衣沙の言葉を信じてか…言うのをやめる。
何があったのか、大体の予想はついていたからなのだが……
「それならばいいが…無理するなよ」
それだけを言うと、希衣沙の痛めていない方の肩を軽くたたいて杜詠は去っていった。
痛くないとはいえ、たたかれた時の振動はいく……
希衣沙は、痛みでゆっくりとうずくまった。
(わざとやったな、あの医者……)
床を軽く殴り、自分に気合を入れた希衣沙は立ち上がる。
そして、肩を軽く鳴らして呟いた。
「くそっ、あいつに命じられた事をやらなければ…っと、その前に七弥隊長は何処へ行かれたかな…?」
周囲を見回した希衣沙はしばらく考えた末、ラウンジに向かった。
ラウンジへ行っても、肝心の七弥はいないのだが……彼はそれを知らない。
そんな希衣沙の様子を、誰かが物陰から静かに見つめていた……――
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(……ここは、何処かしら?)
ラウンジの4人掛けソファーに座っている茶色の長い髪を、後ろでお団子に結った淑女が虚ろな表情を浮かべてラウンジ内をゆっくり見回していた。
(どのくらい…眠っていたのかしら?)
少し乱れた自分の髪を手櫛で梳いてお団子に結い直し、小さく息をついた。
「…あの子は、何処に行っているのかしら?あの人に見つかったら、大変な事になるのに」
「目が…覚めていたのか?」
辺りを見回していた淑女が小さく呟いていると、横から誰かに声をかけられた。
淑女が声のした方を振り向くと、そこにはラウンジへ戻ったばかりの杜詠が立っていた。
それに気づいた淑女は、やわらかな微笑みを浮かべて杜詠に声をかけた。
「あら…杜詠先生、どうしてここに…いいえ、違うわね。どちらに行ってらしたの?」
「…織葉」
その様子に、杜詠は驚いた表情を浮かべて淑女・織葉の隣に腰かけた。
「…急患を診てきただけだが、それよりも体調は大丈夫なのか…?」
「あら、私はどこも悪くなんかないですよ。ふふっ…おかしな杜詠先生」
クスクスと笑った織葉は、また辺りを見回すと言葉を続ける。
「そんな事よりも…ここは?確か、私は……」
「今は、飛行艇の中だ。織葉、今…我々は王都へ向かっている途中だ」
(どうやら、今は正気のようだな…)
そう考えた杜詠は、簡単に今の状況を話した。
織葉は納得したように頷くと、杜詠にさらに訊ねる。
「そう…杜詠先生、もしかしてあの子も捕まってしまったのかしら…?」
「あの子…?ぁ、織葉…それはだな」
悲しそうに俯いている織葉に、杜詠は複雑な感情のまま続ける。
「お前の息子の件…そして、今回の件だが――」
「…全部知っているわ。だって、あの子のお友達だっていう人が教えてくれたの。昨日こっそりと。そして、私に『力』をくれたの…あの子を守り、助ける『力』を」
にっこりと微笑む織葉に、杜詠は何も答えられなくなってしまった。
ただただ嬉しそうな様子の織葉を見て、杜詠は誰にも聞き取れないほどの小さな声で呟く。
「……『アレ』には、人の心を壊す特性がある…という事か。だとすれば…」
――我々は、なんと恐ろしいものを作ろうとしていたのだろうか…?
そして、誰が一体…織葉に『力』を与えたのだろうか…?
何者なのかはわからないが、やはり『復讐』なのか……
(貴方は誰よりも早くそれに気づいていて、すべてを知っていて…『アレ』を封じてらっしゃったのですね…)
杜詠は心の中で、ここにはいない誰かへ向けて言うと深くため息をついた。
その隣では、織葉が正気であるものの…何処か、狂気を含んだ微笑みを浮かべていた。
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