堕ちし記憶の森は

４話「赦されざる咎人」

５

パソコンに向かい、考え込む白衣の男の後頭部に何かが当たる。
――それは、小さな鉄の塊で……

「ふふっ…やーっと見つけたよ。まさか、こんなところにいるなんて…さすがの僕でも気づかなかったよ」

男の背後で、無邪気に笑いながら何者かが言う。

「この飛行艇の隠し部屋を知る者は、本当に少ないから…ねぇ、走水そうすい博士」
「っ…誰だ？」

白衣の男・走水そうすいは、視線だけを後ろへ向けた。
そこには、白っぽい服を着ている――白金色の髪をした人物が、銃口を走水そうすいに向けて立っていた。

走水そうすいは苦笑して、背後に立つ人物へと声をかける。

「ここには…確か、限られた者だけしか入れないはずだけど？」
「そうだね。でも、僕には『コレ』があるから何処でも出入り自由なんだ」

そう答えると、白金色の髪の人物は首にかけた『手のひらサイズの長方形のもの』を見せた。
走水そうすいが視線だけを後ろへ向けて、それを確認する。

「そ、れは珠雨しゅう教授の身分証……一体、何故？」
「何故…？君なら、その理由はわかっているよね？」

白金色の髪の人物は、持っている銃を走水そうすいの後頭部に何度か当てつつ言った。
その言葉に、走水そうすいは思い出したように息を飲んで口元に小さな笑みを浮かべる。

「…あぁ、そうか。お前は、珠雨しゅう教授のお気に入りの学生――確か、白季しらきくんか？」
「嬉しいなぁ…僕の事は覚えてくれていたんだね。君、自分が認めた者以外の名前は覚えようとしなかったのに…」

嬉しそうに微笑む白金色の髪の人物・白季しらきだったが、その目はまったく笑ってない。

「僕の事、少しは認めてくれていた…って事なのかな？」
「…あの珠雨しゅう教授が認めていた、という点で覚えていただけだよ。しかし、今日は一体何の用かな？あぁ、その銃は下してもらえるかい？そのままでは、少々話しにくい…」

自分の後頭部に向けられた銃口を指差して、走水そうすいは困ったような表情を浮かべた。
しばらく走水そうすいの様子をうかがっていた白季しらきであったが、ため息をついて銃を下げる。
…だが、下げただけで引き金から手を離さない。

