うたかた夢曲

雪原るい

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2話「夢魔の刻印」

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――半日後、目的地であるゼネス村に着いたセネトとキールは乗り合い馬車を降りた。
ずっと馬車に揺られていた為、肩から腰にかけて痛むのか…セネトは大きく背を伸ばす。

「…さすがに、時間がかかったなー…ゼネス村に着くまで。もっと…こう、座り心地のいい椅子にしてほしいよな」
「ならば、お前が設計でもして作ったらどうだ?」

身体を痛めていないらしいキールは、痛みを和らげようと背中を伸ばそうとしているセネトの肩に後ろから手を置いた。
そして、無言でキールは右足をセネトの背中――ちょうど腰の辺りに添えて、セネトの肩を一気に自分の方へと引く。

「うっ…ぎゃーー!!?」

一気に背が反った為か、セネトの苦しそうな絶叫に近い悲鳴をあげた。
その悲鳴はさほど大きくはないゼネス村に響き渡り、行き交う人々が足を止めてセネトの方を窺っていた。

セネトの背を反らせたキールが彼の肩から手を放すと、支えを失った身体は真っ直ぐに倒れ込んだ。
倒れたセネトを見下したキールは、ひと仕事終えたように汗を拭う。

「…どうだ、楽になっただろ?変な体勢で寝るからだ…まったく」
「楽になったにはなった…だが、違う痛みが今おれを襲っている。というか、お前…これは『荒療治』と言うんじゃ――」

動けず倒れたままのセネトは声だけを、腕を組んでいるキールへ向けた。
…しかし、キールは呆れた口調で一蹴する。

「楽になったのならいいではないか。それより、セネト…早く起きたらどうだ?」

倒れ伏したままのセネトは、キールの言葉に首をかしげた。
よく分かっていないセネトを放って置いたキールは数歩前へ歩みでて、倒れ伏しているセネトの少し前に立つ。

そして、深々と頭を下げたキールは恭しい口調で声をかけた。

「お久しぶりです、ジスカさん」
「おぉ…久しいな、キール。エトレカから連絡があったので迎えにきたのだが――」

声の主は、小走りに駆け寄ってきた60代前半くらいのケープの付いた神官服を着た男・ジスカだ。
微笑んでいるジスカは久しぶりに再会したキールと握手をし、次に倒れているセネトへと目を向けた。

「まさか…"トラブルメーカー1号"が来るとは、まったく思ってなかったぞ」
「……ジスカのじいさん、あんたまでそれを言うか。大体、誰だ…その、おれの変なあだ名をつけて広めた犯人は?」

倒れたまま、顔だけを上げたセネトが怒りを込めて呟く。
そんなセネトを一瞬だけ目を向けたジスカは、自分の顎に手をあてて独り愚痴るように答えた。

「それは知らんが…しかし、エトレカには言ったんだがな。『セネト以外の者を派遣してくれ』と…まさか、セネト本人を派遣してくるとは――」
「どういう意味だよ、それ。つーか、おれはソーシアン兄妹と違って失敗はしない!」

ようやく起きあがったセネトが指差しながら自信ありげに宣言する、とジスカは呆れたように首を横にふる。

「失敗はしないが、その他の被害がすごいんだ。まったく、誰もハイリスクを求めてはおらん」
「だから、どういう意味だよ…久しぶりに会ったのに、何でおれはボロカスに言われないといけないんだ……」

不満そうにジスカを見たセネトは頬を膨らませると、今まで静かに傍観していたキールが呟いた。

「…それは、お前の日頃の行いが悪いからだろ?」

セネトは無言でキールを睨みつけている…が、キールはあえて無視をし余所見する。
周囲の様子に気づいたジスカは、咳払いをひとつした。

「――そろそろ行かないか?さすがに、周りの目が気になる…」

気づけば3人を囲むようにして人が集まっており、皆興味ありげにこちらを窺っているようだ。
おそらく、騒いでいたので目立ってしまったのだろう……

野次馬達の視線に、怒る気力を失ったセネトは頷いて同意した。


***
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