うたかた夢曲

雪原るい

文字の大きさ
上 下
16 / 94
1話「嘆きの墓標」

11

しおりを挟む
何も映さぬ瞳をセネト達に向けていたカトリが優しげに微笑み、ゆっくりと両手を前へと掲げた。
そして、ひとつの術式を描きだす…――

「…一体、何をする気だ?」

先ほどまでと違うカトリの雰囲気に警戒したセネトは、いつ何が起こっても対処できるように構えた。
ネーメット、グラハム、ハミルトの3人も、まったく行動の読めないカトリの様子を警戒している。

カトリは微笑みながら声をださず、ひとつの言葉を紡ぎだした。

「えーっと…『き・え・ろ・わ・れ・ら・の・じゃ・ま・を・す・る・も・の・た・ち・よ』?」

唇の動きだけで何を言っているのか理解したセネトは、それをゆっくりと言葉にする。
ハミルトはカトリが何をしようとしているのか、その意図に気づいて術式を描きながら声を荒げた。

「まずい…最大出力で私達ごと、ここを吹っ飛ばすつもりだ!」
「ちっ…そういう事をやるのは、セネト一人で十分じゃぞ!」

舌打ちしながらセネトをちらりと見たネーメットは、ハミルトが描いている術式と同じものを描きはじめる。
そして、2人はほぼ同時に術式に魔力を込めると――異口同音で詠唱した。

「リフレクト!」
「――爆ぜろ!フレア・ボルト」

カトリも、ハミルトとネーメットが術を発動すると同時に詠唱を終えていたらしく…彼女の描きだした術式から雷炎が出現し、セネト達に襲いかかる。

それがセネト達の周囲を渦巻くと大爆発が起こり、爆音と爆風で周囲はすべてから隔離されたかのように無音となった。

ハミルトとネーメットの作った防御魔法のおかげでセネト達は無傷であったが、爆発した影響の為か…室内は原型をほとんどとどめていないようだ。
…それでも地下が崩れ落ちないという事は、ここの造りが頑丈だという事なのだろう。

「ごほっ…これでおれのせいじゃなくなったな、やったー。ネーメットのじいさん…あいつに言わないよな?」

咳き込んだセネトは、砂埃のあがる室内を見回しながら訊いた。
剣を持ち直してカトリの、次の行動を警戒するネーメットは呆れながらセネトに目を向ける。

「…いや、事の成り行きなどは報告するつもりじゃ。あやつにも…そう頼まれておるからのぅ。あと、報告書は必ずお前さんが書くようにともな」
「ちっ…面倒だな」

舌打ちするセネトの頭を、ネーメットがため息をついて思いっきりはたいた。

そんなセネトとネーメットに視線を向けたハミルトは、頭を抱えて座り込んでいるグラハムにこっそりと囁く。

「グラハム…このまま長引けば、きみの身が危ない。だから、前に一緒に考えた術を使おう…ね?」
「うん…でも、本当にいいの?僕は…別に大丈夫だよ?」

顔を上げたグラハムが複雑そうな表情を浮かべると、ハミルトはさらに声を潜めるように言った。

「あぁ、私達はカトリに本当に申し訳ない事をしてしまった。それは償わなければいけない…けど、このままだと話がややこしくなるというか――とにかく、穏便に終わらせなければ本当にきみが危ないんだよ?今の状況をわかっているだろう…それに、カトリも同じ事を考えると思うよ」

何度か、セネトとネーメットの様子をうかがいながら諭すように言ったハミルトはグラハムの頭を撫でる。
ハミルトの言葉に、グラハムは再び俯くと、何かを決心したように頷いた。

「…優しかったカトリの為だもん。僕、できるだけ頑張るよ」

ゆっくりと頷いたハミルトが右手を掲げると、グラハムはそっと左手を重ねる。

「…悠久なる地にありし、氷河の一滴よ――」

そして、2人は術式を描きだすと魔力を込めながら小声で詠唱をはじめたのだった。


***
しおりを挟む
拍手ボタン】【マシュマロ】【質問箱
(コメントしていただけると励みになります)

○個人サイトでも公開中。
(※現在、次話を執筆中ですので公開までしばらくお待ちください)

・本作は『妖煌吸血鬼シリーズ』の1作目になります。
感想 0

あなたにおすすめの小説

惑う霧氷の彼方

雪原るい
ファンタジー
――その日、私は大切なものをふたつ失いました。 ある日、少女が目覚めると見知らぬ場所にいた。 山間の小さな集落… …だが、そこは生者と死者の住まう狭間の世界だった。 ――死者は霧と共に現れる… 小さな集落に伝わる伝承に隠された秘密とは? そして、少女が失った大切なものとは一体…? 小さな集落に死者たちの霧が包み込み… 今、悲しみの鎮魂歌が流れる… それは、悲しく淡い願いのこめられた…失われたものを知る物語―― *** 自サイトにも載せています。更新頻度は不定期、ゆっくりのんびりペースです。 ※R-15は一応…残酷な描写などがあるかもなので設定しています。 ⚠作者独自の設定などがある場合もありますので、予めご了承ください。 本作は『闇空の柩シリーズ』2作目となります。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ある国の王の後悔

黒木メイ
恋愛
ある国の王は後悔していた。 私は彼女を最後まで信じきれなかった。私は彼女を守れなかった。 小説家になろうに過去(2018)投稿した短編。 カクヨムにも掲載中。

処理中です...