うたかた夢曲

雪原るい

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4話「幼い邪悪[中編]~弱虫、再び~」

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数時間後――夜が徐々に明けてきたのを確認したイアンは、噴水の縁に座りうたた寝をしているセネトの頭をたたいた。

「サボるな…そろそろ動いても大丈夫だろう」
「そうですね、もう死者の動ける時間ではないと思いますし」

イアンの言葉にクリストフは頷いて杖を地面に刺すと、そこから小さな蛙のような悲鳴が聞こえたかと思ったらすぐ静かになる。

「…ふわぁ~、何かいたのか?」

半分寝ぼけているセネトは、たたかれた頭をさすりながら訊ねた。
呆れた視線をセネトに向けたイアンが、無防備な彼の左耳を引っぱる。

「アホか…お前が寝ている間に、何体か死者が出たんだぞ。というか…お前、本当に気づかなかったのか?」
「いたた…気づかないというか、それだけおれの眠りが深かったという事だ。大体、おれはこんな長時間の仕事はしないんだって…ぱぱっと終わらせて、ぐっすり寝るのが好きなんだ!」

耳を引っぱるイアンの手を払いのけたセネトが、むっとしたように答えた。
ぱぱっとする…とは、魔法を使って暴れる事なんだろうな――と考えたクリストフとミカサは密かに苦笑するしかない。
そんな様子のクリストフの肩に手をおいたイアンが、セネトとナルヴァへ視線を向けた。

「――それよりも、だ。とりあえず、セネトとナルヴァは怪我人やご老人達のそばについていろ。いいか、魔物が出てもに誘導だけしろ…いいな?」
「うわぁ…おれ達にって、強調して言いやがったな。というか…コイツと同じ扱いかよ!?」

セネトが不満げに言うと、ナルヴァも同じく不満そうに何度も頷いている。
なんだかんだ言って、何か気が合っているのだろう……

そんな2人をイアンが呆れたような視線を向けて、ゆっくりと銃口を向けた。

「…異論はないよな?」

もはや、脅しである――そう感じたセネトとナルヴァは、両手を上げて首を縦にふる。
一瞬だけ驚いたように2人を見たイアンは、納得したように銃をしまった。

「今度からこうすれば、文句を言わずに納得してくれるようだな」
「納得と言いますか…せざるを得なかった、といいますか――」

満足げなイアンの様子に、異口同音でクリストフとヴァリスが呆れたように言う。
2人の言葉に、イアンは首をかしげて口を開いた。

「そうか…?だが、あれくらいの事をしておかなければ……こちらの首が、いくらあっても足りんぞ」

それもそうだ…と考えたクリストフは、ため息をついて頷いた。
イアンとクリストフの会話を耳にしたナルヴァが、セネトにだけ聞こえる声で囁く。

「…お前、かなりの問題児なんだな?」

その言葉を聞いたセネトは、ナルヴァの首を軽く絞めると叫んだ。

「お前だけには、言われたくないわー!!」
「セネト、だめ…首を危ないって!それに、何かしそうって意味では…どっちもどっちだと思う」

絞めているセネトの服の裾を引っぱりながら、ミカサは言葉で両人を斬ったような形ではあるが制止する。
セネトとナルヴァは呆然として微笑むミカサを見つめたまま、思わず固まってしまった。

「…おい、何を遊んでいる?置いていくぞ、お前達。一本道だと言っていたが、知らぬ間にできた獣道があるかもしれない。地図を見ててくれ、ミカサ」

セネトとナルヴァに声をかけたイアンは、ミカサに地図を手渡した。
頷いて地図を受け取った彼女の車椅子をイアンが押しながら、クリストフとヴァリスに視線だけで合図を送る。
イアンの指示に頷いたクリストフとヴァリスが、村人達に声をかけて誘導をはじめた。

