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6話「王女と従者と変わり者と…」
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セネト達が待ち始めて20分後、クリストフが何故か少し疲れた様子で戻ってきた。
「すみません、待たせてしまいましたね…」
クリストフの身体を支えるようにして、キリルが先ほどまで自分の座っていたソファーに座れせると自らはクリストフの傍らに控える。
何があったのかセネトが首をかしげていると、遅れて2人の人物が部屋に入ってきた。
一人は淡い青髪をした白衣の青年で、もう一人は青紫色の長い髪に尖った耳が特徴的なエルフの青年だ。
――何故か白衣の青年は縄で拘束され、その縄の先をエルフの青年が握っていた。
一体どういう状況なのか、理解できないセネトは先に戻ってきたクリストフに訊ねる。
「なぁ、クリストフ…何でキールは縛られてるんだ?」
「何で、って――あなたがここにいると知って、色々あったんですよ…それをイオンが抑えた上に縄で」
遠くの見ながら答えたクリストフに、何か悟ったらしいイアンとキリルが白衣の青年・キールとエルフの青年・イオンから目を逸らした。
どちらかと言うと、イオンから目を逸らしたと言った方が正しいか――
(恐ろしいエルフ、って…イオンって、こいつか…?)
イアンとキリルの目の逸らし方に、『恐ろしいエルフ』イオンが誰なのか気づいたセネトは納得したように頷くと…それをあざとく見逃さなかったイオンが横目でイアンとキリルに目を向けた。
見られた2人が一瞬ビクッとした後にお茶を飲んで素知らぬふりを決め込んだのに、ため息をついたイオンはセネトの方を向いて頭を下げると自己紹介をはじめる。
「ユースミルス本家の御子息、はじめまして…私はクリストフ様の身の回りのお世話をさせていただいております、イオン・ルティスアーナと申します。しがないエルフでございますが、どうぞお見知りおきを」
「ぁ…いや、その――こちらこそ、よろしく…」
戸惑いながらも、セネトは頭を下げて挨拶をした。
そして、頭をあげたセネトは気づいてしまう…にっこりと微笑んでいるイオンの目が、まったく笑っていない事を。
イオンのただならぬ気配に、セネトは何か嫌な汗が流れ落ちてくるのを感じた。
***
クリストフに止められたイオンは口元だけに笑みを浮かべ、キールの縄を解いて新たにカップを用意してお茶を注ぐ。
それをキールに差し出し、イオンもクリストフの傍ら――キリルの隣に控えるように立った。
「まったく…で、何を話せばいい?」
受け取ったキールがお茶を一口飲んで、まだ納得していない様子で訊ねる。
「夢魔について…というか、メイリーク家に伝わる夢術について話してやれ」
イアンが苦笑しながら促すと、何度か小さく頷いたキールはゆっくりと話しはじめた。
「まぁ、話のあらましはクリストフから聞いているが――そうだな、セネト…前に会った夢魔・フラーニを覚えているか?」
「あー…あの変わった夢魔の?」
「さすがに、忘れられないくらい印象に残っているぞ…」というセネトの言葉に、キールは「だろうな…」と呟いて続ける。
「フラーニの言葉にもあったが…アレを夢魔にしたのは、メイリーク家の者だ」
幼くして死んだ少女を、キールの祖先の一人が夢術で夢魔にしたのだと語った。
長い時をかけて成長した姿がとれるようになったのか、は不明だが…幼い少女は大人の女性としての姿を手に入れたのだろう。
フラーニが幼い少女である…という事を、なんとなく感じていたセネトは首をかしげると質問する。
「ふーん…でも、フラーニとミリスやユミリィとどう繋がるんだ?」
フラーニを夢魔にしたのはメイリーク家の人間だが、ミリスとユミリィを夢魔にしたのはルフェリスだが、もちろん彼はメイリークの者ではない。
「夢術の中でも、生前の記憶を有する状態で死者の魂を夢魔にする術はメイリーク家に伝わる秘術のひとつとなる」
