うたかた夢曲

雪原るい

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5話「幼い邪悪[後編]~復讐の終わり~」

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「…しっかし、こんな厄介な術を誰が使っているんだ?やっぱり、ヴァリス…かな?」

その場を動かぬよう言われているので、セネトはその場で中腰になると首をかしげた。
今にも"眠れぬ死者"とか出そうな雰囲気だが、そんな気配もないので内心安堵しながら周囲を観察すると考える。

現実の――通常の夜のように虫の声が聞こえ、とても静かでよく眠れそうだと考えているのはおそらくセネトだけだろう……

次に視線を向けたのは、身を寄せ合っているフレネ村の人々の姿だ。

(自分達が一番の原因だって、本当にわかっているのかねー。まぁ、あの様子だと…まったく思ってないんだろうけど)

悲しそうな笑みを浮かべたヴァリスの姿を思い出したセネトは、彼らの事を忌々しげに見つめる。
そして、クリストフのそばで俯いたままのナルヴァに視線を向けると呟いた。

「…アイツはどんな気持ちで、ヴァリスに協力したんだろうか……?」

何も知らなかったとはいえ、自分の身内が罪を犯していた上に認めようとしない姿を見たナルヴァはどう考えているのだろうか……
そもそも、何故ナルヴァは…年齢的にはリグゼノの少年と同じくらいだというのに、何も教えられていなかったのか。

そこも疑問に思うところだ、とセネトは考えていた。
セネトの…そんな疑問に、背後に立った人物が答えるように声をかける。

「さあな…だが、何か思うところがあって協力したんだろう。ナルヴァは退魔士になれている…という事は、フレネ村の外へ出ていたという事だ。外を知ったからフレネ村が異常であると気づいているかもしれない、と考えたか――」

もしくは、自分の意思が希薄だから何も知らせずとも従うと考えていたのだろうとイアンは続けた。

なるほどな…と納得したように頷いたセネトがナルヴァの方に目を向けていると、その視線に気づいたナルヴァはクリストフの背後に隠れた――心なしか、怯えたような表情を浮かべていた……
その様子にセネトは文句を言おう、としているのを小さく息をついたイアンが呆れた口調で止める。

「やめろ…怯えさせてどうする。それはそうと、術者はヴァリスじゃないぞ」
「うおっ、お前…おれの独り言をしっかり聞いていたのか!?しかも、初めの方からっ!」

自分の独り言を初めの方から聞かれていた上に受け答えされた事に、セネトは顔を真っ赤にしてイアンに抗議した。
しかし、それをきれいに無視したイアンが周囲を見回すと説明しはじめる。

「こうして見る限り、かなり大掛かりな術式が組まれているからな…用意に1~2時間はかかったと思うぞ。そこから考えても、ヴァリスに準備する時間はなかったはずだ…ウィルネス殿とナルヴァに、協力を仰げてもな」
「まぁ…夢と現実を入れ替えるような魔法なんて、術式だけでも複雑で組むの大変そうだし…じゃあ、術者は何者なんだ?」

こんな大掛かりな魔法を、一体誰が組み上げたのだろう…とセネトは首をかしげた。

「何者――ヴァリスやミリスの話で、だいたいわかると思うのだけど…ねぇ、僕らの計画を狂わせた退魔士のみなさん?」

セネトの疑問に答えたのは、そばにいるイアンやクリストフ、ナルヴァではなく…セネトのいる対面にある崩れた家屋のそばから聞こえてくる。
全員が声のした方へ視線を向けると、そこにはセネトとそう歳の変わらないであろう少年が口元にだけ笑みを浮かべて立っていた。
そして、少年の少し後ろ…崩れた家屋の2階だったところの床にヴァリスとミリス、ユミリィが様子をうかがうように見ているようだ。

驚いたセネトは一歩前に出ると、少年に向けて指差しつつ口を開く。

「計画、ってな…そもそも、やり方が回りくどいだろう!復讐するなら、時間を空けるなよ。つーか、こんな奴ら…さくっとれちゃうだろ!!えーっと…そう、ヴァリスの兄?」

視線だけでフレネ村の人々を指したセネトに、この場にいるほぼ全員が最後を何故疑問形にしたんだろうと思っていた。
気を取り直して咳払いした少年は、にっこりと微笑むと答えた。

「…そうかもしれないね。でも、ただるだけでは面白くないだろう?あぁ…そういえば、まだ名乗ってなかったっけ?僕の名はルフェリス、ルフェリス・アードレア…よろしく」

少年・ルフェリスの名を聞いて、イアンは「やはりか…」と小さく呟いた。
…それは、自分の悪い予想が当たっていたからだ。

ゆっくりと右手を上げたルフェリスが指を鳴らすと、その瞬間…周囲の景色が歪んでフレネ村は荒野へと変化した。

「不思議だよね、こうするだけで僕の思い通りになるんだ。本当だったら、あんな村…こうしてやりたいところではあるけどね」
「…じゃあ、何故しなかったんだ?」

変化した景色を見ながらセネトは言う…背後からフレネ村の人々が「何を言っているんだ…」というような視線を送ってきているが、それはあえて無視する。
セネトの疑問に答えたのはルフェリス、ではなくユミリィだ。

「だって…それじゃ、面白くないでしょう?」
「…は?」

思わず聞き返したセネトに、ユミリィが満面の笑みを浮かべて続ける。

「つまらないじゃない…わたし達が味わった恐怖と痛みを、一度しか与えられないなんて。存分に恐怖を与えて、怯えさせて…最後に同じ目に合わせる――考えただけでも、面白いでしょう?」
「ゆっくりゆっくりと、フレネ村を死人の村に変えていった理由は…そういう事だったんですね?」

顎に手をあてたクリストフが訊ねると、深く頷いて答えたのはヴァリスだ。

「はい…兄さん達が悪夢を彼らに見せて十分に恐怖させた後、私が現実で殺害していました。あの村はかなり負の気で満ちていましたので、"眠れぬ死者"になるだろうとわかっていましたから」
「それは、いけない事なの…ねぇ?」

立ち上がったヴァリスの背に隠れるようにしてミリスは続けて問う。

「わたしのね…この身体、何度も何度も…この人達に刺されたの。とても苦しかったし…痛かった」
「――だから、僕達は決めたんだ…これ以上、犠牲をだしてはいけないって。その為にも、情報と証拠が必要だった」

一歩前へ進みでながら、ルフェリスはセネト達…ではなく、フレネ村の人々の方に視線を向けた。
その顔には、哀しみと憎しみの入り混じった表情が浮かんでいるようだった……
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