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3話「憎しみと悲しみと裏切りと…」
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…誰にも気づかれぬようにため息をついた七弥は、部屋に備え付けられているデスクに向かう白衣を着たひとりの男に声をかけた。
「…博士、もうお加減はよろしいのですか?」
「ん…?」
デスクの上に置かれたキーボードから手を離し、振り返った男は自分の赤みのある金髪をかきながら答える。
「あぁ…おかげで、だいぶ良くなったよ。ありがとう、七弥殿――しかし、まさか彼が生きていたとは……」
「…はい。つきましては、今回の件を証言して――」
困惑した様子の男に、七弥は無表情に言った。
彼の言葉に、男はゆっくり頷くと答える。
「わかっているよ…あの出来事を間近で目撃していたのは、この私だからね。きちんと証言はする。あぁそうだ――」
白衣の男が何かを思い出したかのように手をたたき、七弥に訊ねる。
「彼らには、私が生きている事を伏せてくれたかな?まぁ、彼は忘れてしまっているようだけど…」
「…もちろんです、走水博士。貴方の身を護るよう、あの方から命じられておりますから」
頷いて答えた七弥に、白衣の男・走水は安心したように微笑んだ。
そして、再びパソコンに向かうとキーを打ちながら言う。
「…また、何かあったら知らせてくれるかな?」
「はい…そういえば、博士――」
頭を下げて部屋を出ようとした七弥は思い出したように、走水に声をかけた。
「…失礼ですが、あの件――つまり、事件の詳細などを誰かにお話しされましたか…?」
「ん?いや…私は君に保護されてから、ずっとこの部屋にいたよ」
首だけを七弥の方に向けた走水が、言葉を続ける。
「七弥殿…君以外、誰もここへは来ていない。だから、誰にも話をしていないよ」
「……そうでしたか。申し訳ありません」
頭を深く下げた七弥は、静かに部屋から退出した。
七弥が出ていくのを見送った走水は、ゆっくりとデスクの上に置かれた書類を見て笑みを浮かべる。
(一体、何の確認だったのか…?まぁ、いい。邪魔な紫鴉博士はいなくなった…その上、倉世も記憶を無くしている。これで手に入る――これは、もう私のものだ…はははは)
***
杜詠が去った後、俺と白季はお互い何も話さず…ただ、静かに立っていた。
――今、明るい話題を話す雰囲気でないのもある。
お互いに何を、どういう話題をふればいいのか…わからない感じだった。
「倉世様、どうかされましたか?」
困っていると、誰かに声をかけられた。
声の主は、暖かい飲み物の入った紙コップを2つ手に持った右穂と名乗る人物だ。
「お疲れでしょう…?温かい飲み物をどうぞ」
右穂は微笑みながら、俺と白季に紙コップを手渡す。
――中身は、甘い香りのするココアだった。
「ど、どうも…」
「わぁ、ありがとう」
俺と白季は右穂に礼を言った後、温かなココアを飲んだ。
「…美味しい」
「うん、すごく…いつも飲むやつより美味しいなぁ」
普通に市販されているココアより美味しい…と、白季は言っていたな。
それを聞いた右穂は嬉しそうに微笑んだ後、不思議そうな表情を浮かべながら訊ねる。
「それはよかった…ところで、どうかされましたか?」
「ぁ…いや、紫鴉博士の事を少し…な」
別に隠す事でもないだろう…と考え、俺は右穂にこれまで得た情報を話した。
すると、右穂が納得したように頷いて口を開く。
「なるほど、やはり彼らが――私は、直接お会いした事はありませんでしたが…何度か、お話した事ならありますよ」
「…そうなのか?」
少し驚いている俺に、右穂は微笑みながら答えた。
「はい。貴方が席を外してらっしゃる時に、ですが」
「なるほど…な」
納得して頷いた俺に、右穂は可笑しそうに言う。
「――後は…着ぐるみを着て、倉世様の仕事部屋にいらっしゃった事もありますよ」
「……は?」
右穂の言葉に、思わず訊き返した。
今…何か、脱力するような事を聞いたかもしれない……
「も、もしかして…姿を誰かに見られないために、か?」
「まぁ…そのようなものでしょうね。あの方は、他国から狙われていらっしゃいましたから…」
右穂が、小さく笑いながら答えた。
――確かに…軍の機密を握っているだろう紫鴉博士は、他国は喉から手が出るほど欲しい存在だろう。
公の場に姿を現さないのは、狙われるリスクを少しでも下げる為なのだろう…が、だ。
着ぐるみを着て…は、何か違う意味で目立つのではないだろうか?