メイリーク家のものと、それ以外の夢術士のものとでは術式の構成や作り出す過程――夢魔になる前の記憶が、あるかないかで違いがあるのだとキールは説明した。
「…ん?ミリスとユミリィは記憶、ばっちりあったから…メイリークの秘術を使ったのか…あれ?でも…」
顎に手をあてたセネトは納得しかけて、ある疑問に気づく――何故、ルフェリスはメイリークの秘術を知っていたのだろうかと……
その疑問に答えたのはキール、ではなく…クリストフの傍らにいるキリルだ。
「アードレア家は、メイリーク家と婚姻を結ぶ事が多い――故に、秘術を知ろうと思えば知る事もできよう。それに、ルフェリスの養い親はメイリーク家ゆかりの者…おそらく、それ経由で知ったのだろう」
「秘術を知ったルフェリスが殺害されたユミリィとミリスを救う為に使ったんだろうな…そして、あの時――」
ヴェンデルとテルエルが現れた時、少女2人にかけていた術を解除して魂を解放したのだろうとキールは言う。
――2人の少女の魂の解放…それは、夢魔としての死を意味していた。
全てを理解したセネトが静かに俯いていると、隣に座るイアンは優しく肩をたたく。
「あいつらは、お前に救われたんだ。だから、お前はあいつらの思いを忘れず…前を向け」
イアンの言葉に、セネトは顔を上げるとゆっくり頷いた。
「…サンキュー、イアン。そう言ってもらえると…元気でたわ」
そんなセネトの様子を見ていたクリストフとキール、無表情なキリルを余所に――何故かおどろおどろしい雰囲気で微笑んでいるイオンが、ゆっくりと口を開く。
「…和んでいるところ、失礼しますが――そろそろ主の部屋を破壊した経緯をお話しくださりますか、セネト殿?」
「う゛っ…」
暑くもないのに、嫌な汗が流れでているセネトは考える――経緯を、と言われても自分がクリストフに報告書を代筆させようとして部屋ごと吹っ飛ばされただけなのだ。
その原因の大半が自分にある事を、少しだけ自覚しているセネトはゆっくりとソファーから立ち上がり…横目で窓の位置を確認すると、そのまま駆けだして窓からの脱出を試みた。
(よし、無事脱出…ん?)
窓から身を乗り出そうとした瞬間、セネトは背後に何者かの気配を感じ――振り返ろうとしたのだが、そのまま外へ落ちてしまう。
セネトの悲鳴を聞きながら、唖然とその状況を見ている事しかできないクリストフやイアン、キール…そして、窓辺に立つキリルと何故か満足げに頷くイオンの姿がそこにあった。
「お…おい、まさかセネトを――」
「大丈夫…アレが私の気配を気取って、勝手に落ちたのだ。まぁ、コレを手に入れる為に手は伸ばしたがな」
そう言ったキリルの手には、数本の赤灰色の髪の毛がある…どうやら、あの一瞬でセネトから髪数本を抜き取ったようだ。
…それを一体何に使用するのか、すぐに思い当ったらしいイアンが慌ててキリルの手から髪の毛を取り上げようとするもイオンによって邪魔され失敗してしまう。
その攻防を見ていたキールは密かに、これからセネトの身に起こるであろう事を心の中で哀れに思った――
***
「すみません、待たせてしまいましたね…」
クリストフの身体を支えるようにして、キリルが先ほどまで自分の座っていたソファーに座れせると自らはクリストフの傍らに控える。
何があったのかセネトが首をかしげていると、遅れて2人の人物が部屋に入ってきた。
一人は淡い青髪をした白衣の青年で、もう一人は青紫色の長い髪に尖った耳が特徴的なエルフの青年だ。
――何故か白衣の青年は縄で拘束され、その縄の先をエルフの青年が握っていた。
一体どういう状況なのか、理解できないセネトは先に戻ってきたクリストフに訊ねる。
「なぁ、クリストフ…何でキールは縛られてるんだ?」
「何で、って――あなたがここにいると知って、色々あったんですよ…それをイオンが抑えた上に縄で」
遠くの見ながら答えたクリストフに、何か悟ったらしいイアンとキリルが白衣の青年・キールとエルフの青年・イオンから目を逸らした。
どちらかと言うと、イオンから目を逸らしたと言った方が正しいか――
(恐ろしいエルフ、って…イオンって、こいつか…?)
