うたかた夢曲

雪原るい

文字の大きさ
上 下
19 / 94
1話「嘆きの墓標」

14

しおりを挟む
ルドルフの隙をついてセネトは2つの異なる術式を描きだし、それぞれに魔力を込めると術を発動させる。
2つの術式から現れた『火』と『風』の刃が合わさって火をまとった風の刃となり、それをセネトはルドルフに向けて飛ばした。

それに気づいたルドルフは大きくため息をつくと、右手を前に掲げる。

「ったく…お前と遊んでるヒマは、ねーつってんだろーが」

素早く術式を描いたルドルフが魔力を込めて術を発動させ、現れた渦巻く風の壁が飛んでくる火をまとった風の刃を防いだ。

「さすがに…これ以上、ここで遊んでる時間はねーか。引き裂きな!」

何かを気にしながら呟いたルドルフは再び術式を描いて魔力を込めると複数の風の刃が現れ、セネトに向けて放った。
瞬時に防御魔法の術式を描きだしたセネトが、すぐに術を発動させてルドルフの放った風の刃それらすべて防ぐ。

「大体…これは、遊びじゃないんだぞ!!」

自分を睨んでそんな事を言うセネトに、ルドルフがうんざりしたような表情を浮かべた。

「…、言われたくねーよ!じゃあな!!」

それだけを言うと、ルドルフの姿が徐々に消えて見えなくなっていく……

また不意をつくような攻撃をしてくるのでは…と警戒するセネトだったが、辺りからルドルフの気配がまったく感じられないので安堵したように息をついた。

「…ちっ、逃げられたか。せっかくの、おれのノルマが…」
「せめて本音は隠しておかぬか、セネト。また『退魔士としての心得が足りない』と言うて、お前さんの父親に叱られるぞ?」

ため息をついたネーメットは剣を鞘におさめて、呆れた口調で言う。
しかし、意に介していないセネトは首をかしげてネーメットに訊ねた。

「…ネーメットのじいさんが黙ってくれりゃいいだろ?それよりも…あいつ、ルドルフだっけ?それなりに高位の吸血鬼のようだけど――協会のデータの中にあるのかな?」
「ある…というか、あやつは【赤き大地】じゃよ。セネト…お前さん、まったく資料を見ておらんな」

鞘にしまった剣でセネトの頭をつつきながら、ネーメットは言葉を続ける。

「あやつは【灰白の影】の眷族…しかし、本当に封印が解けておったとはのぅ…」
「へぇー…あいつ、封じられてたのかよ。しっかし…何が目的なのか、まったくわかんないな」

腕の傷口をおさえて呟いたセネトは、倒れたグラハムを抱きかかえたままのハミルトに視線を向けた。
グラハムの頭を優しく撫でているハミルトに、セネトは申し訳なさそうに声をかける。

「…守ってやれなくて、すまなかったな――こいつの事」
「いや、私が気づかなかったのが原因なんだ…気にしなくていいよ。ただ…グラハムには、痛い思いをさせてしまったな」

苦笑混じりに言うハミルトに、セネトは俯いて静かに眠るグラハムに触れようと手を伸ばした。

「…っ、触るな!」

ものすごい勢いで手を払いのけたハミルトの剣幕に、セネトは何が起こったのかわからず驚いたように彼を見つめる。

「な、何をするんだ!」
「…まぁ、お前さんの気持ちもわからぬわけではないがのぅ…」

セネトとハミルトの様子を見たネーメットは、呆れたように声をかけた。
そして、ネーメットが続けて何か言おうと口を開きかける…が、それよりも先に屈み込んだセネトがハミルトを説得するように話しはじめる。

「そいつ…ここで命を落としただろ――だから、浄化してやらないと"動く死者"になる。儀式だったら教団のやつを呼ぶし、ネーメットのじいさんとかに任せておけば大丈夫だって…だから――」

この言葉に、ハミルトは目を丸くさせ…ネーメットは眉を少し動かして、不思議そうにセネトを見ていた。
2人共に何か引っかかりを感じているようだが、セネト本人は何も気にならなかったようだ。

ため息をついたハミルトは、セネトを真っ直ぐ見ると静かに口を開く。

「きみは――いや、いいか。悪いけど、グラハムの事は私にまかせてほしい。別に、きみ達の事を信用していないわけではないんだ…ただ、今は私にまかせてくれると嬉しい…」
「それは…一体どういう――」

セネトの言葉を最後まで聞かず、ハミルトは略式で移送魔法の術式を描きだすと魔力を込めた。
それから、グラハムの身体を強く抱きしめる。

「今回の事は…本当に、申し訳ない事をしたと思っている。この罪を償いたいと思っている――でも、今は時間がほしいんだ…」
「じ…時間を?」

セネトが驚きながら訊き返すが、ハミルトは何も答えず移送魔法を発動させた。
止める間もなく、ハミルトとグラハムの姿は移送魔法の光に包まれ消えていく――

この場に残されたセネトとネーメットは、先ほどまでハミルト達のいたところをただ静かに見つめる事しかできなかった。
セネトは唖然としたまま、ネーメットに訊ねる。

「なぁ、この場合…ノルマって、どうなる…?」
「そうじゃのぅ…多くて半分、くらいか。おそらくは…」

ため息をついたネーメットは、うなだれているセネトの肩に手を置いた。
その言葉に、セネトは深いため息をついて力なく呟く。

「…予定では、これで今月あがりだったんだけどな…多くて、半分…」

もう一度だけ、セネトはため息をつくのだった……


***
しおりを挟む
拍手ボタン】【マシュマロ】【質問箱
(コメントしていただけると励みになります)

○個人サイトでも公開中。
(※現在、次話を執筆中ですので公開までしばらくお待ちください)

・本作は『妖煌吸血鬼シリーズ』の1作目になります。
感想 0

あなたにおすすめの小説

惑う霧氷の彼方

雪原るい
ファンタジー
――その日、私は大切なものをふたつ失いました。 ある日、少女が目覚めると見知らぬ場所にいた。 山間の小さな集落… …だが、そこは生者と死者の住まう狭間の世界だった。 ――死者は霧と共に現れる… 小さな集落に伝わる伝承に隠された秘密とは? そして、少女が失った大切なものとは一体…? 小さな集落に死者たちの霧が包み込み… 今、悲しみの鎮魂歌が流れる… それは、悲しく淡い願いのこめられた…失われたものを知る物語―― *** 自サイトにも載せています。更新頻度は不定期、ゆっくりのんびりペースです。 ※R-15は一応…残酷な描写などがあるかもなので設定しています。 ⚠作者独自の設定などがある場合もありますので、予めご了承ください。 本作は『闇空の柩シリーズ』2作目となります。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

ある国の王の後悔

黒木メイ
恋愛
ある国の王は後悔していた。 私は彼女を最後まで信じきれなかった。私は彼女を守れなかった。 小説家になろうに過去(2018)投稿した短編。 カクヨムにも掲載中。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...