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1話「嘆きの墓標」
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軽く屈伸運動をしたセネトは、特にうろたえた様子もなく微笑んでいるハミルトを指差した。
「それじゃ、今度はこっちの番だよな…おれが一発ドカーンとやってやるからな!」
「…へぇ、それは楽しみだね」
まったく表情を変えずに、ハミルトは術式を描いているセネトの様子を窺っている。
描いた術式に魔力を込めると、セネトはハミルトに向けて右腕をふった。
「…うまく発動するか、半分賭けだけど…失敗してもいいか。火炎の風よ、すべてを燃やし尽くせ!」
セネトの術式は淡く光ると、吹きはじめた風が炎をまとい…一瞬にして、室内全体を包み込んだ。
まだ残っていた氷柱や書物などの紙類が、燃え上がっていく――
「…ちょっと、やりすぎたかな…やっぱし?」
「やりすぎ…と言うよりは、間違いなく暴走に近い状態じゃな」
炎の勢いが思った以上に強かったらしく困ったように頭をかいているセネトの頭を、ネーメットははたいた。
セネトの魔力の強さと実力をある程度予想していたハミルトだったが、恋人の眠る培養槽と気にかけていた部屋の奧にまで炎が迫っている事に慌てる。
「っ…この火の勢いはまずい…このままでは」
焦った様子で略式の術式を描きだしたハミルトは、恋人の眠る培養槽と部屋の奥に向けて術を発動させた。
自分の術によって生みだされた氷の壁が培養槽と部屋の奥を炎から守っているのを確認すると新たな術式を描きだして両腕を上げる。
「――永久凍土の風よ、吹き荒れろ…古の雪氷!」
詠唱と同時に術が発動し、凍えるほどの冷気の風と共に雪氷が室内全体に降り注ぐ事で炎の勢いは弱まっていった。
「…もう少し、術をコントロールする…という事を覚えた方がいいんじゃないかい?」
炎が完全に鎮火したのを確認したハミルトは、息をついて言葉を続ける。
「初めは計算してやっているんだろうな、と思っていたけど…まさか、そこまで適当に術式を組んでいるとはね。きみ…そんな状態で、よく魔法が使えているね――協会は、今そんなに人手不足なのかい?」
「ふむ…死活問題になるほどの人手不足ではないのじゃが、のぅ」
ちらりとセネトを見たネーメットは、深いため息をついた。
ハミルトとネーメットの視線に気づいたセネトは、交互に指差しながら口を開く。
「何、おれを見てんだよ…ったく。協会は、おれの実力を認めてるんだよ!!"類い希な才能を持つ実力者"だってな!」
「…自分で言ってるし。それ以前に、多分…そこまで実力を買われているわけじゃないと思うけどな…」
自信たっぷりに言っているセネトを見たハミルトは、呆れながら呟いた。
その視線に憐れみが込められているのに気づいたセネトだが、あえてそれを無視する。
「…と、いうわけでお前を倒して協会まで連行してやるからな。覚悟しろよ!」
仕切り直すようにセネトがハミルトに向けて指差しているが、ハミルトとネーメットは呆然としたままであった。
ハミルトとネーメットがセネトに何か言おうとした瞬間、妙な魔力が周囲を――ハミルトの恋人の眠る培養槽を包み込むように、黒い光を放つ術式が現れる。
「…っな!?」
突然の事に、驚愕した表情を浮かべてハミルトは黒い術式を読み取ろうとしていた。
同じく、黒い術式を確認したネーメットも驚きながらもある事に気づく。
「これは…ちとまずいのぅ。あれは…死霊術じゃ」
「死霊術…って事は、あいつ…自分の恋人に使ったのか?」
ネーメットの言葉に、セネトは首をかしげながらハミルトと黒い術式を交互に見た。
首を横にふったネーメットは、剣の柄を握ると答える。
「違うじゃろうのぅ…あの様子を見る限りは。それに…確か、あやつは死霊術が使えんはずだ。先ほど、ワシらを襲ってきた死者達は魔道具を使った死霊術もどきじゃったしのぅ」
「…もどきって、よくわかったな…ネーメットのじいさん」
今初めて知ったという様子のセネトに、呆れたネーメットは自分の額に手をあてた。
「お前さんというやつは…その話は、後にするかのぅ。それよりも…どうやら、ここにはワシらの他に何者かがおるようじゃな」
「他に誰が…って、もしかして――」
何か思い当たったらしいセネトが指差すそこは、何度かハミルトが目を向けていた場所だ。
小さく頷いたネーメットは、次第にひび割れていく培養槽のガラスに視線を向けて言う。
「そこも、なんじゃが……出てくるようじゃぞ、あやつの恋人が」
ひび割れていたガラスの隙間から中を満たす液体が漏れでると、勢いよくガラスは割れた。
そして、黒い術式が消えると中から踵まである長くゆったりとウェーブがかった黄色の髪をした少女が確かな足取りで出てくる。
真っ白な肌には黒く禍々しい痣が全身に浮かびあがっており、生きていた頃は綺麗な茶色の瞳だったのだろう…その瞳は生気のない死者の瞳をしていた。
「何故…こんな事に…カトリ」
恋人である少女・カトリの、その様子をハミルトは悲痛な面もちで見ていると彼女はハミルトに一切目を向けず術式を描きはじめる。
その術式から稲妻が、青ざめているハミルトに向かって走った。
「…危ない!!」
動けずにいるハミルトを、セネトが走って庇う…と同時に、2人のそばを稲妻が走っていく。