イアンとキリルの目の逸らし方に、『恐ろしいエルフ』イオンが誰なのか気づいたセネトは納得したように頷くと…それをあざとく見逃さなかったイオンが横目でイアンとキリルに目を向けた。
見られた2人が一瞬ビクッとした後にお茶を飲んで素知らぬふりを決め込んだのに、ため息をついたイオンはセネトの方を向いて頭を下げると自己紹介をはじめる。
「ユースミルス本家の御子息、はじめまして…私はクリストフ様の身の回りのお世話をさせていただいております、イオン・ルティスアーナと申します。しがないエルフでございますが、どうぞお見知りおきを」
「ぁ…いや、その――こちらこそ、よろしく…」
戸惑いながらも、セネトは頭を下げて挨拶をした。
そして、頭をあげたセネトは気づいてしまう…にっこりと微笑んでいるイオンの目が、まったく笑っていない事を。
イオンのただならぬ気配に、セネトは何か嫌な汗が流れ落ちてくるのを感じた。
***
クリストフに止められたイオンは口元だけに笑みを浮かべ、キールの縄を解いて新たにカップを用意してお茶を注ぐ。
それをキールに差し出し、イオンもクリストフの傍ら――キリルの隣に控えるように立った。
「まったく…で、何を話せばいい?」
受け取ったキールがお茶を一口飲んで、まだ納得していない様子で訊ねる。
「夢魔について…というか、メイリーク家に伝わる夢術について話してやれ」
イアンが苦笑しながら促すと、何度か小さく頷いたキールはゆっくりと話しはじめた。
「まぁ、話のあらましはクリストフから聞いているが――そうだな、セネト…前に会った夢魔・フラーニを覚えているか?」
「あー…あの変わった夢魔の?」
「さすがに、忘れられないくらい印象に残っているぞ…」というセネトの言葉に、キールは「だろうな…」と呟いて続ける。
「フラーニの言葉にもあったが…アレを夢魔にしたのは、メイリーク家の者だ」
幼くして死んだ少女を、キールの祖先の一人が夢術で夢魔にしたのだと語った。
長い時をかけて成長した姿がとれるようになったのか、は不明だが…幼い少女は大人の女性としての姿を手に入れたのだろう。
フラーニが幼い少女である…という事を、なんとなく感じていたセネトは首をかしげると質問する。
「ふーん…でも、フラーニとミリスやユミリィとどう繋がるんだ?」
フラーニを夢魔にしたのはメイリーク家の人間だが、ミリスとユミリィを夢魔にしたのはルフェリスだが、もちろん彼はメイリークの者ではない。
「夢術の中でも、生前の記憶を有する状態で死者の魂を夢魔にする術はメイリーク家に伝わる秘術のひとつとなる」
メイリーク家のものと、それ以外の夢術士のものとでは術式の構成や作り出す過程――夢魔になる前の記憶が、あるかないかで違いがあるのだとキールは説明した。
「…ん?ミリスとユミリィは記憶、ばっちりあったから…メイリークの秘術を使ったのか…あれ?でも…」
顎に手をあてたセネトは納得しかけて、ある疑問に気づく――何故、ルフェリスはメイリークの秘術を知っていたのだろうかと……
その疑問に答えたのはキール、ではなく…クリストフの傍らにいるキリルだ。
「アードレア家は、メイリーク家と婚姻を結ぶ事が多い――故に、秘術を知ろうと思えば知る事もできよう。それに、ルフェリスの養い親はメイリーク家ゆかりの者…おそらく、それ経由で知ったのだろう」
「秘術を知ったルフェリスが殺害されたユミリィとミリスを救う為に使ったんだろうな…そして、あの時――」
ヴェンデルとテルエルが現れた時、少女2人にかけていた術を解除して魂を解放したのだろうとキールは言う。
――2人の少女の魂の解放…それは、夢魔としての死を意味していた。
全てを理解したセネトが静かに俯いていると、隣に座るイアンは優しく肩をたたく。
「あいつらは、お前に救われたんだ。だから、お前はあいつらの思いを忘れず…前を向け」
イアンの言葉に、セネトは顔を上げるとゆっくり頷いた。
「…サンキュー、イアン。そう言ってもらえると…元気でたわ」
そんなセネトの様子を見ていたクリストフとキール、無表情なキリルを余所に――何故かおどろおどろしい雰囲気で微笑んでいるイオンが、ゆっくりと口を開く。
「…和んでいるところ、失礼しますが――そろそろ主の部屋を破壊した経緯をお話しくださりますか、セネト殿?」
「う゛っ…」
暑くもないのに、嫌な汗が流れでているセネトは考える――経緯を、と言われても自分がクリストフに報告書を代筆させようとして部屋ごと吹っ飛ばされただけなのだ。
その原因の大半が自分にある事を、少しだけ自覚しているセネトはゆっくりとソファーから立ち上がり…横目で窓の位置を確認すると、そのまま駆けだして窓からの脱出を試みた。
(よし、無事脱出…ん?)
窓から身を乗り出そうとした瞬間、セネトは背後に何者かの気配を感じ――振り返ろうとしたのだが、そのまま外へ落ちてしまう。
セネトの悲鳴を聞きながら、唖然とその状況を見ている事しかできないクリストフやイアン、キール…そして、窓辺に立つキリルと何故か満足げに頷くイオンの姿がそこにあった。
「お…おい、まさかセネトを――」
「大丈夫…アレが私の気配を気取って、勝手に落ちたのだ。まぁ、コレを手に入れる為に手は伸ばしたがな」
そう言ったキリルの手には、数本の赤灰色の髪の毛がある…どうやら、あの一瞬でセネトから髪数本を抜き取ったようだ。
…それを一体何に使用するのか、すぐに思い当ったらしいイアンが慌ててキリルの手から髪の毛を取り上げようとするもイオンによって邪魔され失敗してしまう。
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