うたかた夢曲

雪原るい

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2話「夢魔の刻印」

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目を開けたセネトがゆっくりと周囲を見渡してみると、そこは見た事のない平原だった。
風に揺れる草花と…そして、目の前には大きな家が建っている。

「…ここは、どこだ?」

愕然としたセネトは、目も前に広がっている光景を見つめて首をかしげた。

「あの子がもっとも大切だと思っている記憶が、こうして夢の中で形となっているんだろう」

セネトの疑問に答えたのは、彼の背後にいたキールで、大きな家の方を指差す。

そちらに目を向けたセネトは家の中から幼い少女の楽しそうな笑い声が聞こえているのに気づいた。
ゆっくりと家に近づいて、窓から様子を窺う。

「…あれ?あの子――」

家の中…リビングで絵本を読んでいるのは、ジスカの孫娘・セリーヌだった。
そして、セリーヌを暖かく見守るように見つめている若い男女の姿に再びセネトは首をかしげる。

「あの二人は、ジスカさんの娘夫婦…つまり、あの子の両親だ」

目を伏せて息をついたキールは、少女の両親の方を見ながら説明した。


少女の両親は商人をしており、ゼネス村近くの森で野盗に襲われて亡くなったのだそうだ。
娘のセリーヌはジスカの家で留守番をしており無事だったのだが、両親が亡くなった事を受け入れられず今も帰りを待っているらしい。


「6歳の子供からしてみれば、受け入れがたい現実だろうからな…」

キールの説明を聞いたセネトは複雑そうに、少女と今は亡き両親の仲睦まじい姿を見た。

この夢が覚めれば、あの少女は助かる…が、今は亡き両親と過ごす幻は消えてしまう――

そう考えたセネトは困ったように、少女の楽しそうな表情を見てため息をついた。

「なんか…これはこれで、辛い事になりそうだな」
「確かにそうかもしれないが、きちんと現実と向き合う事も大切だろう。それに、このままではジスカさんや亡きご両親にとっても辛い事になってしまうだろう」

そう言ったキールは家の壁に向けて手をかざし、何か探るように目を閉じた。
しばらく気配を探っていたキールが、ゆっくり目を開いて呟くように言う。

「ある程度、痕跡は残っているようだな…これならば簡単に引きずりだせる。"閉ざされし夢の扉よ…我らをさらなる深き夢へ誘うしるべとなれ"」

キールが唱え終えるや、周囲の景色が歪むと薄らいでいく――
異変に気づいた少女は消えゆく両親にすがろうとするも叶わず、混乱しように見回しながら頭を抱えて悲鳴をあげた。

……その瞬間、彼女の夢の世界は砕けて消えてしまった。

「な、なんだ…?というか、キール…何気にひどい事してやるなよ。んで、ここは何処だよ?」

何も無い真っ暗な空間の中、セネトは驚きながら訊ねる。
首をかしげたキールが、セネトに視線を向けると答えた。

「何を言う…ひどいのは夢魔の方だろう?今は私が無理矢理夢魔の術に干渉した上で支配権を一時的に奪い、何もない夢の空間を作った」
「はぁー…なるほどな、って――それって、あの子にダメージないのか?」

納得しかけたセネトであったが、大事な事をひとつ気になったのでキールに訊ねる。
だが、当のキールは何も問題がないというように答えた。

「そこは大丈夫だ、あの子にはダメージがいかないようやったからな。それよりも、無限の夢から件の夢魔を探しだすのは面倒なので引きずりだしておいたぞ」

キールの指差した方向に目を向けたセネトは、驚いたように目を大きく開いた。
そこにいたのはピンク色のドレスを着た金色の巻き髪に紅い瞳をした女と、白い壁に両手両足を縛られた桃色の長い髪をした少女だ。

セネトはゆっくり息を飲むと、小声でキールに確認する。

「あの女が…件の夢魔、か?」
「あぁ、気配も一致するから間違いない…それよりも、かなり荒い方法を使ったので――多分、怒っているだろうな」

夢魔の様子を窺ってみると、相手は不愉快そうな表情を浮かべてセネトとキールこちらを睨んでいた。
そして、嫌悪感丸出しにして夢に干渉してきたキールに向けて夢魔は口を開く。

「…よくも、あたしの作った世界を汚したわね!こんな事をして、許されると思っているのかしら!?」
「いや…だいたい、お前のじゃねーだろうが。というか…女の夢魔って、男に憑くもんじゃないのか?」

思わずツッコミを入れるように、セネトは怒っている夢魔に確認するように訊ねた。
すると、夢魔は自分の身体を抱きしめるような仕草をすると拒絶するように首を左右にふる。

