うたかた夢曲

雪原るい

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5話「幼い邪悪[後編]~復讐の終わり~」

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――そんな様子を横目に、セネトはクリストフを本気で怒らせないようにしよう…と決意のようなものをしつつ…目の前に立つヴェンデルに、どうやって攻撃するか考えを巡らせていた。
魔法を使えば、相手が詠唱の邪魔…もしくは、相殺させる魔法を使ってくる可能性もある。
相殺ならばいいが、詠唱の邪魔もしくは干渉や解除されてしまうと…そのダメージが術者に返ってきてしまうのだ。

(あーもう、どうしたものか…ん?)

何か手はないものか…と考えるセネトの服を誰かが引くので、そちらへ視線を向けるとルフェリスがセネトに剣を差し出していた。
差し出された剣とルフェリスの顔を、交互に見ていると彼はゆっくり頷く。
借りる許可を貰ったセネトは剣を受け取り、剣先をヴェンデルへ向けた。

「お前らの目的はわかんないが、ここで引くわけにはいかないんだ。ルフェリス達やイアンに怪我を負わせた責任を…とらせてやる!」
「ふん…私とイアン殿の話を聞いていただろう?だいたい…まったく」

本当に困った様子で肩をすくめるヴェンデルは腰につけた短剣を手に構えると、ちらりとテルエルの方に目を向ける。

(やはり、強い…長引けば、こちらがまずい…か。そして、この問題児は…――テルエル、私の合図でを頼む)

テルエルが小さく頷いたのを確認したヴェンデルはセネトへ視線を戻し、深いため息をついた。
そして、ゆっくりとした歩みでセネトとの間合いを測ると斬り込む――が、セネトは剣で刃を受け止め押しかえした。

…だが、一瞬できた隙をついたヴェンデルはセネトの左脇を狙い蹴りを入れる。
セネトは左腕で防ごうとするが、相手の蹴りが重くバランスを崩しかけてしまった。
――その上、鈍っている影響ですぐには体勢を戻せない。

そこを見逃さなかったヴェンデルがテルエルへ一瞬視線を向けると、それに気づいたテルエルは大きく間合いを取りセネトに向けて術式を描きだして指を鳴らした。
セネトは身体の重みが増した感覚を受け、驚きのあまり動きを止めて自分の身体に目を向ける。

完全に油断しているセネトの腕をとったヴェンデルが、セネトの首に両足をかけ捻るように地面へと叩きつけた。
受け身をどうにかとったセネトは、苦笑しながら起き上がると服についた砂埃を落とす。

「ってて…本当に何でもあり一族だな、エレディアは。というか、お前…おれに何かしただろーが?」
「エレディアの者は、フローラント…いや、セイドロード家を守る為に全てにおいて優れていなければならない。それと、私は何もしていない…ルフェリスの使った薬術にだけだ」

感情なく答えるヴェンデルに、セネトは悔しそうな表情を浮かべてもう一度剣を構えた。

(あー…そうか、あのテルエルってやつがアードレアの人間だった。つーことは、また鈍くなる効果が強まったって事か…)

怒りで叫びたいところではあるが、セネトは我慢した…後で、何かに八つ当たろうとか考えながら。

小さく息をついたヴェンデルも短剣をセネトへ向けたまま、お互いに睨み合って動かない。

このまま対峙し続けても何の解決にもならないし、別の問題も起こりそうでもある……
――また動きにくくされてはたまらないと考えたセネトが、ヴェンデルのそばまで駆け寄ると薙ぐように斬りかかった。

テルエルによって鈍る効果を上げられた為、セネトのスピードは通常の半分になっているがそれなりの速さはある。
だが、呆れた表情を浮かべるヴェンデルの短剣に簡単に受け止められ…そのまま切り結んだ形となった。

…しばらくお互いに攻防を続けていたが、ヴェンデルがちらりとテルエルの位置を確認する。

「何をぼーっとしてるんだよ、お前は!」

術式を描いたセネトは間合いをとって放つと、術式から強風が吹き荒れてヴェンデルを襲った。
襲いくる強風の刃をすべて斬り捨てたヴェンデルが、セネトとの距離を縮めて背後へと回る。
振り返ろうとするセネトの足を払い、背中に膝蹴りを入れた後…うずくまったセネトの襟首を掴んで、勢いよく投げ飛ばした。
…テルエルと戦っている、クリストフのいる方向へと――

タイミングを合わせ、口元だけに笑みを浮かべたテルエルがクリストフをそちらへいざなう。
それに気づいたクリストフはあえて動かず、テルエルの攻撃を腕と膝を使って防ぐ。
――その直後、セネトがクリストフの後ろを滑るように倒れ込んだ。

全身が痛むセネトは気を失いかける…が、歯を食いしばりながらのろのろと立ち上がった。
そして、気合いを入れるように自分の両頬をたたいて考える。

(ってーな、やっぱり…実力に差があり過ぎるな。だけど、何で――)

相手の目的に気づいたセネトは剣を握り直すと、慌てて元いた場所に駆け戻った。
自分をわざと離れた場所へ投げ飛ばした理由…それが、何を意味するのかに気づいたからだ。

魔力を消耗し弱っているルフェリスとヴァリスに向けて、ヴェンデルが冷たく言い放つ。

「エレディアとアードレアの"血の誓約"を果たす事のできなかったお前達は、それを贖わねばならない…」
「だぁー、そうはさせるかー!」

ルフェリスとヴァリスを守るように立ちはだかったセネトに、一瞬驚いた表情を浮かべたヴェンデルは呆れたように口を開く。

「手加減していたとはいえ…復活の早い。だが…これはセイドロード家からの直々の命でもある、大人しく…っ!?」

ヴェンデルの言葉を遮るようにセネトが斬り込むと、ため息をついたヴェンデルは短剣で受けた。

「セイドロードの命だ?エミールが、そんな命令を出すかよ」
「エミール様は、フローラントを治めておられるだろう。これはセイドロード家当主よりの命…お前も、ユースミルスの者ならばわかるだろう?」

刃を交えたまま肩をすくめたヴェンデルが、口元に笑みを浮かべる。

「セイドロードの当主…あのジジイが――エミールを通してない、って事か…」

たとえ、御三家の当主であろうと統治者であるエミールを通さねばならないはずだとセネトは心の中で舌打ちをした。
――前々から腹の底の見えない、食えないジジイであると思っていたが…ここまで勝手だとはセネトも考えていなかったのだ。

ただ、ひとつ…そのジジイの考えている事だけは、セネトでもすぐに気づいた。

「何を隠しているんだ…お前らなら、何か知ってるんだろう?」
「…知ってどうする?お前とて、今回の件がきっかけで国同士争う事態は望まぬだろう?」

怒りを隠さずにいるセネトを、冷めた目で諭すようにヴェンデルは言うと空いている手で指を鳴らす。
その動きに何の意味があるのか…初め、セネトはわからなかった。
――だが、背後から何か湿ったような音が聞こえ…不審に思いながら振り返る。

そこには、胸を岩のような土の塊に貫かれているルフェリスの姿があった。
彼の足元には赤い水たまりができ、おびただしい量の赤い水が流れたルフェリスは自分の胸からあふれ出たものを見ている。

自分がもう助からない事を悟ったのか…元々、その時を覚悟していたのか…ルフェリスが微笑みながら、ヴァリスの手に触れた。
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