堕ちし記憶の森は

雪原るい

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3話「憎しみと悲しみと裏切りと…」

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さすがに、そんなツッコミを入れていいものなのか…困っていると、右穂うすいが首をかしげる。

「どうかされましたか?あぁ…倉世くらせ様、ご心配なく。この水性ペンで書きますので」
「……そうか」

違う…そういう心配じゃないっ!
いや、そもそもこの飛行艇の責任者が俺なのだから細かい事を気にしてはダメなのだろうな……

そう考え直して頷いた。
右穂うすいも俺が納得した事に満足げに微笑むと、ペンのキャップを取っていつでも書けるよう準備する。

(ぇ、書いていいんだ……あれ、落ちにくいタイプの水性インクのペンだよね?)

一瞬だけ、白季しらきは驚いていたんだが――それは、右穂うすいが持つペンの特性に気づいたかららしい。
…後になって、白季しらきが教えてくれた。

気を取り直した俺は、目が覚めてから先ほどまでにあった事をひとつひとつ思い出しながら口を開いた。

目が覚めた時、俺は何故か怪我をしており…記憶がきれいに無くなっていた事。
この飛行艇の責任者が、自分である事。

記憶を失う前、事件で玖苑くおんの街が廃墟と化したらしい事。
その事件に俺と紫鴉しあ博士が関わっており、すべてを知っているであろう紫鴉しあ博士が秘密裏に殺害された事。

織葉おりはに襲われた際、感じた罪悪感のようなもの……
そして、七弥ななやが俺の知らない何かを知って憎しみに近い感情を持っている事。

――などを俺が言葉にする度、右穂うすいは白い壁に書き込んでいく。
気がつけば、その壁にはぎっしり文字だらけになっていた。

「うーん…手がかりがありそうで、無さそうな感じだね」
「た、確かに……」

白季しらきの言葉に、俺は頷くしかなかった。
右穂うすいも、書き出したものを見つめ…何か考え込んでいる様子だ。

――しばらくの間、3人で考え込んでいると…右穂うすいが何かに気づいたように言った。

「そういえば…あの場で何故、希衣沙きいさを発表したのかわかりませんね。七弥ななや殿の様子では、そこまでする予定ではなく――貴方に見せる事で何か思い出すのではないか、という危険な賭けのようなつもりだったのでしょうが」
「…多分、本当に記憶を失っているのかどうかの確認の為で――倉世くらせがどうにか伏せて読むとでも思ったんだと思うけど…それにしては、ちょっと悪意を感じたね」

右穂うすいの言葉に、頷いて口を尖らせた白季しらきは言う。

「あの感じ…七弥ななやが考えた筋書きじゃないのかもしれないね。別の誰か――多分、軍人じゃない誰かさんで希衣沙きいさと繋がっている…とかかな?」
「…では、あれは一体……」

誰が何の目的で、あの文章を作ったのか……いや、目的は街を滅ぼした事の復讐なのかもしれないが。
だが…それでも、何かが違う。

俺は、あの時…確か、していたはずで――

倉世くらせ様!!」
倉世くらせ、大丈夫かい!?」

右穂うすい白季しらきの慌てた声に、俺は我に返った。
知らぬ間に自分の頭をおさえて、うずくまっていたようだった……

俺を診察した白季しらきは、少し休むよう言った。
…確かに、急に疲れが出てきた感じはしている。
右穂うすいがベッドを整えてくれたので、このままこの部屋で少し休む事にした。
――できれば、夢の中で失われた記憶の手がかりが見つかるといいのだが……


***


「……やはり、こちらに上がっていた報告書は偽物でした。葎名りつな様」

淡い紫色の髪をした青年が、椅子に腰かけている黄緑色の髪をした青年・葎名りつなに囁いた。
報告を聞いた葎名りつなは小さく舌打ちすると、テーブルに置かれている数枚の書類を指で弾く。

「そうか…という事は、少々面倒になりそうだね。殿下の命とはいえ…ねぇ、斐歌あやうた
「はい…今回の件を裏で操っている者をはっきりさせなければ、さらにややこしい事態になりかねません」

主である葎名りつなの言葉に、青年・斐歌あやうたが深く頷いた。
葎名りつなはテーブルに置かれた書類を持つと、斐歌あやうたに手渡す。

「そうだね…が国外に持ち出されてしまうと、世界的な問題になりかねない……」
「あの方も、それを一番に危惧されておられると思います」

困った表情を浮かべる葎名りつなに、斐歌あやうたは声を潜めて言った。

「…七弥ななやを問い質しますか?」
「うーん、問い質しても答えられないだろうね…彼は、の人間なんだから。仕方ない…夢明むめいの港に着き次第、全員拘束をに伝えておいてくれるかい」

小さく首を横にふった葎名りつなは、深くため息をついて斐歌あやうたに命じた。
斐歌あやうたは頷いて答えると、処分する書類を手に部屋を出る。

ひとり残された葎名りつなは、目の前にある画面を見た。
そこには、のいる部屋が映し出されていた――

「今は…こうやって様子を見守る事しか、私にはできないよ……倉世くらせ

顔の前で手を組んだ葎名りつなは、小さく呟いたのだった。
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