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6話「王女と従者と変わり者と…」
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外に出たセネトは近くのベンチに座る王女と、傍らに申し訳なさそうに立つルカリオの姿を見つけた。
2人のそばに近づくと、王女が少しうつむいたまま独り言のように呟きはじめる。
「…私、どうしても彼らの真実を――存在を暗闇から助けてあげたかったのです。何も悪くないのにレノクス家から追放され、生命を狙われていた事が許せなかった。王侯貴族に強いパイプを持つダンフォースと話をつけたかったのですけど、お兄様とレノクス家に先に手を打たれてました」
「あいつら、フレネ村の近くに捨てられていたと言っていたぞ。追放って、一体何で…」
ルフェリスは言っていた――自分達兄妹は、親の顔を知らない、と。
親の顔を知らない、という事は…かなり幼い頃に追放されたのだろうと、セネトは考えた。
「そんな幼い子供達が…一体何をしたって言うんだ?」
「彼らは…――」
王女はやはり顔を上げず、ぽつりぽつりと語りはじめた。
兄妹は現テセリアハイト王――つまり王女の父親の従妹に当たる女性と、テセリアハイト貴族のひとつであるレノクス家の次期当主とされる男性の間に生まれたのだそうだ。
それが23年くらい前、ルフェリスが3歳、ヴァリスが2歳、ミリスが1歳の時に父親が若くして亡くなってしまい…レノクス家の跡目争いで母親と兄妹の生命が狙われはじめたらしい。
兄妹の母親は子供達を守る為、使用人に託した半年後に亡くなったそうだが問題はここからだ。
――託された使用人が、フレネ村近くに兄妹を捨ててしまったのだ…おそらく、フレネ村の噂を知っていたのだろう。
「その使用人は、生命を狙う親族の手の者だったのだと…おそらく思われます」
王女の話を聞いたセネトはルフェリス達の壮絶な人生を知り、改めてレノクス家に対する怒りを感じた。
ふと、ある事が気になったセネトはルカリオと王女の顔を見る――そういえば、どうして王女はこんなにも詳しく知っているのだろうかと。
王女であろうと、一貴族であるレノクス家の内情を知るのは難しいのではないだろうか…ルカリオが調べたとしても、ここまでは知る事はできるのだろうか?
そんな疑問がセネトの表情にでてしまったのか、ルカリオはおずおずと口を開いた。
「えと、姫さまは…ある方の日記といいますか、記録といいますか――」
ルカリオと王女は、亡くなった大叔父の書かれた手記を見つけたのだという…そこに、レノクス家で起こった事件や行方不明の兄妹についてを調べ記してあったそうだ。
その裏取りをしようとした矢先、フレネ村の件があったのだという……
「それで、確認の為に…ダンフォースに会いに来た、ってわけか…」
確かに、各国の重鎮達と繋がりを持っているダンフォースならば何か知っているだろうとセネトは納得した。
「ダンフォースから聞けなかったが、なんとなーく知っているだろう奴に会いに行ってみるか…?」
セネトの言葉に、王女とルカリオは不思議そうに首をかしげた。
***
「――というわけで、その辺りの説明をお願いします」
クリストフの部屋を訪れたセネト達は、クリストフとイオン、キリルの3人に頼んでいた。
――正確に言うならば、訪れてすぐにセネトがクリストフに詰め寄った…のだが、その瞬間キリルがセネトの首筋にナイフをあてたのだ。
固まったセネトは冷や汗をかきながら、ゆっくり丁寧に言い直したわけである。
「えーっと…とりあえず、こちらのソファーにどうぞ」
何から話すべきか、一瞬悩んだらしいクリストフは王女とルカリオに応接用ソファーへ座るよう声をかけた。
王女とルカリオがソファーに腰かけると同時にイオンはお茶をだし、客人が寛いだのを確認したクリストフは向かいのソファーに腰かける。
「…それでベアトリーチェ様は、どこまでお知りになられましたか?」
「はい…レノクス家の当主争いと、リグゼノの者を使った兄妹暗殺計画のあらましまでを。どうして20年以上経ってレノクス家が動きだしたのか、それが知りたいです」
真っ直ぐにクリストフの目を見ながら、王女は訊ねた――ダンフォースのところでは、そこまでの話はできなかったから…と。
少し思案したクリストフはキリルにセネトを放すよう指示し、自分の代わりに説明するよう頼んだ。
セネトに向けて舌打ちしたキリルは彼を解放し、クリストフの傍らに立つと語りはじめた。
「レノクス家が再び動きはじめた理由…私も詳しく知っているわけではないが――」
