うたかた夢曲

雪原るい

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6話「王女と従者と変わり者と…」

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「とりあえず、ベアトリーチェ様にとっては初めての仕事になりますが――」

クリストフが目の前に立つセネトと王女に一枚の紙を差し出すと、それを受け取ったセネトは代わりに内容を読んだ。

「えーっと、『フローラント郊外にある廃墟に棲みついた亡霊の浄化』か。もれなく、絶対に"眠れぬ死者"も発生してるだろ…」
「"眠れぬ死者"の方は、2人で力を合わせれば問題ないと思いますが…あるとすれば、亡霊の方ですかね」

2人の顔を見ながら、クリストフは今回の件について説明しはじめる。

「元々、この廃墟にはひとりぼっちの少女の亡霊が住んでいたんです…どうやら、が勝手に住みついたようで――」

クリストフの話によると…その、どこかの魔術士が廃墟で他の亡霊を召喚して棲みつかせたらしい。
そして、廃墟を訪れる人々を襲い…時には、殺害しているようだという。

元々住んでいた少女の亡霊も、魔術士の魔力に影響されたのか…はたまた、召喚された亡霊達の邪気のせいなのか…正気を失っており、襲い掛かってくるようになったそうだ。

「なるほど…わかりました!私達でその亡霊を倒しながら、少女の霊を正気に戻せば良いのですね」

両手をたたいたベアトリーチェの言葉に、同じ事を考えたセネトは付け足すように口を開く。

「それと、その…どこかのバカ魔術士を捕まえる事もだろ、クリストフ?」
「まぁ…簡単に言ってしまえば、そういう事になりますね」

ゆっくり頷いたクリストフは、セネトの方に視線を向けて言葉を続けた。

「セネト…わかっているでしょうが、退魔士なのですから亡霊などに瞬殺されるようなヘマはやめてくださいねぇ」
「うっ…まぁ、もちろん?」

クリストフの言葉の裏に「もしもの時は、あなたが盾になるんですよ?」という意味が含まれると気づいたセネトは口元をひきつらせて答える。
ほぼ拒否権のないセネトとクリストフの会話を聞いていたベアトリーチェは、2人のやり取りの真意に気づかずにっこりと微笑んだ。

「まぁ、頼もしいです!頼りにしてますね、セネト様」
「え、ははは…任せてくれ!と、ところで…クリストフ――」

無邪気に微笑んでいるベアトリーチェにつられ、頬をひきつらせたセネトは話題を変えようとクリストフへ声をかける。

「なんつーか、情報がはっきりしきってるというか…依頼者は何者なんだ?」

セネトがクリストフから受け取った一枚の紙――今回の仕事内容の書かれている書類ものには、廃墟の状況や住みついた魔術士がおこなった事…少女の霊が正気を失っている事など、少々詳し過ぎるという疑問を口にしたのだ。
疲れたようにため息をついたクリストフが、遠い目をさせながら答えた。

「廃墟の状況で被害者の有無だけは、管理をしている方が確認していましたからね。あと、わからなかった部分は…昨夜のうちに情報屋に頼りました。それと、依頼者は――その、管理をしている方のひとりだと聞いてます」

あぁ、それで状況がわかったんだな…と納得したセネトだったが、さっきから自分の顔を見てはため息をつくクリストフに首をかしげる。

彼が何度も、ため息をついている理由わけ…それは、昨夜呼んだ情報屋と会った時の事――




ストレス発散も兼ねたクリストフは、フローラント郊外にある墓地で"眠れぬ死者"を討伐していた…もちろん、護衛としてキリルをつれて。
どうやら、この場所に情報屋を呼んだらしく…待っている間に"眠れぬ死者"を討伐していたようだ。

ある程度討伐し終えた頃、不意にクリストフに向けて声がかけられた。
――その声の主は、共にいるキリルのものではない。

「これはこれは、ご苦労様です。して、クリストフ様…私めに何かご用ですか?」

現れたのは青い髪に黒い帽子を被り、深緑色のコートを着た男だ。
怪しげな笑みを浮かべて優雅に腰を折り訊ねると、クリストフは一枚の紙を彼に手渡した。

不思議そうに首をかしげ受け取った情報屋の男は、ざっと内容を読むと口を開く。

「おやおや――これは夕刻前に、クリストフ様がエレディアの青年より受け取られたものですね。あー…廃墟となっている『エリシカ・メニートの屋敷』、ですか?」
「あなたの事ですから、僕が何を知りたいのか…もうわかっていますよね?教えてくれますか、シルヴェリオ…」

まだ少し残っている"眠れぬ死者"の討伐をキリルひとりに任せたクリストフは、情報屋の男・シルヴェリオに訊ねる。
帽子を少し上げたシルヴェリオは紙をクリストフに返し、顎に手をあててそれに答えた。

「そうですね…あの廃墟に、はぐれの魔術士が独り住み着いているようです。術式の構成、魔力の使い方…どれをとっても、エリシカ・メニートの流れを汲んだ者で間違いないでしょう」

この魔術士の目的が昔あったという事件の再現である、と前置きしたシルヴェリオは言葉を続ける。

廃墟に住まう少女の霊が正気を失っている事、少女と魔術士は顔見知りである事やエリシカ・メニート本人は不在であるとまでを語ると小さくため息をついた。

「…あの幼い少女に、彼らは惨い事をする」
「確かに、彼女は…訪れた者と話をするのが大好きな子でしたからね。それを――」

眉をひそめたクリストフが呟くと、シルヴェリオは同意するように頷く。
…しばしの沈黙の後、不意にシルヴェリオが口を開いた。

「今も昔も…本当に、彼らは変わらないものですね。あぁ、そうだ…いつも通り、料金の方はいいですよ。君のお父上から頂いていますし――それより、今宵も面白いお話を聞いていかれますか?」

なんとなくだが嫌な予感しかせずクリストフが口元をひきつらせて拒否するように首を横にふったが、シルヴェリオは知っておいた方が良いと囁いたのだ。
――それが自分の元に胃薬が届けられた件に関係しているのを知って、クリストフはもう笑うしかなかった……




「…情報を得られたまでは良かったのですが、知りたくもない事も知るはめになって本当に笑うしかなかった」

大きくため息をついたクリストフに、セネトは慌てて身振り手振りで説明する。

「い、いや…その、あれは事故のようなもんだって。それよりも…そう、今日はキリル休みなのか?」

話を逸らそうするセネトの目論見に気づいたクリストフは、これ以上訊きだすのも自分の精神衛生上よろしくないと判断して目論見に乗ろうとする――が、それよりも先に今まで静かに控えていたイオンが口を開いた。

「キリルなら本日、彼の従甥達に呼ばれて留守ですが…彼に何か用でも?」

どうやら、昨日の件での請求が自分の主人クリストフに届けられなかったので機嫌の良いイオンにセネトは暑くもないのに汗をかいてしまう。
ゆっくりとベアトリーチェの方を向いたセネトは、きょとんとしているベアトリーチェに声をかけた。

「は、ははは…じゃ、行こうか。ベアトリーチェ様」

このままここにいては、クリストフから小言を…イオンから嫌味を言われるだけだろうと、セネトは部屋をそそくさと出ていく。
「はい!」と返事をしたベアトリーチェは、クリストフとイオンに頭を下げると彼を追って部屋を出た。

そんな様子を苦笑しながら見ていたクリストフであったが、何かに気づいてため息を思わずついてしまった……


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