それを見たセネトとナルヴァはお互いに気まずそうに見合った後、列の一番後ろに付くと小声で言い合いはじめる。


――こうして、一時間半くらいの…隣村・アーヴィルへ向かう旅がはじまったのだった。


***


蝋燭の明かりに照らされた部屋――椅子に腰かけている幼い少年が、自らの淡い黄緑色の長い髪をいじりながら口を開く。

「ふーん…ぼくが守護している村へ来るんだね、彼らは。もしかして、ここまでは君達のシナリオ通り…なのかな?それよりも、にかけていた呪いが失敗……思ってた以上に生き残りがいるのは、予想していなかったとか?」
「…そうですね、失敗までは予想内ですが――生き残りの数が多かったのは、確かに予想外でした」

幼い少年の問いに答えたのは年上の少年で、彼は幼い少年の向かいの椅子に腰かけて苦笑混じりに言葉を続けた。

「この村に来ても、逃がすつもりはないです。奴らのせいで、たくさんの生命が消されたのですから…」
「そういえば、ビックリしたわ…あのが、あの有名な《メニートの呪具》を持っていたんだもの」

そう言ったの年上の少年が座っている椅子の右肘掛けに、いつの間にか現れた――まだ幼さを残しているが、大人びた雰囲気の少女であった。

「どこで手に入れたのか、わからないけど…そんなに使いこなせてなかった上、あっさり倒されたって話だもの。ねぇ?」
「うん、わたし…ちゃんと見ていたよ、それに――」

大人びた少女の問いかけに答えたのは年上の少年が座っている椅子の左肘掛けに、座るように現れた茶色いショートボブの15、6歳くらいの少女である。

「兄さん…わたし、ちゃんと手紙を渡したの」
「良い子だね…ミリス、ユミリィ。ご苦労様」

年上の少年は自分の肩に寄りかかる茶色いショートボブの少女・ミリスの頭を優しく撫でながら、大人びた少女・ユミリィを労った。
嬉しそうに微笑む2人の少女の姿に、幼い少年が羨ましげに呟く。

「ふふっ、両手に花だね…まるで。いいなぁ…ぼくも、君みたいに両手に花をしてみたいなぁ」
「片手に花、でもよろしいではありませんか…我が主?」

幼い少年の言葉に答えたのは、向かいに座る年上の少年や2人の少女ではなく…いつの間にか現れた黒ドレス姿の女性だった。
黒ドレスの女性は両膝をつくと、『我が主』と呼んだ幼い少年の耳元に口を寄せて囁く。

「うーん…男としては、一度くらい――って、そっか…」

何かの報告を受けた幼い少年が困ったように笑うと、突然扉が勢いよく破壊された。
部屋にいた全員がそちらに目を向けると、そこには少しボロボロとなっている紺色の髪の少女が立っていた……

「ったく…このクレリア様を、舐めないでほしいわね!縄抜けだって、お手のものなんだから」
「いや、まったく…困ったね。彼らはまだアーヴィルに着いてないだろうし、うーん…ルフェリス達の手を煩わせるわけにもいかないし――そうだ、なら…ぼくと遊ぼう」

退屈していたんだ、と言った幼い少年が手をたたくとクレリアは口元に笑みを浮かべる。

「へぇ、いいわよ…あんたなんか、このクレリア様が片付けてあげる。後悔しない事ね!」

幼い少年に向けて指差したクレリアが、ゆっくりと構えた。
年上の少年・ルフェリスが茫然と主たる幼い少年を見ていると、幼い少年はにっこりと微笑んだ。

「大丈夫、ぼくは少し暇を持て余しているからね。ルフェリス、次の準備があるだろう?…行っておいで」
「…しかし――貴方が本気を出せば…」

ルフェリスの言葉に、幼い少年が意地の悪い笑みを浮かべると手で行くように指示した。
一瞬悩んだ様子を見せたルフェリスだったが、何か決意した表情を浮かべると小さく頷いて頭を下げる。

「――はい、では…我が主、今までありがとうございました」

そのまま、ルフェリスがゆっくり闇に溶けて消えゆくのを幼い少年は見送り、傍らに控えるように立つ従者の女性に向けて手を軽くふった。
従者の――黒ドレスの女性は、優雅に頭を下げると姿を消す。

残されたのは、幼い少年とクレリアの2人だけ……

「さぁ…何して遊ぼうか?」

自らの長い髪を結うリボンをいじりながら、幼い少年はクレリアに向けて微笑みかけた。


***
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