アルノタウムの没落貴族であるリグゼノ家は遠い昔より親交のあったレノクス家の力を借りようと…兄妹の情報と、引き取ったばかりの末妹の身柄を差し出そうとしたらしい。
全てを失ったリグゼノ家に、再興する力は残っていなかった…だから、レノクス家に援助してもらおうと考えたようだ。
レノクス家は援助する条件に、他の家に養子となった2人の動向を知らせる事と末妹の始末する事をだした。
「…何とか思いとどめさせようと、分家のエレディアとアードレアは説得したが、逆に始末される形となった。思いとどめさせる為に、随分援助していたのだがな…」
そこまで話したキリルが、深いため息をつく。
クリストフのデスクにすがり聞いていたセネトは、伏せ目がちに呟いた。
「な、んだよ…それ。あいつら…人の生命を何だと思って――」
レノクス家が最近動きだしたのではなく、裏でずっと動き続けていた…フレネ村での事は、すべて仕組まれていたという事実……
王女は下を向いたまま、ゆっくりと口を開いた。
「ルフェリスさん達は、裏で糸を引いていたレノクス家の存在を知ってらっしゃったのでしょうか…?」
「知っていた、だろうな。エレディアとアードレアの情報収集力を考えれば、簡単に知る事ができただろう…」
イオンの淹れたお茶をゆっくり飲んだキリルは答える――知って、全てを諦め誓いをたてたのだろうと。
フレネ村での事を改めて知ったセネトは、怒りのままクリストフのデスクをたたき…そして、キリルを指差した。
「くそっ…というか、キリル!お前、すごく詳しく知ってんじゃん!!」
「言っておくが…私は隠密活動も得意でな。ある程度の情報ならば、簡単に入手できる」
逆に情報操作もできるがな、とキリルは鼻で軽く笑う。
――これで、確実に『トラブルメーカー』の噂を流している犯人はキリルである事が判明した。
それに気づいたセネトが笑みをひきつらせていると、キリルは王女に声をかける。
「これが全て――さて、王女殿下…納得していただけましたかな?」
「えぇ…レノクス家の行動の意味が、嫌と言うほどわかりましたわ」
レノクス家の現当主の子――王女から見ると、従兄妹がいるのだそうだ。
従兄がレノクス家の次期当主となる為…そして、従妹が王家に嫁ぐ為には兄妹の存在が邪魔だったのだろうと王女は語った。
「ルフェリスさん達のお父上が本来なら当主となられたのでしょうが、亡くなられてしまいましたから…でも、順で考えると」
「…あぁ、そうか。ルフェリス達がその立場になっていた可能性があるわけで…それを潰す為に、って事か」
怒りを含んだ言い方で、セネトは誰に向けるでもなく呟いた。
***
2人のそばに近づくと、王女が少しうつむいたまま独り言のように呟きはじめる。
「…私、どうしても彼らの真実を――存在を暗闇から助けてあげたかったのです。何も悪くないのにレノクス家から追放され、生命を狙われていた事が許せなかった。王侯貴族に強いパイプを持つダンフォースと話をつけたかったのですけど、お兄様とレノクス家に先に手を打たれてました」
「あいつら、フレネ村の近くに捨てられていたと言っていたぞ。追放って、一体何で…」
ルフェリスは言っていた――自分達兄妹は、親の顔を知らない、と。
親の顔を知らない、という事は…かなり幼い頃に追放されたのだろうと、セネトは考えた。
「そんな幼い子供達が…一体何をしたって言うんだ?」
「彼らは…――」
王女はやはり顔を上げず、ぽつりぽつりと語りはじめた。
兄妹は現テセリアハイト王――つまり王女の父親の従妹に当たる女性と、テセリアハイト貴族のひとつであるレノクス家の次期当主とされる男性の間に生まれたのだそうだ。
それが23年くらい前、ルフェリスが3歳、ヴァリスが2歳、ミリスが1歳の時に父親が若くして亡くなってしまい…レノクス家の跡目争いで母親と兄妹の生命が狙われはじめたらしい。
兄妹の母親は子供達を守る為、使用人に託した半年後に亡くなったそうだが問題はここからだ。
――託された使用人が、フレネ村近くに兄妹を捨ててしまったのだ…おそらく、フレネ村の噂を知っていたのだろう。
「その使用人は、生命を狙う親族の手の者だったのだと…おそらく思われます」
王女の話を聞いたセネトはルフェリス達の壮絶な人生を知り、改めてレノクス家に対する怒りを感じた。
ふと、ある事が気になったセネトはルカリオと王女の顔を見る――そういえば、どうして王女はこんなにも詳しく知っているのだろうかと。
王女であろうと、一貴族であるレノクス家の内情を知るのは難しいのではないだろうか…ルカリオが調べたとしても、ここまでは知る事はできるのだろうか?