セネトの行動のおかげでかわせたのだが、カトリは気にとめた様子もなく歩きはじめた。
向かう先は、どうやら外へ続く出入口のようだ…――
「それじゃ、今度はこっちの番だよな…おれが一発ドカーンとやってやるからな!」
「…へぇ、それは楽しみだね」
まったく表情を変えずに、ハミルトは術式を描いているセネトの様子を窺っている。
描いた術式に魔力を込めると、セネトはハミルトに向けて右腕をふった。
「…うまく発動するか、半分賭けだけど…失敗してもいいか。火炎の風よ、すべてを燃やし尽くせ!」
セネトの術式は淡く光ると、吹きはじめた風が炎をまとい…一瞬にして、室内全体を包み込んだ。
まだ残っていた氷柱や書物などの紙類が、燃え上がっていく――
「…ちょっと、やりすぎたかな…やっぱし?」
「やりすぎ…と言うよりは、間違いなく暴走に近い状態じゃな」
炎の勢いが思った以上に強かったらしく困ったように頭をかいているセネトの頭を、ネーメットははたいた。
セネトの魔力の強さと実力をある程度予想していたハミルトだったが、恋人の眠る培養槽と気にかけていた部屋の奧にまで炎が迫っている事に慌てる。
「っ…この火の勢いはまずい…このままでは」
焦った様子で略式の術式を描きだしたハミルトは、恋人の眠る培養槽と部屋の奥に向けて術を発動させた。
自分の術によって生みだされた氷の壁が培養槽と部屋の奥を炎から守っているのを確認すると新たな術式を描きだして両腕を上げる。
「――永久凍土の風よ、吹き荒れろ…古の雪氷!」
詠唱と同時に術が発動し、凍えるほどの冷気の風と共に雪氷が室内全体に降り注ぐ事で炎の勢いは弱まっていった。
「…もう少し、術をコントロールする…という事を覚えた方がいいんじゃないかい?」
炎が完全に鎮火したのを確認したハミルトは、息をついて言葉を続ける。
「初めは計算してやっているんだろうな、と思っていたけど…まさか、そこまで適当に術式を組んでいるとはね。きみ…そんな状態で、よく魔法が使えているね――協会は、今そんなに人手不足なのかい?」
「ふむ…死活問題になるほどの人手不足ではないのじゃが、のぅ」
ちらりとセネトを見たネーメットは、深いため息をついた。
ハミルトとネーメットの視線に気づいたセネトは、交互に指差しながら口を開く。
「何、おれを見てんだよ…ったく。協会は、おれの実力を認めてるんだよ!!"類い希な才能を持つ実力者"だってな!」
「…自分で言ってるし。それ以前に、多分…そこまで実力を買われているわけじゃないと思うけどな…」
自信たっぷりに言っているセネトを見たハミルトは、呆れながら呟いた。
その視線に憐れみが込められているのに気づいたセネトだが、あえてそれを無視する。
「…と、いうわけでお前を倒して協会まで連行してやるからな。覚悟しろよ!」
仕切り直すようにセネトがハミルトに向けて指差しているが、ハミルトとネーメットは呆然としたままであった。
ハミルトとネーメットがセネトに何か言おうとした瞬間、妙な魔力が周囲を――ハミルトの恋人の眠る培養槽を包み込むように、黒い光を放つ術式が現れる。
「…っな!?」
突然の事に、驚愕した表情を浮かべてハミルトは黒い術式を読み取ろうとしていた。
同じく、黒い術式を確認したネーメットも驚きながらもある事に気づく。
「これは…ちとまずいのぅ。あれは…死霊術じゃ」
「死霊術…って事は、あいつ…自分の恋人に使ったのか?」
ネーメットの言葉に、セネトは首をかしげながらハミルトと黒い術式を交互に見た。
首を横にふったネーメットは、剣の柄を握ると答える。
「違うじゃろうのぅ…あの様子を見る限りは。それに…確か、あやつは死霊術が使えんはずだ。先ほど、ワシらを襲ってきた死者達は魔道具を使った死霊術もどきじゃったしのぅ」
「…もどきって、よくわかったな…ネーメットのじいさん」
今初めて知ったという様子のセネトに、呆れたネーメットは自分の額に手をあてた。
「お前さんというやつは…その話は、後にするかのぅ。それよりも…どうやら、ここにはワシらの他に何者かがおるようじゃな」
「他に誰が…って、もしかして――」
何か思い当たったらしいセネトが指差すそこは、何度かハミルトが目を向けていた場所だ。
小さく頷いたネーメットは、次第にひび割れていく培養槽のガラスに視線を向けて言う。
「そこも、なんじゃが……出てくるようじゃぞ、あやつの恋人が」
ひび割れていたガラスの隙間から中を満たす液体が漏れでると、勢いよくガラスは割れた。
そして、黒い術式が消えると中から踵まである長くゆったりとウェーブがかった黄色の髪をした少女が確かな足取りで出てくる。
真っ白な肌には黒く禍々しい痣が全身に浮かびあがっており、生きていた頃は綺麗な茶色の瞳だったのだろう…その瞳は生気のない死者の瞳をしていた。
「何故…こんな事に…カトリ」
恋人である少女・カトリの、その様子をハミルトは悲痛な面もちで見ていると彼女はハミルトに一切目を向けず術式を描きはじめる。
その術式から稲妻が、青ざめているハミルトに向かって走った。
「…危ない!!」
動けずにいるハミルトを、セネトが走って庇う…と同時に、2人のそばを稲妻が走っていく。
セネトの行動のおかげでかわせたのだが、カトリは気にとめた様子もなく歩きはじめた。
向かう先は、どうやら外へ続く出入口のようだ…――
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