警戒して…用心して、なのだろうが。
俺が首をかしげていると、右穂は言葉を続ける。
「なんでも…かわいいウサギの着ぐるみを雑誌で見つけ、即購入されたそうですよ。それを貴方にお見せしたから、と…」
「…………」
…これまで聞いた話を総合しても、だ。
紫鴉博士のイメージ像が、まったく思い浮かばない――思い出せない。
だが、ひとつだけわかった……
「…つまり、紫鴉博士というのは――すごい人物だが、変な…いや、子供っぽいところがあるのか」
「当たらずとも遠からず、という感じだね」
俺の呟きに、白季は苦笑しながら言った。
多分、白季も俺と同じ感想を持ったんだろうな……
「紫鴉博士は、存在自体が『国家機密』みたいなものですからね」
「それにしても、だな……」
俺が信頼できる人物だと思われていたのは嬉しいが、何だろうな…この脱力感は。
「…倉世様、どうかされましたか?」
「いや…なんでもない」
右穂が首をかしげながら、脱力している俺に訊ねてきたので…とりあえず、首を横にふって答えておいた。
さすがに、紫鴉博士の事で脱力したとは言えないからな……
小さく息をついた後、俺は右穂に『ある事』を頼む事にした。
「…すまないが、何処か落ち着ける部屋を用意してもらえないか?」
「ぁ、はい…それは大丈夫ですよ」
そう答えると、右穂は俺と白季をラウンジから連れ出した。
そして、案内されたのは――
「……僕の泊まっている部屋?」
「はい」
案内された部屋を見た白季がきょとんとしながら呟くと、右穂は頷く。
「この飛行艇は物資などを運ぶ目的で基本的に設計されているので、あまり部屋がないのです…」
「あぁ…なるほどね。ここなら、誰も何かを仕掛けられないだろうし……」
納得したように頷いた白季は、部屋に備え付けられたベッドに座った。
俺はとりあえずデスクの椅子を、右穂や白季の方に向けて腰かける。
「…まずは今までの、俺が知った情報をもう一度まとめようかと思う」
「はい…では、私がこちらにメモいたします」
そう言って、右穂は白い壁を叩く。
――って、それは落書きの部類に入らないか?
「…博士、もうお加減はよろしいのですか?」
「ん…?」
デスクの上に置かれたキーボードから手を離し、振り返った男は自分の赤みのある金髪をかきながら答える。
「あぁ…おかげで、だいぶ良くなったよ。ありがとう、七弥殿――しかし、まさか彼が生きていたとは……」
「…はい。つきましては、今回の件を証言して――」
困惑した様子の男に、七弥は無表情に言った。
彼の言葉に、男はゆっくり頷くと答える。
「わかっているよ…あの出来事を間近で目撃していたのは、この私だからね。きちんと証言はする。あぁそうだ――」
白衣の男が何かを思い出したかのように手をたたき、七弥に訊ねる。
「彼らには、私が生きている事を伏せてくれたかな?まぁ、彼は忘れてしまっているようだけど…」
「…もちろんです、走水博士。貴方の身を護るよう、あの方から命じられておりますから」
頷いて答えた七弥に、白衣の男・走水は安心したように微笑んだ。
そして、再びパソコンに向かうとキーを打ちながら言う。
「…また、何かあったら知らせてくれるかな?」
「はい…そういえば、博士――」
頭を下げて部屋を出ようとした七弥は思い出したように、走水に声をかけた。
「…失礼ですが、あの件――つまり、事件の詳細などを誰かにお話しされましたか…?」
「ん?いや…私は君に保護されてから、ずっとこの部屋にいたよ」
首だけを七弥の方に向けた走水が、言葉を続ける。
「七弥殿…君以外、誰もここへは来ていない。だから、誰にも話をしていないよ」
「……そうでしたか。申し訳ありません」
頭を深く下げた七弥は、静かに部屋から退出した。
七弥が出ていくのを見送った走水は、ゆっくりとデスクの上に置かれた書類を見て笑みを浮かべる。
(一体、何の確認だったのか…?まぁ、いい。邪魔な紫鴉博士はいなくなった…その上、倉世も記憶を無くしている。これで手に入る――これは、もう私のものだ…はははは)
***
杜詠が去った後、俺と白季はお互い何も話さず…ただ、静かに立っていた。
――今、明るい話題を話す雰囲気でないのもある。