そんな疑問がセネトの表情にでてしまったのか、ルカリオはおずおずと口を開いた。
「えと、姫さまは…ある方の日記といいますか、記録といいますか――」
ルカリオと王女は、亡くなった大叔父の書かれた手記を見つけたのだという…そこに、レノクス家で起こった事件や行方不明の兄妹についてを調べ記してあったそうだ。
その裏取りをしようとした矢先、フレネ村の件があったのだという……
「それで、確認の為に…ダンフォースに会いに来た、ってわけか…」
確かに、各国の重鎮達と繋がりを持っているダンフォースならば何か知っているだろうとセネトは納得した。
「ダンフォースから聞けなかったが、なんとなーく知っているだろう奴に会いに行ってみるか…?」
セネトの言葉に、王女とルカリオは不思議そうに首をかしげた。
***
「――というわけで、その辺りの説明をお願いします」
クリストフの部屋を訪れたセネト達は、クリストフとイオン、キリルの3人に頼んでいた。
――正確に言うならば、訪れてすぐにセネトがクリストフに詰め寄った…のだが、その瞬間キリルがセネトの首筋にナイフをあてたのだ。
固まったセネトは冷や汗をかきながら、ゆっくり丁寧に言い直したわけである。
「えーっと…とりあえず、こちらのソファーにどうぞ」
何から話すべきか、一瞬悩んだらしいクリストフは王女とルカリオに応接用ソファーへ座るよう声をかけた。
王女とルカリオがソファーに腰かけると同時にイオンはお茶をだし、客人が寛いだのを確認したクリストフは向かいのソファーに腰かける。
「…それでベアトリーチェ様は、どこまでお知りになられましたか?」
「はい…レノクス家の当主争いと、リグゼノの者を使った兄妹暗殺計画のあらましまでを。どうして20年以上経ってレノクス家が動きだしたのか、それが知りたいです」
真っ直ぐにクリストフの目を見ながら、王女は訊ねた――ダンフォースのところでは、そこまでの話はできなかったから…と。
少し思案したクリストフはキリルにセネトを放すよう指示し、自分の代わりに説明するよう頼んだ。
セネトに向けて舌打ちしたキリルは彼を解放し、クリストフの傍らに立つと語りはじめた。
「レノクス家が再び動きはじめた理由…私も詳しく知っているわけではないが――」
アルノタウムの没落貴族であるリグゼノ家は遠い昔より親交のあったレノクス家の力を借りようと…兄妹の情報と、引き取ったばかりの末妹の身柄を差し出そうとしたらしい。
全てを失ったリグゼノ家に、再興する力は残っていなかった…だから、レノクス家に援助してもらおうと考えたようだ。
レノクス家は援助する条件に、他の家に養子となった2人の動向を知らせる事と末妹の始末する事をだした。
「…何とか思いとどめさせようと、分家のエレディアとアードレアは説得したが、逆に始末される形となった。思いとどめさせる為に、随分援助していたのだがな…」
そこまで話したキリルが、深いため息をつく。
クリストフのデスクにすがり聞いていたセネトは、伏せ目がちに呟いた。
「な、んだよ…それ。あいつら…人の生命を何だと思って――」
レノクス家が最近動きだしたのではなく、裏でずっと動き続けていた…フレネ村での事は、すべて仕組まれていたという事実……
王女は下を向いたまま、ゆっくりと口を開いた。
「ルフェリスさん達は、裏で糸を引いていたレノクス家の存在を知ってらっしゃったのでしょうか…?」
「知っていた、だろうな。エレディアとアードレアの情報収集力を考えれば、簡単に知る事ができただろう…」
イオンの淹れたお茶をゆっくり飲んだキリルは答える――知って、全てを諦め誓いをたてたのだろうと。
フレネ村での事を改めて知ったセネトは、怒りのままクリストフのデスクをたたき…そして、キリルを指差した。
「くそっ…というか、キリル!お前、すごく詳しく知ってんじゃん!!」
「言っておくが…私は隠密活動も得意でな。ある程度の情報ならば、簡単に入手できる」
逆に情報操作もできるがな、とキリルは鼻で軽く笑う。
――これで、確実に『トラブルメーカー』の噂を流している犯人はキリルである事が判明した。
それに気づいたセネトが笑みをひきつらせていると、キリルは王女に声をかける。
「これが全て――さて、王女殿下…納得していただけましたかな?」
「えぇ…レノクス家の行動の意味が、嫌と言うほどわかりましたわ」
レノクス家の現当主の子――王女から見ると、従兄妹がいるのだそうだ。
従兄がレノクス家の次期当主となる為…そして、従妹が王家に嫁ぐ為には兄妹の存在が邪魔だったのだろうと王女は語った。
「ルフェリスさん達のお父上が本来なら当主となられたのでしょうが、亡くなられてしまいましたから…でも、順で考えると」
「…あぁ、そうか。ルフェリス達がその立場になっていた可能性があるわけで…それを潰す為に、って事か」
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