「何故、あたしが男なんかに憑かなきゃいけないのよ!女の子だったら、同性同士――あたしを警戒せずに受け入れてくれるでしょう!」
「えーっと…つまり、どういう事?」

夢魔の言葉に、セネトは目を点にさせたまま隣に立つキールに助けを求めてみた。
少し考え込んでいたキールが、かなり偏った解釈で答える。

「そうだな、あれは『男より女が好きだ』と言っているんだろう。まぁ…人の精神に寄生し糧とするので、性別など問題はないだろうが。だから、と言ったんだ…ジスカさんは」
「あんた…本当にムカつくわね!いいわ…あたしがあんた達で遊んで壊してあげる。あたしの紡ぎだす悪夢に飲み込まれなさいな!」

そう宣言した夢魔の右手には、いつの間にか扇子が握られていた。
ため息をついたキールは腕を組み、夢魔の様子をうかがいながら言う。

「それだけは遠慮させてもらおう…セネト!思う存分やってしまえ!」
「わかった――って、キール。お前はやんねーの?」

やる気満々に袖を捲るセネトだったが、言葉に引っかかりを感じてキールに視線を向けるも彼は首を左右にふるだけだ。

「私は、他にやる事があるのでな…忙しい。サポートと防御魔法くらいはしてやれるぞ?」
「…つまり、お前はほぼ何もやらないって事だな?」

深く頷くキールに、セネトは納得したように頷き返した。

(まぁ…キールは医者だもんな、攻撃系の魔法とか苦手なんだろう…きっと)

自分に言い聞かせるように考えたセネトはため息をつき、夢魔の方へと向き直る。

「――というわけだ、おれがお前の相手をしてやる!」
「あら、ふふっ…威勢のいいボウヤね。いいわ…あんたから玩具にしてあげる。うふふ…引き裂かれなさい!」

楽しそうに笑った夢魔は、扇子を広げると大きく扇いだ。
すると、大きな風が生まれると風の刃となってセネトに襲いかかってきた。
驚いた表情を浮かべたセネトだったが、すぐに防御魔法で作りだした不可視の盾を使って飛んでくる風の刃を防ぐ。

「ふっ…このくらいの風は慣れてるぜ。いつもくらっているから、な!」

いつも上司にお仕置きされている経験が役に立った、と思ったらしいセネトは口元に笑みを浮かべる。
そして、防御魔法を解除してすぐに次の――攻撃魔法の術式を描きだすと魔力を込めた。

「次はこっちの番だな、稲妻の閃光よ…走れ!」

セネトの描きだした術式から複数の稲妻が現れ、目の前にいる夢魔へと向かって走る。
余裕な笑みを浮かべた夢魔は、扇子を大きく広げると自らの前にかかげた。

「ふふっ…そんなの、届かないんだから!」

その瞬間、稲妻すべてが扇子に当たって音もなく消える。

「あははっ…その程度の魔法で、あたしに勝てると思っているのかしら?」
「うるさいっ!くそっ、一夜漬けで作った適当な術は効果がいまいちだな。やっぱり…」

くすくすと笑う夢魔を睨みつけたセネトは、顎に手をあてて呟いた。
セネトの、その呟きを聞き逃さなかったキールが思わず聞き返す。

「…やっぱり?お前――」
「……結構、自信あったんだけどなー。失敗の原因は、わかんねぇけど…」

訝しんでいるキールを余所に、セネトが頭をかきながら笑った。
そんなセネトの様子に、さすがに不安になってきたらしいキールは小さくため息をつく。

「頼むから、まともに発動して効果のあるものを使ってくれないか?それよりも…適当なものを、実践で使おうとするな」
「ま、失敗しても…夢ならば大丈夫か。燃えろ…フレア・ボール!」

キールの言葉を無視したセネトは、術式を描きだすと魔力を込めて短く詠唱をした。
術式から現れた火の玉を手で軽く扱っているセネトは、自信満々な様子で言葉を続ける。

「初級魔法も、こうして手を加えれば…少し面白いものになるんだぜ!」
「あら、どうなるのかしら?」

扇子で扇ぎながら、夢魔は笑みを浮かべるとセネトの方を見た。
その表情からは余裕さが感じられ、セネトは内心舌打ちをする。

2人の会話を聞いていたキールは小さく息をついて、しゃがみ込むと足元に術式を描きはじめた。

(まったく…相変わらず、セネトは恐ろしい事を言う。だが、おかげでは今セネトしか見ていない…)

術式に魔力を込めたキールは、2人には聞こえないくらいの小声で詠唱しはじめるのだった。


***
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