堕ちし記憶の森は

雪原るい

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2話「狂気のはじまり」

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「ところで…」

思い出したように白季しらきが、七弥ななやに目を向けると声をかけた。

「…君が七弥ななやだね、倉世くらせから話は聞いているよ」
「そうか…一体どのような話をしていた事やら、だな」

そう言って七弥ななやは、ちらりとこちらを見た。
おそらく、記憶を失う前の事だろうから何を話したか…今の俺は知らないぞ。

俺の表情を見ていた白季しらきが、楽しそうにクスクスと笑う。
もしかして、七弥ななやについて…な、何か言ったのだろうか……?

「別に、悪い話をしていたわけじゃないよ」

白季しらきは笑いながら、疑いの眼差しをこちらに向けている七弥ななやに言葉を続けた。

だと、聞いただけだよ」
「…まぁ、記憶のない今となっては…それが本当かどうかわからないがな」

むっとしている七弥ななやは、疑いを含んだように言った。
本当に疑い深いヤツだ……
これでは、まだ俺の記憶が失われた事も本当かどうか疑っていそうだな……

「ふふっ…本当だよ。ところで――」

楽しそうに笑っていた白季しらきは、ため息をついている七弥ななやに訊ねる。

「もしかして、君は倉世くらせを迎えに来たのかな?」
「…えっ?ぁ……」

白季しらきの言葉に、俺は急いで時間を確認しようとしたんだが…自分が時計を持っていない事を思い出した。
その様子を見ていた七弥ななやがもう一度ため息をつくと、自分のしていた腕時計を俺に見せる。

「ああ…約束の30分は、とうに過ぎている」
「だよな……」

――結局、練習らしい練習はできなかったか……
もう、どうなってもいいな……

「…とにかく、やってもらうからな。倉世くらせ

不気味なほど優しく言った七弥ななやは、俺の肩に手を置いた。
――もう覚悟を決めろ、という事だな。

「…ところで、七弥ななや

ある事が気になり、七弥ななやに訊ねた。

「お前…いつから見ていた?」
「…そうだな。白季しらき音瑠ねるが言い合い始めて、わりとすぐ…くらいかな」

……そうか。
やはり、七弥ななやに目撃されていたか……

俺は大きくため息をついて、窓の外に目をやる。
夕焼け色だった空は、すっかり闇空に染まりきっていた……


***


――俺達3人は、ラウンジへ向かって歩いた。
実際、ラウンジまでは歩いて1分くらいの場所にいたらしく…すぐに着いた。

はぁ…気が重い……

苦笑した白季しらきは、俺の肩をたたいて声をかけてくる。

「それじゃ、僕は先に入っているよ…っと、忘れるところだった」

白季しらきが俺に、そっと挨拶用の台本を返すと微笑んだ。

「…頑張るんだよ」
「ぁ、ああ……」

その言葉に頷くと、白季しらきはラウンジの中へ入っていった。

「…さて、と。倉世くらせ……これだけは言っておく」
「な、何だ?」

七弥ななやは俺の隣に立つと、扉に触れながら小声で囁く。

「…驚くなよ?」
「何度も、言わずともわかっているぞ…」

改めて念を押してきた七弥ななやを軽く睨み、俺は言い返した。

「練習は、まったくできていないが…腹はくくっている」
「それならばいいんだが……」

何故か七弥ななやは、少し心配そうな表情を浮かべている。
俺が七弥ななやの立場ならば、同じような心境になるかもしれないな…


***
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