お互いに何を、どういう話題をふればいいのか…わからない感じだった。
「倉世様、どうかされましたか?」
困っていると、誰かに声をかけられた。
声の主は、暖かい飲み物の入った紙コップを2つ手に持った右穂と名乗る人物だ。
「お疲れでしょう…?温かい飲み物をどうぞ」
右穂は微笑みながら、俺と白季に紙コップを手渡す。
――中身は、甘い香りのするココアだった。
「ど、どうも…」
「わぁ、ありがとう」
俺と白季は右穂に礼を言った後、温かなココアを飲んだ。
「…美味しい」
「うん、すごく…いつも飲むやつより美味しいなぁ」
普通に市販されているココアより美味しい…と、白季は言っていたな。
それを聞いた右穂は嬉しそうに微笑んだ後、不思議そうな表情を浮かべながら訊ねる。
「それはよかった…ところで、どうかされましたか?」
「ぁ…いや、紫鴉博士の事を少し…な」
別に隠す事でもないだろう…と考え、俺は右穂にこれまで得た情報を話した。
すると、右穂が納得したように頷いて口を開く。
「なるほど、やはり彼らが――私は、直接お会いした事はありませんでしたが…何度か、お話した事ならありますよ」
「…そうなのか?」
少し驚いている俺に、右穂は微笑みながら答えた。
「はい。貴方が席を外してらっしゃる時に、ですが」
「なるほど…な」
納得して頷いた俺に、右穂は可笑しそうに言う。
「――後は…着ぐるみを着て、倉世様の仕事部屋にいらっしゃった事もありますよ」
「……は?」
右穂の言葉に、思わず訊き返した。
今…何か、脱力するような事を聞いたかもしれない……
「も、もしかして…姿を誰かに見られないために、か?」
「まぁ…そのようなものでしょうね。あの方は、他国から狙われていらっしゃいましたから…」
右穂が、小さく笑いながら答えた。
――確かに…軍の機密を握っているだろう紫鴉博士は、他国は喉から手が出るほど欲しい存在だろう。
公の場に姿を現さないのは、狙われるリスクを少しでも下げる為なのだろう…が、だ。
着ぐるみを着て…は、何か違う意味で目立つのではないだろうか?
警戒して…用心して、なのだろうが。
俺が首をかしげていると、右穂は言葉を続ける。
「なんでも…かわいいウサギの着ぐるみを雑誌で見つけ、即購入されたそうですよ。それを貴方にお見せしたから、と…」
「…………」
…これまで聞いた話を総合しても、だ。
紫鴉博士のイメージ像が、まったく思い浮かばない――思い出せない。
だが、ひとつだけわかった……
「…つまり、紫鴉博士というのは――すごい人物だが、変な…いや、子供っぽいところがあるのか」
「当たらずとも遠からず、という感じだね」
俺の呟きに、白季は苦笑しながら言った。
多分、白季も俺と同じ感想を持ったんだろうな……
「紫鴉博士は、存在自体が『国家機密』みたいなものですからね」
「それにしても、だな……」
俺が信頼できる人物だと思われていたのは嬉しいが、何だろうな…この脱力感は。
「…倉世様、どうかされましたか?」
「いや…なんでもない」
右穂が首をかしげながら、脱力している俺に訊ねてきたので…とりあえず、首を横にふって答えておいた。
さすがに、紫鴉博士の事で脱力したとは言えないからな……
小さく息をついた後、俺は右穂に『ある事』を頼む事にした。
「…すまないが、何処か落ち着ける部屋を用意してもらえないか?」
「ぁ、はい…それは大丈夫ですよ」
そう答えると、右穂は俺と白季をラウンジから連れ出した。
そして、案内されたのは――
「……僕の泊まっている部屋?」
「はい」
案内された部屋を見た白季がきょとんとしながら呟くと、右穂は頷く。
「この飛行艇は物資などを運ぶ目的で基本的に設計されているので、あまり部屋がないのです…」
「あぁ…なるほどね。ここなら、誰も何かを仕掛けられないだろうし……」
納得したように頷いた白季は、部屋に備え付けられたベッドに座った。
俺はとりあえずデスクの椅子を、右穂や白季の方に向けて腰かける。
「…まずは今までの、俺が知った情報をもう一度まとめようかと思う」
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