走水そうすいは息を吐くと、ゆっくりと振り返った。

「……で白季しらきくんは何故、私を探していたのかな？」
「なんだか、その余裕な感じも腹が立つなぁ…まぁ、今はいいけど」

室内にあるソファーに腰掛けた白季しらきは、言葉を続ける。

「いくつか聞きたい事があってね…その前に、いいの？」
「…何が、かな？」

白季しらきの言葉に、走水そうすいは首をかしげた。
そして、思案するように顎に手をやった走水そうすいはパソコンをちらりと見る。

「あぁ…ならば、少し待ってもらえるかな？」

そう言うとパソコンに向き直り、キーボードをたたいて打ち込んでいく。
返信作業が終わるのを待つ間、何か気になったらしい白季しらきは走水そうすいに声をかけた。

「ところで、だけど…誰から？」
「綺乃あやのだよ。あの女、いち早く逃げ出していたのだけど……何故か、今になって連絡をよこしてきた」

キーをたたきながら、走水そうすいが呆れた口調で答える。
そして、数分で返信し終えるとソファーに座る白季しらきの方を再び向いた。

「…待たせてしまったね。それで、用件は何かな？」
「その前に、綺乃あやのは何て言ってきたのかな？」

ソファーの肘掛け部分に腕を置いた白季しらきは、さして興味なさげに訊ねる。
白季しらきの、そんな様子に走水そうすいが苦笑して答えた。

「なーに、たいしたことではないよ。ただ…私の持つ『あの情報』が欲しいだけ、だろうがね」
「ふーん、君が持っている情報なんて…さほど重要なものではないのにね」

口元にだけ笑みを浮かべた白季しらきは、肘掛けに置いた方の手で頬杖をつく。

「大体さ、盗み取ったもの……しかも、断片的な資料だけで成功するとは思えないけどね」
「な…ん、だとっ!?」

白季しらきの言葉に、走水そうすいの顔から笑みが消えた。
そして、怒りをこらえたものに変わり……

「盗み取った、とは心外だな…ここにあるものは、私が襲撃者たちから護った我々の研究成果だ！今回だけしか参加していないお前に、一体何がわかると言うんだっ!!」

机に置かれた書類や資料を叩いた走水そうすいが白季しらきを睨みつけ、怒鳴るように言った。
だが、白季しらきは物怖じせず…そんな走水そうすいの様子に笑う。

「あはは、我々の研究成果？笑わせないでくれるかな。君の持つ『それ』は、数年前に一度完成した時から不完全なもの…君達の成果、と言えるような代物ではないよね」
「…お前、一体何を知っている？」

笑っている白季しらきの様子で、何かを察した走水そうすいは低い声で訊ねた。

「あれは――確かに、我々が研究し始める数年前から研究されていたものだ……今回初めて参加したお前が、資料に書かれていたもの以外の内容を知り得るはずがない。まさか…珠雨しゅう教授が、極秘事項を話したのか？」
「まさか…さすがの珠雨しゅうでも、研究内容を簡単に口外するわけがないよ」

そう答えて、小さく笑う。

「ねぇ…倉世くらせも完成させる事ができなかった『それ』を、君は完成させられるのかな？」
「まさか、倉世くらせから何か聞いたのか…？まぁ、いい…何が足りぬのかは、ここにある資料で大体わかっている。すぐにでも、完成させられるだろう」

目の前のソファーに座る白季しらきの様子をうかがいながら、走水そうすいは言った。
そして、走水そうすいは『白季しらきの話の意味』を考える。

（一体、どういう事なんだ？七弥ななやの話では、倉世くらせは記憶を無くしているはずではなかったか…？まさか、すぐに記憶を取り戻していたのか…それならば、何故ここに来ない…？）

黙り込んだ走水そうすいの様子を見て、楽しそうに笑いながら白季しらきは言う。

「ふふっ…『一体、どういう事なんだ？』と考えているのかな？」
「っ!?」

白季しらきの言葉に、走水そうすいは小さく息を飲んだ。
その様子に笑みをおさえた白季しらきは、言葉を続ける。

「図星、顔にそう書いてあるから。なら、すぐにでも完成させてもらおうかな？」
「お前は…一体、何が目的だ？第一、私が素直に協力すると――」

走水そうすいが言い終える前に、乾いた音と共に何かが彼の頬をかすめると後ろの壁に小さな穴が開いた。
驚いた走水そうすいが白季しらきを見ると、にっこりと微笑んだ白季しらきが銃口を走水そうすいに向けて撃っていた。

「今のは、わざとだよ…次は当てる」
「…脅しか？だが、今の銃声で誰かがここに来るかもしれないぞ？大体、この部屋は警備という名の監視が何処よりも厳重なのだから」

頬についた血を指でなぞった走水そうすいは、扉の方を視線だけで指す。
だが…白季しらきは扉の方に視線を向けた後、あまり気にした様子を見せず微笑んだ。

「…いたかなぁ、そんな人達？まぁ…疲れて眠っている人達なら、何人かいたけどねぇ」
「……なるほど、先に手を打っておいたという事かな？」

苦笑した走水そうすいは、降参だと両手を軽く上げた。

「わかった、お前の言う通りにしよう。ただし……」
「ただし？」

白季しらきが不思議そうに首をかしげると、走水そうすいはにっこり微笑んで言った。

「私ひとりでは、手が足りない。白季しらきくん、その銃を下ろして…手伝ってもらえるかな？」

一瞬、驚いた表情を浮かべる白季しらきだったが口元だけに笑みを作ると銃を下ろした。


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