うたかた夢曲

雪原るい

文字の大きさ
上 下
88 / 94
6話「王女と従者と変わり者と…」

しおりを挟む
王女がルカリオに促され、城へ帰ってから数十分後。
セネトは、まだクリストフの部屋にいた――いや、正確に言うと…王女とルカリオが帰る際、セネトは途中まで送ろうと考えていた。
しかし、恐ろしい笑みを浮かべたイオンが逃さぬようセネトの肩に手を置いてそれを阻んだのだ。

その、ただならぬ気配に気づいたルカリオは王女に「早く戻らなければ、抜け出した事がバレる」など言うと足早に帰っていた。
取り残される形となったセネトは内心、置いていかないでと叫ぶしかできず……




「き…キリル叔従父、これは一体…?」

とある光景を目にしたキリルの従甥は、叔従父キリルに訊ねた。
――というのも、とある用事があってクリストフの部屋を訪れた彼は口元に笑みを浮かべたイオンによって床の上で正座させられ俯いているセネトの姿を見たのだ。
何があったのか知ろうと部屋の主であるクリストフに目を向けると、デスクを背にして窓の外を眺めながらお茶を飲んでいた。

手招きで、困惑している従甥を呼んだキリルが声を潜めて説明する。

「まぁ…見ての通り、イオンが怒りを爆発させただけだ。我が主あの方は現実逃避されている…ところでヴェンデル、今日はどうした?」
「あぁ、なるほど。それで…いえ、少々クリストフ殿にお話が――」

呆れた視線をセネトに向けたヴェンデルは、キリルに用件を伝えた。
現実逃避しているクリストフに声をかけたキリルは、彼をソファーに座らせると傍らに控える。
クリストフは首をかしげて用があるというヴェンデルの言葉を待っていると、彼は持ってきた書類と紙袋をテーブルに置いた。

「ダンフォース様より書類と、アードレアの薬師が作った胃薬を――」
「うわぁ、ついにあいつにまで僕の胃の心配をされるとは…」

胃薬の入った紙袋を見つめ頭を抱えるクリストフが独り愚痴る傍らで、キリルは紙袋の中を確認してクリストフのデスクの上に置く。
それは別に従甥であるヴェンデルを疑っているわけでなく、従者として当たり前の行動なのだ。

キリルの行動を横目で見ていたクリストフは、置かれた書類に目を通す。

「…そうですか、わかりました。この件は僕の方で引き受けますよ、あいつにもそう伝えてください。ヴェンデル、ご苦労様です。ところで――」
「何か…?」

伝え忘れた事でもあったか…と、ヴェンデルは首をかしげるとクリストフが声を潜めた。

「…その、あなたとテルエルの怪我の具合はどうですか?あの時、少々頭に血が上っていて――帰ってから、姉さん達にやり過ぎだと怒られてしまいました」

申し訳なさそうに俯いたクリストフが、土下座せんばかりに頭を下げて謝罪する。

あの時…クリストフはテルエルの右肩の関節を外した上に多少痛めつけてしまったのだが、それを知ったクリストフの姉達にそれはやり過ぎである事やヴェンデルにもテルエルの痛みが伝わっているのだと説教されたらしい。
知らなかったとはいえ、やり過ぎてしまった事をクリストフは反省したようだ。

一瞬驚いた表情を浮かべたヴェンデルだったが、すぐ無表情に戻すと首を横にふった。

「いや、もうほとんど治癒しているので気になさられなくとも大丈夫。こちらもやり過ぎたので、それとこの事をダンフォース様は知らぬので他言無用に…」
「わかりました…」

深く頷いたクリストフを見て安堵したヴェンデルは、2人と…まだセネトに説教しているイオンに頭を下げて退出する。



――閉ざされた扉を横目で見つめるヴェンデルは、深くため息をついた。

(…やはり、間違いなさそうだな。だとすると――)


***


ここまでにして差し上げましょう…とにこやかに笑うイオンの説教がはじまって1時間半、セネトはずっと正座しっぱなしであった。
なので足が痺れてしまい、セネトは床の上で伸びてしまっている。

「くっそ、足が言う事を聞かねー…」
「だろうな…トラブルメーカー1号」

呆れたように言ったキリルが伸びているセネトの足をつつくと、悶絶しながら床を這った。

「はぁはぁ…てめー、やりやがったな」
「何を言う…こうすれば、早く動けるようになるだろう?」

キリルが意地の悪い笑みを浮かべると、セネトは口元をひきつらせながら何とか逃げようと床を這っていた――

「邪魔をするぞ、クリストフ!セネトを引き取りに来た」

ノックもなしに部屋を訪れた訪問者を、部屋にいた全員が目を向けた。
訪問者の正体は、セネトと同じ赤灰色の髪をした中年男性で…彼が何者であるのか、よく知るセネトは動きを止めて顔が青ざめていく。

中年男性がセネトの父親であると気づいたクリストフは何があったのか訊ねると、彼は「少しな…」と答えて息子セネトを見た。

「セネト…今夜はゆっくり、じっくりと話をしよう。なぁ…」

目が座っているセネトの父親は青ざめて固まるセネトを担ぎ上げると、クリストフ達に「邪魔したな」と声をかけてそのまま去っていった。

――どうやら、ダンフォースの部屋であった一件の請求書がセネトの実家であるユースミルス家に届けられたらしい。
…届けたのが、テルエルだというのはここだけの話だが。


***
しおりを挟む
拍手ボタン】【マシュマロ】【質問箱
(コメントしていただけると励みになります)

○個人サイトでも公開中。
(※現在、次話を執筆中ですので公開までしばらくお待ちください)

・本作は『妖煌吸血鬼シリーズ』の1作目になります。
感想 0

あなたにおすすめの小説

惑う霧氷の彼方

雪原るい
ファンタジー
――その日、私は大切なものをふたつ失いました。 ある日、少女が目覚めると見知らぬ場所にいた。 山間の小さな集落… …だが、そこは生者と死者の住まう狭間の世界だった。 ――死者は霧と共に現れる… 小さな集落に伝わる伝承に隠された秘密とは? そして、少女が失った大切なものとは一体…? 小さな集落に死者たちの霧が包み込み… 今、悲しみの鎮魂歌が流れる… それは、悲しく淡い願いのこめられた…失われたものを知る物語―― *** 自サイトにも載せています。更新頻度は不定期、ゆっくりのんびりペースです。 ※R-15は一応…残酷な描写などがあるかもなので設定しています。 ⚠作者独自の設定などがある場合もありますので、予めご了承ください。 本作は『闇空の柩シリーズ』2作目となります。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

ある国の王の後悔

黒木メイ
恋愛
ある国の王は後悔していた。 私は彼女を最後まで信じきれなかった。私は彼女を守れなかった。 小説家になろうに過去(2018)投稿した短編。 カクヨムにも掲載中。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...