うたかた夢曲

雪原るい

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5話「幼い邪悪[後編]~復讐の終わり~」

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ため息をついたヴェンデルが素早く自分とテルエルを護る結界をはり、セネトからの魔法攻撃すべてを防ぐ。

その隙をついたテルエルが抜き身で動いたのに気づいたセネトだったが、相手の方が一歩早く防御は間に合わない……

「…今度から、何か武器を持ちなさい。いいですね、セネト…」

間一髪のところで駆け付けたクリストフが、杖でテルエルの剣を受け止めた。
安堵したセネトは次の術式を描きだしながら、口を尖らせて答える。

「だって、身軽でないと…いろいろ大変だろう?まぁ…おれも、そろそろ欲しいとは考えてるけど」
「…だったら、次の仕事までに用意しておけ。とりあえず、今回は…俺とクリストフが援護しよう」

セネトの集中力をそぐ為に、ヴェンデルが蹴りを入れようとしているところをイアンは銃で足元を撃ち抜く事で阻止した。
ヴェンデルが動けない今の内に…と、セネトは描いた術式を上空に掲げて詠唱をはじめる。
上空へ掲げられた術式とは別の、対面となるセネトの足元にも術式が現れると激しい炎が上がった。

(身体が動かせにくくはあるけど、まだ魔法を使う際に影響でてないのは救いだな…)

心の片隅で考えたセネトが、ヴェンデルへ向けて魔法を放つ。
――迫りくる炎の柱を見たヴェンデルは舌打ちし、術式を描きだした。

「まったく…邪魔ばかりする」
「邪魔をしているのは、どっちだ?ヴェンデル…」

銃の照準をヴェンデルの肩に合わせたイアンが言うと、それに気づいたヴェンデルは口元だけに笑みを浮かべる。

「それが我々の方だと…?何を言っておられるのか、イアン殿?」

口早に詠唱し終えたヴェンデルは術を発動させると、まずセネトの魔法を相反する水で相殺し…次に、新たな術式を描きだすとイアンに向けて発動させる。

一瞬、冷えた風に包まれたイアンだったが…すぐに、自分の身に起こった事を理解した。
よろめき、苦痛に顔をしかめたイアンは手に持っていた銃を地面に落とすと涼しい表情のヴェンデルを睨みつける。
異変に気づいたセネトとクリストフは、イアンの状態に息を飲んだ。
――それもそのはず…イアンの右肩から腹のあたりまでいくつもの氷の矢が刺さっており、大量の血が出ていた。

申し訳なさそうに、ヴェンデルは言う。

「あぁ…申し訳ない。誤って、イアン殿にも術を当ててしまった」
「っ…お前、知っててわざとを狙ったな?」

忌々しげに言ったイアンは、右腕に刺さっている氷の矢を抜き捨てると片膝を立てた。
魔法を相殺された事とイアンに対する事に腹を立てたセネトは、ヴェンデルに向かって殴りかかろうとした…がルフェリスの薬術の影響で鈍くなってしまってる為か、セネトの拳は簡単に受け止められてしまう。

「くっそ~…だんだん鈍くなってきてるじゃねーか。それよりも、イアン――早くミカサを呼ぶなり、自分が行くなりした方が良いぞ?」
「…集会所の中に、幼子達といたシスターの事か。それよりも…」

答えたのはイアンではなく、呆れた表情をセネトへ向けるヴェンデルだった。
一瞬、何か言いたそうな表情を浮かべていたヴェンデルは口をつぐむ。
…おそらく、先ほどのセネトのセリフに対して言いたい事があったのだろう。

イアンもセネトに何か言ってやりたい様子であったが痛みでそれどころではないので、後日文句なりを言おうと決め…改めて、ヴェンデルを睨みながら訊ねた。

「お前…何故、集会所にいるのがシスター――それがミカサだと知っている?まさか、何かしたのか…?」
「…この事態に巻き込まぬ方がいいと考え、夢術で眠らせておいた。後でやって来た威勢のいい問題児は、少々手荒な方法で眠らせたが…」

クリストフと対峙したままのテルエルが、呆れて何も言えないヴェンデルに代わって答える。



――セネト達がルフェリスの夢術に飲み込まれる前…ミカサを眠らせた後、外の様子をうかがっていたヴェンデルとテルエルはクレリアと会っていた。
夢術で眠らせようとするテルエルを、クレリアはモーニングスターで襲ってきたらしい……

何とか攻撃をかわしつつ、ヴェンデルが手刀でクレリアを眠らせ…今に至るそうだ。



その話を聞いたセネト、クリストフやイアンは、心の底からヴェンデルとテルエルに謝る事しかできなかった。

――何故…襲う前に話を聞かないのだろうか、クレリアは?

そんな事を考えてしまったセネトはヴェンデルの手を払うと、クリストフの方へ視線を向ける。
クリストフが杖でテルエルの剣を押しかえした上で相手の腹部を狙って蹴りを入れるが、押しかえされてバランスを崩しかけたテルエルは片手で後方倒立回転して距離をとると苦笑混じりに口を開いた。

「…ってて、さすがと言うか。後は我々で全てを片付けるので、貴方はイアン殿やあの問題児達を連れて帰ってもらえないだろうか?」
「それは、できない相談です…わかっているでしょう?」

にっこりと微笑んだクリストフは、着ていた薄手のコートをイアンに渡しながら言う。
コートを受け取ったイアンが、左手と口を使ってコートを裂いて右肩あたりを縛り止血した。
その様子を見たクリストフが安心したように息をつくと、テルエルは苦笑した。
――クリストフの微笑みに、怒りが込められている事に気づいたからだ。

「おー…怖い怖い。さすがは、ダンフォース様に認められている数少ないお方だ…」
「へぇー、あいつがそう言ってたんですか?認められていたとは、嬉しいですよ」

棒読みで答えたクリストフがテルエルのそばまで駆け寄ると、杖の中にいれている刀をだしてそのまま薙ぎ払った。
紙一重でかわしたテルエルは間合いを測り、口元に笑みを浮かべて剣を構え直す。

「…実を言うと、貴方とは一度手合わせがしたいと思っていた」
「そうですか…実は僕も、前々からあいつの『懐刀』と呼ばれているあなた達を潰しておきたいかなぁ…と、考えてたんですよ」

奇遇ですね、と言ったクリストフが間合いを少しずつ縮め…テルエルはゆっくりとした歩みだが、確かな速さで斬りかかった。
クリストフは瞬時に刀で攻撃を受け止め押しかえすと、そのままテルエルの胴を水平に斬ろうとする…が、それに気づいたテルエルは剣で流す。

お互いに、一瞬で相手の様子を窺う…と、ほぼ同時に斬り込み刃を交える形となった。
その状態から、わざと力を緩めたクリストフはテルエルの背後へ回り込み…その背中を蹴りつける。

一瞬バランスを崩しかけたテルエルは、前方倒立回転すると苦笑しながら背中をさすった。

(くっ…やはり、力量の差があり過ぎるか。それにしても…――ヴェンデル、こちらはあまり長くは抑えられんぞ)

剣を握り直したテルエルは、向かってきたクリストフの刀を受け止めた。


***
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