うたかた夢曲

雪原るい

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3話「幼い邪悪[前編]~2人のトラブルメーカー~」

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少し時間を置いたセネトが激しく燃え上がる炎に向けて指を鳴らすと、一瞬にして炎は消え去り――残っていたのは、焼け焦げた大地だけだった。
袖で額を拭ったセネトは、ひと息ついて口を開く。

「…これで大丈夫だろう、ふぅ。あー…疲れた、これでゆっくり休めるぞー!ところで、そのブローチは本物だったのか?」
「残念ながら本物、ですね。どこで手に入れたのやら…ところで、セネト。まだ休むのは早いですよ…」

セネトの頭を軽くたたいたクリストフが、少し離れたところにある一抱えくらいの大きな石を指差した。

「うわぁ…まだこき使う気かよ。ったく…へいへい、持ってきますよーだ」

面倒そうに言ったセネトはクリストフの意味深な視線に気づき、慌てて石を持ってくるとクリストフのそばに置く。

「はぁ…けっこー重かったぞ、これ。ところで、石なんか…何に使うんだよ?」

息を切らしたセネトに、クリストフが焼け焦げた地を指して答えた。

「何に…って、ここに置くんですよ。先ほどの、名も知らぬ彼女達の墓として――」
「あぁ、なるほど…そういう事、か」

使用目的を知ったセネトは、ゴロゴロと石を転がすと焼け焦げた地に固定する。
そして、石が動いたり転がったりしないか確認してさらに土を石の下に盛った。

「…この状態のまま、というのも悲しいですよね」

顎に手をあてて考え込んでいたクリストフが手を前にかかげて術式を描きだし、それに魔力を込めて小さく口早に詠唱をはじめる。
詠唱を終えたらしいクリストフが腕を大きく横にふると、焼け焦げていた大地は淡く白い光に包まれ…一瞬のうちに草花が生えて元の状態に近い平原に戻った。

その様子を静かに見ていたヴァリスはクリストフの魔法に感動したらしく、微笑みながら深く頭を下げる。

「ありがとうございます…クリストフ様。これで、ここで生命を落とした者達の救いとなります」

さり気なく、セネトも自分頑張ったアピールをしてみるが、軽くそれは無視されてがっくりとうなだれた。
そんなセネトの様子を知ってか知らずかわからないが、クリストフとヴァリスはそのまま話しはじめる。

「そう言ってもらえると僕もひと安心です…あと、教団の方に連絡を入れて"鎮めの儀"を行ってもらった方がいいですね」
「はい、わかりました…村長へ報告する前に連絡をします!」

自分の存在を無視している2人に、セネトは少しむっとしながら小声で呟いた。

「ちっ…やっぱ、暴走に見せかけてひと暴れしてやりゃよかったか。ん…?」

ふと、目の前にうっすらとした何かが視界に入ったセネトは、ゆっくりとそちらへ目を向ける。
そこには茶色いショートボブの15、6歳くらいの少女が、ワンピースの裾をひらひらなびかせながら……浮いていた。

(ぇ、誰だよ?というか、浮いてるつー事は人間じゃないんだよな…それよりも気配が希薄というか、わかりにくいというか。もしかして、幽霊とか…?)

目を丸くさせて考え込むセネトの顔を、少女が覗き込むように見つめてきた。
そして、ゆっくりとセネトに近づいてゆっくり微笑みを浮かべると右手を自分の顔の方へと持っていく。

「…べー!」

右手人差し指を右目の下瞼を下げ、少女は舌を出してくすくす笑いながら消えてしまった。
残されたセネトは一瞬何が起こったのか…まったく理解できていなかったが、すぐにバカにされたのだと気づいて叫ぶ事しかできない。

「っ…なんだー!!何でいきなり見知らぬ女の子に、バカにされたんだよ!」

セネトの怒りの叫びに、クリストフとヴァリスが驚いたように振り向いた。

「な…何ですか!?いきなり、そんな叫んで……」
「あ、あの…どうかされましたか?」

首をかしげている2人に、セネトは先ほどまで少女のいたところを指しながら何があったのかを説明する。
話を聞いたクリストフが困惑しながら、あたりの気配を探る。

「はぁ…女の子、ですか?うーん、何の気配も残っていないような…?」
「いやいや、気配が希薄過ぎてわかんねーんだって!もういないから、何の気配も残ってねーけど!」

虚空を指しているセネトと彼の指す場所を、クリストフは交互に見て腕を組んだ。

「…別に疑ってませんが、気になりますね。何故、セネトをバカにしたのかが…」
「気にするところは、そこなのか!?もっと気にするところ、あるだろうが!」

クリストフの胸倉を掴むセネトだが、小さくため息をついたクリストフに背負い投げられる。
すぐに起き上がったセネトは、クリストフに抗議した。

「ってーな!何するんだよ」
「それは、こっちのセリフです!ったく、これだけ邪気に満ちた場所で探れるわけないでしょう?」

乱れた服を整えたクリストフは、首をを横にふりながら答える。


先ほどまでこの地には、"眠れぬ死者"やなりそこないとはいえ吸血鬼がいたのだ。
そのせいで穢れが酷く、小さな気配は隠れてしまう。

だから、いくら探ろうとしても気配はもちろん…正体もわからない。


「まぁ、それはそうだけどよ…ただわかる事は、悪意は一切感じなかったんだけどな。おれをバカにしてきた事は、腹立つけど!」

探れない事情を十分に理解しているセネトは、少女の様子を思い返してみる…が、もちろん怒りも忘れない。
セネトの話を、それまで静かに聞いていたらしいヴァリスが顎に手を当てると考え込んだ様子で訊ねた。

「あの、その子は…どのような子、でしたか…?わかる範囲でいいのですが…」
「んー…そうだな、お前と同じ髪色の子だったな」

セネトが少女の特徴を伝えると、ヴァリスは小さくため息をついて再び考え込んだ。
何も言わぬヴァリスに、セネトは首をかしげながら彼の目の前で手を上下に動かしてみると…我に返ったらしいヴァリスが驚いたようにセネトを見ると頭を下げた。

「ぁ…すみません、情報をありがとうございます」
「いや、別にいいんだけど…その子、知っている子か?」

セネトが訊ねるとヴァリスは少し困ったような表情を浮かべて、ゆっくりと首を横にふる。

「いえ、その…そういうわけではないのですが。昔、村にいた――亡くなった子に似ているかな…と」
「そっか…その子、病気か何かで?」

少し俯いたセネトに、ヴァリスは無表情に…そして、とても小さな声で呟くように言った。

「…病気ならば、どんなに…――」
「は…?」

思わず聞き返したセネトだったが、ヴァリスは曖昧に微笑むだけで…それ以上、何も答えなかった。


***
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